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後日談 ⑪ ~沈黙は金、雄弁は銀~
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周りには野畑が広がるような緑一面の中。王都からは馬車で半日ほどかかる郊外に、その邸はあった。
「……よく来たな」
玄関前でゼノンとシャーロットを出迎えた、額に傷のある褐色の肌をした男性は、その年齢を考えた時にはかなり堂々たる体躯をしていた。
「ご無沙汰しております」
「あぁ」
緊張でもしているのか、硬い動きで頭を下げたゼノンへ、金髪の男性は一瞥を投げただけでそれ以上の挨拶を交わす様子はない。
「は、初めまして。シャーロットと申します」
一見機嫌が悪いのだろうかとも疑ってしまう男性の態度に、シャーロットはドキドキしながら礼を執る。
「……ガウェインだ」
シャーロットを見下ろして、淡々と名前を名乗った男性は、前将軍――、ゼノンが“師匠”だと称する人物だった。
「……」
「……」
師と弟子と。久しぶりの再会だというにも関わらず、二人の間に流れる空気は固いもの。
そこへ。
「まぁまぁ! こんなところで立ち話もなんですから。どうぞお入りくださいな」
家の奥からパタパタとやって来た優し気な女性――、ガウェインの妻に中へ促され、シャーロットはゼノンと共に邸へ足を踏み入れたのだった。
「……」
「……」
客間に通され、ソファに腰かけても、ゼノンとガウェインの間に流れる空気は変わらない。
ゼノンの隣に座ったシャーロットは、困り顔で微笑んで、それなりに広い室内を見回した。
木目調の床に、重厚なカーテン。天井からはランプが釣り下がり、必要最低限に置かれた調度品は、とても品の良いものだ。実際にシャーロットたちが腰かけているソファも、華美過ぎず、とても座り心地の良いものだった。
と……。
「……王都の方はどうだ」
「みな変わりなく」
表情一つ変えずに向けられた問いかけに、ゼノンもまた無表情で答えを返す。今となってはシャーロット限定で見られなくなったその姿は、結婚当初のゼノンを思い起こさせ、なんとも懐かしい気分になってしまう。
「そうか」
こちらも一言を返しただけで、特に感情の揺らぎはみられない。
ゼノンへ「背中で語れ」という教えを説き、多くを語ることはなかったという師は、まさにその通りの貫禄があった。
「……」
「……」
恐らく二人にとってはそれが普通で、本人たちは居心地の悪さなど感じていないのだろうが、シャーロットは困ってしまう。
前々からゼノンが“師”と仰ぐガウェインのことは聞かされていたため、気難し気な表情をしているからといって、怒っているのだろうかという誤解をすることはない。けれど実際、このままでは間がもたない。
「どうぞ。お茶が入りましたよ」
そこへ、にこにことした笑顔を浮かべた夫人がお茶を運んできて、シャーロットは知らずほっとした吐息を吐き出してしまう。
将軍職を辞した後にはのんびりとした田舎暮らしをしたいと言っていたというガウェインは、通いの使用人を数人置く程度で、今は夫人と二人暮らしも同然の生活をしているらしかった。
「すみません」
「ありがとうございます」
テーブルに置かれるティーカップを前にして、ゼノンとシャーロットがそれぞれ頭を下げる中、ガウェインは「あぁ」と頷くだけで口を閉ざす。
「……」
「……」
いただきます。と小さく挨拶をしたシャーロットはティーカップを傾けて――……。
「あなた。そんな仏頂面をしていたら、シャーロットさんが萎縮してしまいますわ」
ただでさえ怖い顔をしてらっしゃるんですから。と、少しばかり説教じみた声色で告げられた妻の指摘に、ガウェインの眉間には皺が寄った。
「……」
「あっ、いえ……っ。大丈夫ですっ。その……、ゼノ……、主人から話は窺っていますからっ」
背中で語ることを貫いて、寡黙だったというゼノンの師。そんな師を心から尊敬していたゼノンとは、結婚してから二年以上、誤解を生んだままだった。
けれど、ゼノンの本音を耳にして、「語らない」ことに勝手な思い込みをしてはならないことを学んだ。
どんなに強面で無口な人だとしても、ゼノンが尊敬する師匠なのだ。悪い人のはずがない。
「……あら」
慌てて首を振ったシャーロットの反応に、婦人は明るい表情で目を丸くする。
「私はこの人とは幼い頃からの付き合いだったからいいけれど……。二人とも誤解されやすい性格をしているでしょう?」
「……え……」
「シャーロットさんは、ちゃんとわかってあげられたのね」
ガウェインと夫人は、いわゆる“幼馴染”の関係にあったという。そのため、他の人々が察することのできないガウェインの機微を感じ取り、理解することができたらしい。
だが、多くを語らないことは本人の意図と反した誤解を招きやすい。それは、シャーロットとゼノンがいい例だろう。
そのため、ほぼ結婚してから互いを知ることになったシャーロットが、ゼノンのことを正しく理解しているらしい様子に、夫人は嬉しくなってしまったのだということだった。
「……それは……」
にこにこと向けられる微笑みが少しばかりいたたまれずに、シャーロットは僅かに下へと視線を外す。
「……ちょっとした誤解は確かにありましたけど……」
なにも、なかったわけではない。
むしろ、一度は本気で離縁することを申し出た。
それが今やこんなふうに穏やかで幸せな気持ちでいられるのは、それこそゼノンが態度でシャーロットの誤解を解いてくれたからだ。
「今はもう、大丈夫です」
ここ最近めっきり見ることのなくなってしまった無口な夫へ視線を投げ、シャーロットは仄かに微笑んだ。
本当はゼノンが誰よりも雄弁なのだと告げたなら、ガウェイン夫妻はどんな反応をするだろうか。
そうして。
「……あら? 今日は他の訪問の予定はなかったはずだけれど……」
呼び鈴が鳴り、夫人が不思議そうに首を傾けてからしばし。
廊下をバタバタと走る軽い音が聞こえ、ゼノンと顔を見合わせたシャーロットは瞳を瞬かせる。使用人が主を呼びに来たにしてはありえない足音だ。
そして。
「おじーちゃま~~っ!」
扉が開け放たれると同時に響いた幼い声。
「! おぉっ、マリアじゃないか!」
パタパタと室内に飛び込んできた幼い少女の姿に、ガウェインの嬉しそうな声が上がった。
「今日はどうしたんだ?」
「この前、お馬さんに乗せてくれる、って言ってたでしょ? いい天気だったから!」
今日であればその約束を守ってもらえるのではないかと思い、母親にねだってやってきたと拙い説明をする幼い少女――、マリアに、ガウェインは破顔する。
「そうかそうか。それでわざわざ」
恐らく孫であろうマリアを膝に乗せて頷くガウェインの顔はデレデレと緩んでいる。
「いいぞ。乗せてやる」
「わ~い! おじいちゃまだいすき……!」
ぎゅう~、っと素直な喜びを示して抱きついてくるマリアの頭を、ガウェインは目に入れても痛くないという様子でよしよしと撫でてやっている。
「…………あれは……?」
ゼノンの眉間に深い皺が寄り、絞り出すような疑問が投げられたのは仕方のないことかもしれない。
「……見ての通りです」
デレデレと孫を可愛がる夫を見つめ、夫人はしみじみと苦笑する。
「孫の前では威厳もどこか散歩に出るようで」
そこには、とても「背中で語れ」と厳しい後ろ姿を見せる寡黙な男の姿はない。
「まさかあの人にこんな面があっただなんて……。この年にして驚きで」
頬に手を添え、困り顔で夫と孫娘の姿を眺める夫人の呟きに、シャーロットが隣に座るゼノンへ視線を投げれば、そこには信じがたいものを見て固まる男の姿があった。
「……ゼノン様のお師匠様……、なんですよね?」
「……シャーロット」
低く絞り出すような声は、「みなまで言うな」という思いを如実に現わしているものの、それに構わずシャーロットはくすくと楽しそうに微笑う。
「やっぱり似るんですね」
愛弟子であるゼノンと師であるガウェイン。結局は二人共、言葉に出さないだけで心の中は饒舌なのだろうと、シャーロットは可愛らしい笑みを零していた。
「……よく来たな」
玄関前でゼノンとシャーロットを出迎えた、額に傷のある褐色の肌をした男性は、その年齢を考えた時にはかなり堂々たる体躯をしていた。
「ご無沙汰しております」
「あぁ」
緊張でもしているのか、硬い動きで頭を下げたゼノンへ、金髪の男性は一瞥を投げただけでそれ以上の挨拶を交わす様子はない。
「は、初めまして。シャーロットと申します」
一見機嫌が悪いのだろうかとも疑ってしまう男性の態度に、シャーロットはドキドキしながら礼を執る。
「……ガウェインだ」
シャーロットを見下ろして、淡々と名前を名乗った男性は、前将軍――、ゼノンが“師匠”だと称する人物だった。
「……」
「……」
師と弟子と。久しぶりの再会だというにも関わらず、二人の間に流れる空気は固いもの。
そこへ。
「まぁまぁ! こんなところで立ち話もなんですから。どうぞお入りくださいな」
家の奥からパタパタとやって来た優し気な女性――、ガウェインの妻に中へ促され、シャーロットはゼノンと共に邸へ足を踏み入れたのだった。
「……」
「……」
客間に通され、ソファに腰かけても、ゼノンとガウェインの間に流れる空気は変わらない。
ゼノンの隣に座ったシャーロットは、困り顔で微笑んで、それなりに広い室内を見回した。
木目調の床に、重厚なカーテン。天井からはランプが釣り下がり、必要最低限に置かれた調度品は、とても品の良いものだ。実際にシャーロットたちが腰かけているソファも、華美過ぎず、とても座り心地の良いものだった。
と……。
「……王都の方はどうだ」
「みな変わりなく」
表情一つ変えずに向けられた問いかけに、ゼノンもまた無表情で答えを返す。今となってはシャーロット限定で見られなくなったその姿は、結婚当初のゼノンを思い起こさせ、なんとも懐かしい気分になってしまう。
「そうか」
こちらも一言を返しただけで、特に感情の揺らぎはみられない。
ゼノンへ「背中で語れ」という教えを説き、多くを語ることはなかったという師は、まさにその通りの貫禄があった。
「……」
「……」
恐らく二人にとってはそれが普通で、本人たちは居心地の悪さなど感じていないのだろうが、シャーロットは困ってしまう。
前々からゼノンが“師”と仰ぐガウェインのことは聞かされていたため、気難し気な表情をしているからといって、怒っているのだろうかという誤解をすることはない。けれど実際、このままでは間がもたない。
「どうぞ。お茶が入りましたよ」
そこへ、にこにことした笑顔を浮かべた夫人がお茶を運んできて、シャーロットは知らずほっとした吐息を吐き出してしまう。
将軍職を辞した後にはのんびりとした田舎暮らしをしたいと言っていたというガウェインは、通いの使用人を数人置く程度で、今は夫人と二人暮らしも同然の生活をしているらしかった。
「すみません」
「ありがとうございます」
テーブルに置かれるティーカップを前にして、ゼノンとシャーロットがそれぞれ頭を下げる中、ガウェインは「あぁ」と頷くだけで口を閉ざす。
「……」
「……」
いただきます。と小さく挨拶をしたシャーロットはティーカップを傾けて――……。
「あなた。そんな仏頂面をしていたら、シャーロットさんが萎縮してしまいますわ」
ただでさえ怖い顔をしてらっしゃるんですから。と、少しばかり説教じみた声色で告げられた妻の指摘に、ガウェインの眉間には皺が寄った。
「……」
「あっ、いえ……っ。大丈夫ですっ。その……、ゼノ……、主人から話は窺っていますからっ」
背中で語ることを貫いて、寡黙だったというゼノンの師。そんな師を心から尊敬していたゼノンとは、結婚してから二年以上、誤解を生んだままだった。
けれど、ゼノンの本音を耳にして、「語らない」ことに勝手な思い込みをしてはならないことを学んだ。
どんなに強面で無口な人だとしても、ゼノンが尊敬する師匠なのだ。悪い人のはずがない。
「……あら」
慌てて首を振ったシャーロットの反応に、婦人は明るい表情で目を丸くする。
「私はこの人とは幼い頃からの付き合いだったからいいけれど……。二人とも誤解されやすい性格をしているでしょう?」
「……え……」
「シャーロットさんは、ちゃんとわかってあげられたのね」
ガウェインと夫人は、いわゆる“幼馴染”の関係にあったという。そのため、他の人々が察することのできないガウェインの機微を感じ取り、理解することができたらしい。
だが、多くを語らないことは本人の意図と反した誤解を招きやすい。それは、シャーロットとゼノンがいい例だろう。
そのため、ほぼ結婚してから互いを知ることになったシャーロットが、ゼノンのことを正しく理解しているらしい様子に、夫人は嬉しくなってしまったのだということだった。
「……それは……」
にこにこと向けられる微笑みが少しばかりいたたまれずに、シャーロットは僅かに下へと視線を外す。
「……ちょっとした誤解は確かにありましたけど……」
なにも、なかったわけではない。
むしろ、一度は本気で離縁することを申し出た。
それが今やこんなふうに穏やかで幸せな気持ちでいられるのは、それこそゼノンが態度でシャーロットの誤解を解いてくれたからだ。
「今はもう、大丈夫です」
ここ最近めっきり見ることのなくなってしまった無口な夫へ視線を投げ、シャーロットは仄かに微笑んだ。
本当はゼノンが誰よりも雄弁なのだと告げたなら、ガウェイン夫妻はどんな反応をするだろうか。
そうして。
「……あら? 今日は他の訪問の予定はなかったはずだけれど……」
呼び鈴が鳴り、夫人が不思議そうに首を傾けてからしばし。
廊下をバタバタと走る軽い音が聞こえ、ゼノンと顔を見合わせたシャーロットは瞳を瞬かせる。使用人が主を呼びに来たにしてはありえない足音だ。
そして。
「おじーちゃま~~っ!」
扉が開け放たれると同時に響いた幼い声。
「! おぉっ、マリアじゃないか!」
パタパタと室内に飛び込んできた幼い少女の姿に、ガウェインの嬉しそうな声が上がった。
「今日はどうしたんだ?」
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今日であればその約束を守ってもらえるのではないかと思い、母親にねだってやってきたと拙い説明をする幼い少女――、マリアに、ガウェインは破顔する。
「そうかそうか。それでわざわざ」
恐らく孫であろうマリアを膝に乗せて頷くガウェインの顔はデレデレと緩んでいる。
「いいぞ。乗せてやる」
「わ~い! おじいちゃまだいすき……!」
ぎゅう~、っと素直な喜びを示して抱きついてくるマリアの頭を、ガウェインは目に入れても痛くないという様子でよしよしと撫でてやっている。
「…………あれは……?」
ゼノンの眉間に深い皺が寄り、絞り出すような疑問が投げられたのは仕方のないことかもしれない。
「……見ての通りです」
デレデレと孫を可愛がる夫を見つめ、夫人はしみじみと苦笑する。
「孫の前では威厳もどこか散歩に出るようで」
そこには、とても「背中で語れ」と厳しい後ろ姿を見せる寡黙な男の姿はない。
「まさかあの人にこんな面があっただなんて……。この年にして驚きで」
頬に手を添え、困り顔で夫と孫娘の姿を眺める夫人の呟きに、シャーロットが隣に座るゼノンへ視線を投げれば、そこには信じがたいものを見て固まる男の姿があった。
「……ゼノン様のお師匠様……、なんですよね?」
「……シャーロット」
低く絞り出すような声は、「みなまで言うな」という思いを如実に現わしているものの、それに構わずシャーロットはくすくと楽しそうに微笑う。
「やっぱり似るんですね」
愛弟子であるゼノンと師であるガウェイン。結局は二人共、言葉に出さないだけで心の中は饒舌なのだろうと、シャーロットは可愛らしい笑みを零していた。
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