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番外編
家族のカタチ②
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クロムの養父母が住む家は、馬車で一ヶ月ほどかかるところにあった。
妃教育で覚えたアリーチェの知識によれば、一応の交流はあるものの、親交国とまではいない、隣国を挟んだ向こうにある小国。
歴史的背景を見た時には、公国だったところを王国として独立した、そんな国だったように記憶する。
小さいながらも土壌に恵まれた緑豊かな国。それがクロムの故郷だった。
「確か、ご先祖様が移り住んだ、って……」
二つの目の国境を越えたところで、アリーチェは以前クロムから聞いた話を思い出し、甘えるように髪に顔を埋めてくるクロムへ問いかけた。
「らしいですね」
馬車の中に二人きり。狭い車内では密着力は充分だと思うのだが、それでも常にアリーチェのどこかに触れながら、クロムはあまり関心がなさそうに頷いた。
「なにせ俺も物心つく前に聞いた話なので、そこまで詳しくはないですが」
クロムの両親が亡くなったのは、本当に幼い頃だ。
普通であれば覚えていない両親の話を覚えているのは、クロムがその頃から“天才”だったからに他ならない。
そんな幼い頃に両親から御伽噺のように聞かされたという話を、クロムはどこまで真実かはわからないと前置きしつつ教えてくれる。
「嘘か本当かわかりませんが、正しくは追い出された……、というか、逃げ出した……、というか、見捨てた……、というか、そんな感じらしいです」
「え?」
自発的に国を出たわけではなく、止むに止まれぬ事情で国を出たらしいと聞かされて、どうにも不穏な気配にアリーチェの目は見張られた。
「古代遺跡に侵入した時に言ったかと思うのですが。“この国にある遺跡は最大規模だ”って」
「えぇ、それは覚えているけれど……」
世界中のあちこちに点在している古代遺跡。その中でも最も大きな遺跡があの時の遺跡だったと聞かされたことは覚えている。
けれどそれが、クロムの祖先が国を出たこととなんの関係があるというのだろう。
「魔女を封印した偉大な魔術師の力なんて、国の危機が去ってしまえば脅威でしかないんですよ」
「!」
恐らくは、かつて世界で一番の栄華を極め、高い魔術力を誇っていた国。だからこそ、あれほど大規模な遺跡と魔道具を今世に遺している。
だが、そんな国に生まれた“偉大な魔術師”は。
「王家が一貴族の顔色を窺わなくてはならない状況は、あまり好ましいものではないでしょう」
「っ」
例え本人にその気がなかったとしても、大きすぎる力は持っているだけで権力のバランスを容易に崩す。
ここからは推測も入ると苦笑を溢しつつ、クロムは祖先と王族との関係を口にする。
「恐らくは、いつの間にか王家を凌ぐ権力を持ってしまったのでしょうね。きっと、偉大な魔術師の力を取り込むために政略結婚を繰り返したりもしたでしょう」
王家に強い魔力を取り入れるために。結果、確かに王家には強い魔力持ちの子供が生まれるようになったかもしれないが、それと同時に両家の親族関係も強まっていく。
それは、どちらが真の国の支配者なのかわからなくなるほどに。
そうして王家の権力が失われることを危惧するようになった時。大魔術師の血族を排除するような動きが出たのだろうとクロムは語る。
――王家よりも権力を持ってしまった家は邪魔なだけ……。
追い出されたのか、逃げ出したのか。もしくはこんな国はもういらないと、自ら国を見捨てて他国へ渡ったのか。
真実はわからないが、そんなところだろうとクロムは肩を竦めて締め括った。
「そ、んな……」
つまりは、遠い昔にまで遡った時。現在の王家とクロムには同じ血が流れているということか。
(確かに王家の人間は、他家に比べて魔力持ちが多かったけれど……)
そういうことかと納得しつつ、複雑な思いに表情は暗くなる。
いくら王家の威厳を保つためとはいえ、強い魔力を持つ者を外に出すことはそれはそれで危険が伴う。と考えた時には、不安要素は“消す”という選択肢を取ることが最良の手段になるだろう。
かつて魔女を封印した魔術師の末裔がクロムしかいない理由がまさかそこにあるとも思えないが、つい頭に過ぎった恐ろしい想像に身が震えた。
もはや、真実を知る者はどこにもいない。
アリーチェはただ、遠い昔に血生臭い出来事が起こったのではなく、クロムの祖先が、自分たちが想像もつかない平穏な理由から国を出たことを祈るばかりだ。
「大昔の話です。さっきも言いましたが、真実はわかりません」
顔色が悪くなったアリーチェの思いを察してか、クロムが宥めるように髪やこめかみにそっと唇を落としてくる。
「オレのご先祖様ですから。案外自分の好奇心を優先して国を出てしまっただけかもしれないですし」
「!」
くす、と可笑しそうに笑われて、アリーチェの目は丸くなる。
確かに、今のクロムを見ていると、そういうご先祖様がいてもおかしくないような気になってしまう。
「そこで“あり得ない”と返せないところがおかしいわね」
もしかしたら、出ていかないでほしいと縋りつく王家を振り切って国を出ていってしまった、なんてこと。
「はい。ですからそういうことにしておきましょう」
案外そちらの方が真実かもしれませんよ? と悪戯っぽい瞳を向けてくるクロムに、自然と笑みを誘われる。
「そうよね、そう。クロムのご先祖様だもの」
「はい」
馬車の中には二人が楽しそうに笑い合う声が響き、始終和やかだったり甘い空気が漂い、そんな会話をした次の日のことだった。
「……アリーチェ・マクラーゲン様、ですか?」
「え?」
基本的にアリーチェから離れたがらないクロムだが、別行動をする時だってあることにはある。
その、たまたま離れたタイミングでかけられた聞き覚えのない声に、アリーチェは僅かな警戒心を浮かばせながら振り返った。
「……なにか……?」
「スピアーズ家の遣いの者です」
「!」
初老の男性に深々とお辞儀をされ、アリーチェの目は見開いた。
「クロムの……?」
スピアーズ家、というのはもちろんクロムの家のことだ。
「はい」
礼を執ったまま頷く遣いの者に、不審を覚える点はない。
さらには。
「こちらを」
アリーチェ宛に差し出された手紙に押された刻印も書かれた文字も、以前クロムに見せてもらったクロムの母親のものだった。
「今すぐこちらに同行願えますか」
奥には、こちらもやはりスピアーズ家の紋章の入った馬車が停められていて。
「……クロムは?」
戸惑いつつも覗えば、初老の男性はアリーチェを馬車の方へと誘導する。
「クロム様には旦那様の方から用事があるとのことでしたので」
「え……、じゃ、じゃあ……」
そもそも、二人でスピアーズ家に行くと連絡しているはずのところをわざわざ迎えに来たのはなぜなのだろう。
しかも、この様子からするに、目の前の遣いの者が迎えに来たのはアリーチェのみ。
一体誰が自分を呼んでいるのだろうと困惑するアリーチェへ、初老の男性は先程の手紙を開封するよう促してくる。
「奥様――、クロム様のお母上が、是非アリーチェ様と二人きりでお話をしてみたいと」
「!」
その言葉と、確かに手紙にしたためられた内容にアリーチェは動揺する。
――クロムを抜きで、“二人きりで”。
意図はわからないようでいて、それでもなんとなく理解できるような感覚もする。
――クロムの母親として。息子が連れてきた女性と、誰にも邪魔されることなく。
「……わかりました」
となれば断ることも難しく、アリーチェは促されるままにスピアーズ家の馬車へと足を向ける。
「でも、クロムには……」
かといって、無断でいなくなるわけにもいかずに連絡はどうするのかと覗えば、遣いの男性はその心配はいらないと頭を下げてくる。
「クロム様にはこちらからきちんと事情をお話いたします」
「……わかりました」
クロムの母親からの直の呼び出しとなっては応じないわけにもいかない。
それでもこの後のクロムの反応を想像すればなんとも複雑な思いが湧き、アリーチェは心の中で謝罪する。
(クロムッ。ごめんなさい……!)
そうしてクロム曰く、アリーチェはスピアーズ家の遣いの者に「連れ攫われた」のだった。
妃教育で覚えたアリーチェの知識によれば、一応の交流はあるものの、親交国とまではいない、隣国を挟んだ向こうにある小国。
歴史的背景を見た時には、公国だったところを王国として独立した、そんな国だったように記憶する。
小さいながらも土壌に恵まれた緑豊かな国。それがクロムの故郷だった。
「確か、ご先祖様が移り住んだ、って……」
二つの目の国境を越えたところで、アリーチェは以前クロムから聞いた話を思い出し、甘えるように髪に顔を埋めてくるクロムへ問いかけた。
「らしいですね」
馬車の中に二人きり。狭い車内では密着力は充分だと思うのだが、それでも常にアリーチェのどこかに触れながら、クロムはあまり関心がなさそうに頷いた。
「なにせ俺も物心つく前に聞いた話なので、そこまで詳しくはないですが」
クロムの両親が亡くなったのは、本当に幼い頃だ。
普通であれば覚えていない両親の話を覚えているのは、クロムがその頃から“天才”だったからに他ならない。
そんな幼い頃に両親から御伽噺のように聞かされたという話を、クロムはどこまで真実かはわからないと前置きしつつ教えてくれる。
「嘘か本当かわかりませんが、正しくは追い出された……、というか、逃げ出した……、というか、見捨てた……、というか、そんな感じらしいです」
「え?」
自発的に国を出たわけではなく、止むに止まれぬ事情で国を出たらしいと聞かされて、どうにも不穏な気配にアリーチェの目は見張られた。
「古代遺跡に侵入した時に言ったかと思うのですが。“この国にある遺跡は最大規模だ”って」
「えぇ、それは覚えているけれど……」
世界中のあちこちに点在している古代遺跡。その中でも最も大きな遺跡があの時の遺跡だったと聞かされたことは覚えている。
けれどそれが、クロムの祖先が国を出たこととなんの関係があるというのだろう。
「魔女を封印した偉大な魔術師の力なんて、国の危機が去ってしまえば脅威でしかないんですよ」
「!」
恐らくは、かつて世界で一番の栄華を極め、高い魔術力を誇っていた国。だからこそ、あれほど大規模な遺跡と魔道具を今世に遺している。
だが、そんな国に生まれた“偉大な魔術師”は。
「王家が一貴族の顔色を窺わなくてはならない状況は、あまり好ましいものではないでしょう」
「っ」
例え本人にその気がなかったとしても、大きすぎる力は持っているだけで権力のバランスを容易に崩す。
ここからは推測も入ると苦笑を溢しつつ、クロムは祖先と王族との関係を口にする。
「恐らくは、いつの間にか王家を凌ぐ権力を持ってしまったのでしょうね。きっと、偉大な魔術師の力を取り込むために政略結婚を繰り返したりもしたでしょう」
王家に強い魔力を取り入れるために。結果、確かに王家には強い魔力持ちの子供が生まれるようになったかもしれないが、それと同時に両家の親族関係も強まっていく。
それは、どちらが真の国の支配者なのかわからなくなるほどに。
そうして王家の権力が失われることを危惧するようになった時。大魔術師の血族を排除するような動きが出たのだろうとクロムは語る。
――王家よりも権力を持ってしまった家は邪魔なだけ……。
追い出されたのか、逃げ出したのか。もしくはこんな国はもういらないと、自ら国を見捨てて他国へ渡ったのか。
真実はわからないが、そんなところだろうとクロムは肩を竦めて締め括った。
「そ、んな……」
つまりは、遠い昔にまで遡った時。現在の王家とクロムには同じ血が流れているということか。
(確かに王家の人間は、他家に比べて魔力持ちが多かったけれど……)
そういうことかと納得しつつ、複雑な思いに表情は暗くなる。
いくら王家の威厳を保つためとはいえ、強い魔力を持つ者を外に出すことはそれはそれで危険が伴う。と考えた時には、不安要素は“消す”という選択肢を取ることが最良の手段になるだろう。
かつて魔女を封印した魔術師の末裔がクロムしかいない理由がまさかそこにあるとも思えないが、つい頭に過ぎった恐ろしい想像に身が震えた。
もはや、真実を知る者はどこにもいない。
アリーチェはただ、遠い昔に血生臭い出来事が起こったのではなく、クロムの祖先が、自分たちが想像もつかない平穏な理由から国を出たことを祈るばかりだ。
「大昔の話です。さっきも言いましたが、真実はわかりません」
顔色が悪くなったアリーチェの思いを察してか、クロムが宥めるように髪やこめかみにそっと唇を落としてくる。
「オレのご先祖様ですから。案外自分の好奇心を優先して国を出てしまっただけかもしれないですし」
「!」
くす、と可笑しそうに笑われて、アリーチェの目は丸くなる。
確かに、今のクロムを見ていると、そういうご先祖様がいてもおかしくないような気になってしまう。
「そこで“あり得ない”と返せないところがおかしいわね」
もしかしたら、出ていかないでほしいと縋りつく王家を振り切って国を出ていってしまった、なんてこと。
「はい。ですからそういうことにしておきましょう」
案外そちらの方が真実かもしれませんよ? と悪戯っぽい瞳を向けてくるクロムに、自然と笑みを誘われる。
「そうよね、そう。クロムのご先祖様だもの」
「はい」
馬車の中には二人が楽しそうに笑い合う声が響き、始終和やかだったり甘い空気が漂い、そんな会話をした次の日のことだった。
「……アリーチェ・マクラーゲン様、ですか?」
「え?」
基本的にアリーチェから離れたがらないクロムだが、別行動をする時だってあることにはある。
その、たまたま離れたタイミングでかけられた聞き覚えのない声に、アリーチェは僅かな警戒心を浮かばせながら振り返った。
「……なにか……?」
「スピアーズ家の遣いの者です」
「!」
初老の男性に深々とお辞儀をされ、アリーチェの目は見開いた。
「クロムの……?」
スピアーズ家、というのはもちろんクロムの家のことだ。
「はい」
礼を執ったまま頷く遣いの者に、不審を覚える点はない。
さらには。
「こちらを」
アリーチェ宛に差し出された手紙に押された刻印も書かれた文字も、以前クロムに見せてもらったクロムの母親のものだった。
「今すぐこちらに同行願えますか」
奥には、こちらもやはりスピアーズ家の紋章の入った馬車が停められていて。
「……クロムは?」
戸惑いつつも覗えば、初老の男性はアリーチェを馬車の方へと誘導する。
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しかも、この様子からするに、目の前の遣いの者が迎えに来たのはアリーチェのみ。
一体誰が自分を呼んでいるのだろうと困惑するアリーチェへ、初老の男性は先程の手紙を開封するよう促してくる。
「奥様――、クロム様のお母上が、是非アリーチェ様と二人きりでお話をしてみたいと」
「!」
その言葉と、確かに手紙にしたためられた内容にアリーチェは動揺する。
――クロムを抜きで、“二人きりで”。
意図はわからないようでいて、それでもなんとなく理解できるような感覚もする。
――クロムの母親として。息子が連れてきた女性と、誰にも邪魔されることなく。
「……わかりました」
となれば断ることも難しく、アリーチェは促されるままにスピアーズ家の馬車へと足を向ける。
「でも、クロムには……」
かといって、無断でいなくなるわけにもいかずに連絡はどうするのかと覗えば、遣いの男性はその心配はいらないと頭を下げてくる。
「クロム様にはこちらからきちんと事情をお話いたします」
「……わかりました」
クロムの母親からの直の呼び出しとなっては応じないわけにもいかない。
それでもこの後のクロムの反応を想像すればなんとも複雑な思いが湧き、アリーチェは心の中で謝罪する。
(クロムッ。ごめんなさい……!)
そうしてクロム曰く、アリーチェはスピアーズ家の遣いの者に「連れ攫われた」のだった。
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