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犬猿の仲の片想い相手は、溺愛気質の絶倫でした。

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「だからどうして次から次へと剣をダメにするのよ……っ!」
「仕方ねぇだろ? オレの魔力に耐えられる剣なんて滅多にねぇんだから」
「使い方の問題でしょ……!? 本当に昔から加減を知らないんだから……!」
「これでも充分加減してんだよっ」
「つまり、自分の魔力を自在に操ることもできない愚能、ってことね!」
「誰が愚能だ……!」

 ああ言えばこう言う。
 こんな二人の言い合いは日常茶飯事で、周りにいる同僚たちは誰一人それを気に留めることなく、「お先に~」「お疲れ~」とさらりと声をかけて去っていく。
 中には、「ほどほどにな~?」と笑いながら手を振る者も。

「演習よ!? 演習……! 魔力を込める必要なんてないでしょう……!?」
「今日は実戦演習だろ……!?」
「えぇ、そうね! つまり、魔力に頼らないと勝てそうになかった、ってことね? 天才が聞いて呆れるわ……っ」
「先に魔剣を出してきたのはあっちだぞ……!?」

 今日は隣国との交流試合だった。
 隣国との仲は良好だが……、つい熱くなってしまったのはお互い様だろう。

「だからって、怪我をさせたらどうするつもりなのよ……!」
「知るか。向こうだって治癒師の一人くらい連れてきてるだろ」
「アクセル……!」
「最悪お前がいるしな、キャンティ」
「っ!」

 ニヤ、と意味深に笑われて、キャンティと呼ばれた少女は言葉を詰まらせる。
 キャンティ・ヘイズ。栗色の長いストレートの髪をした少女は、その騎士服からわかるように、女騎士でありながら有能な治癒能力の持ち主だった。
 一方、揃いの騎士服に身を包んだ黒髪の青年――その名をアクセル・リードという――は、剣に魔力を込めることのできる魔剣士だ。
 同じ騎士団に所属する二人は、騎士学校時代からの同期であり――、犬猿の仲ライバルだった。

「私が治癒力を磨いているのはアンタのためじゃないわよ……っ!」
「これからも頼りにしてるぜ~?」
「アクセル……ッ!」

 ひらひらと手を振りながら去っていくアクセルの後ろ姿に、キャンティは言い足りないとばかりに身を乗り出すが、アクセルがそれ以上キャンティのお説教に付き合う気配は見られなかった。

「また明日なぁ~?」
「……っ、もう……っ!」

 アクセルはいつだってこうだ。
 “ライバル”などと言われながら、本当はアクセルの方がキャンティよりも一枚も二枚も上を行っている。
 キャンティはいつだって、アクセルの掌の上で上手く転がされているだけ。
 それが悔しくて悔しくて堪らない。

 騎士学校時代から、顔を合わせれば喧嘩ばかり。
 けれど、キャンティは……、出会った時からアクセルのことが好きだった。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




 それは、キャンティが高等部の頃。

(……あ……っ?)

 と思った時には、すでに身体は宙に浮いていた。
 階段の上から偶然ぶつかったと見せかけて突き落とされた。
 二十段はあると思われる階段の中腹。
 一瞬にして怪我は免れないと覚悟を決め、次にどうしたら軽症で済むかと考えを巡らせた時――……。

「っぶねぇな……!」
「……ぇ……っ?」
「……っつぅっ……」

 ぐいっ、と腹部に重圧がかかり、キャンティは来たるべく衝撃と痛みがこないことに目を白黒させていた。

「……っ。……ったく……。無様に負けたからってみっともねぇ」

 少年に鋭い目を向けられて脱兎の如く逃げていった三人組に、少年の口からは「ちっ」という汚い舌打ちが洩れた。
 一瞬すぎてよくわからなかったが、キャンティを突き落とした犯人たちは、確かに見覚えがあるような面子だった。
 ――恐らくは、午前中にキャンティが打ちのめした中流貴族のお坊ちゃんたち。
 子爵家の令嬢でありながら騎士を目指して剣を持つキャンティのことを快く思っていないのであろうことは、試合前から見て取れた。
 そしてそんな少女にあっさり負けたともなれば、それはかなり自尊心が傷つけられたことだろう。

「あ、あの……」

 男兄弟ばかりで、さらにはなかなか豪胆な性格をした父親の元で剣技を学んだキャンティは、やはりかなり男勝りな性格をしていた。
 髪だけは長かったが、この頃はほとんど男装と言って過言ではない服ばかりを好み、一人称さえ「俺」を使っていたほどだ。
 だから、階段から落ちかけた自分を抱き留め、助けてくれた少年にも、素直にお礼を言うこともできなくて。

「怪我はない?」
「あ……、あぁ。……いえ、ない、です」

 それを確認するかのようにまじまじと見つめてくる少年から身体を離し、つい粗雑な言葉遣いを改めてしまったのはなぜだろうか。
 キャンティと同じくらいの身長をした黒髪の少年は、見た目こそまだ少年らしさを残していたものの、醸し出す雰囲気は随分と大人びたものだった。

「それなら良かった」
「!」
「それじゃ」

 ニッ、と白い歯を見せた笑いは、爽やかながらも悪戯っぽくもあって。

「……あ……」
またな・・・!」

 颯爽と去っていった名前も知らぬ少年に、素直にお礼を口にすることもできぬまま、キャンティは呆然とその後ろ姿を見送って――。




(……どこの誰?)

 決勝戦の試合相手を待つ間、キャンティはさきほど会った少年の姿を思い出し、首を傾げていた。
 女騎士の存在が認められるようになって早十数年。だが、まだまだ騎士を目指す女性は少なく、女というだけで見下してくる輩は少なくない。
 キャンティは、幼い頃からそんな奴らを実力で片っ端からねじ伏せてきた。
 まさに今日行われている、一年に一度開催される王家主催の剣技大会もそうだ。
 初等部の低・中・高の三部門、そして中等部と、キャンティは女でありながら全て優勝してきた。
 同じ年であれば負けなしだ。
 だが、これまで全ての試合で優勝を搔っ攫ってきたキャンティに、先ほどの少年の記憶はない。
 記憶力はいい方だ。よほど印象に残らない相手でない限り、一度手合わせすればその太刀筋や癖を中心に覚えているものだけれど……。

 と、少し遅れて現れた対戦相手に、キャンティの蒼色の瞳は見開かれた。

「! さっきの……!」
「よろしく」

 そう――。そこでニヤリと笑った少年は、先ほどキャンティを助けてくれた少年だったのだ。
 後になってこの大会が少年にとってのデビュー戦だったと知ったのだが、決勝相手としてキャンティの前に現れた彼の実力は。

(っ強い……!)

 試合が始まってすぐ。
 深い場所まで踏み込まれ、キャンティはその剣を弾き返しながら背筋に冷たい汗が流れていくのを感じていた。
 少年は、間違いなく、キャンティがこれまで対戦してきたどの相手よりも強かった。
 けれど。

(左が弱い……!)

 打ち合いを続けていくうちに空いた左側の隙を見逃すほど、キャンティは甘くはなかった。
 が。

「……く……っ」
(あ……)

 それと同時に、少年がさりげなく左足を庇っているような気配が窺えた。
 ――その、理由。その、意味は。

「強いな、お前。オレの負けだ」

 結果は、キャンティの一本勝ち。
 たいして悔しそうな様子もなく、少年はキャンティへと握手を求めてきた。

「……っ」

 こめかみから汗の伝う、清々しいその笑顔を目にした時。なぜかキャンティの方が泣きそうになった。

 ――違う……! この試合は無効だ……!

 思わず喉から出かかった叫びが声になることはなかった。
 少年の態度はそれほどまでに普通で、キャンティに負けたことに対しても潔かったから。
 そんな少年に、今さら“言い訳”を使わせたくはなかった。

 思えばあの時、彼は一瞬だけ痛みを堪えるような表情かおをしていた。
 ――恐らく、キャンティを助けた際に左足首を負傷したのだ。
 そしてそれを指摘したところで、少年は「自分が至らなかったせいだ」と笑っておしまいにする気がした。

 そうしてもやもやとした気持ちが晴れることのないまま、キャンティは優勝の証であるトロフィーを受け取って……。
 その帰りがけ。右手に剣を持っていた少年の利き腕が、実は左だったと話す大人たちの会話を小耳に挟み、高等部最後のトロフィーをクローゼットの奥深くに仕舞いこんだのだった。

 それが、とても苦いキャンティの初恋。
 その少年がどこの誰だか、きっと調べればわかるだろうに、キャンティはあえて詮索しようとはしなかった。

 だが、その少年の正体・・は、意外にもすぐに発覚することになる。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




(! あの時の……!)

 高等部卒業後、騎士学校に進んだキャンティは、入学式の代表挨拶で壇上に上がったその人物を目にして動揺した。
 新入生の代表挨拶は、入学試験で最も優秀な成績を修めた生徒だと決まっている。
 万が一のことを考えて次席にまでその成績は伝えられ、自分が“二番目”だったことに、キャンティは少しばかり落ち込んでいた。そんなキャンティの上を行った人物が――……。

 アクセル・リード。
 政界にも強い影響力を持つリード侯爵家の長子であり、剣に魔力を込めることのできる、類稀なる才能の持ち主。
 口は悪いがカリスマ性があり、顔よし頭よしの将来有望な騎士候補生だった。

 その後、なにかにつけて顔を合わせる機会の多かったキャンティとアクセルだが、どうしてもキャンティからあの日のことを告げられずに騎士学校の日々は過ぎてしまっていた。
 アクセルもアクセルで、キャンティのことに気づいているのかいないのか、そのことに触れられることはないまま……。

 気づけば、素直になれないキャンティと、性格に少しばかり難のあるアクセルとは、寄れば触れば口喧嘩をする“名物コンビ”になっていた。

「本当に可愛くない女だな……! “私”って言ってみろよ。“私”って……!」
「余計なお世話よ……! お世話、だ……!」
「どうしてそこで言い直すんだよっ」
「そんなの……、の勝手だろ……!」
「だからなんで……」
「うるさい……!」

 この頃になると、さすがのキャンティも言葉遣いや態度を改めるようになっていた。
 それはいい加減見るに見かねた周りの親戚たちから口うるさく言われたということもあるが、これから“女騎士”として生きていくにあたり、しっかりとしたマナーを身に付けた方がいいと学んだからでもあった。
 数少ない“女騎士”は、優秀であれば王族の女性の警護につくことが多くなる。その時、最低限の嗜みがなければさすがに傍に置いておくことができないからだ。
 ある意味“女騎士”にとって最高の名誉は、王族の姫君の傍仕えになること。
 幸運にも子爵家に生まれ付いたキャンティは、このままで行けば女騎士としては最高のその地位に昇り詰めることが可能な立場にいたのだ。

 だが、せっかく直した態度も言葉遣いも、アクセルを前にするとどうしでもこそばゆくなってしまうのだ。
 ――対等でいたい。
 そう強く思うせいで、自分が“女”であることを意識したくなかったのかもしれない。
 なぜなら、それは。

「……顔はモロ好みなのに」
「っは!?」

 真面目な顔でまじまじと見つめられ、キャンティは一瞬呆けた表情かおになる。
 いつだってそうだ。
 “犬猿の仲ライバル”だと見せかけておいて、アクセルはキャンティの一歩も二歩も先を行っている。

「可愛い顔してるのに勿体ない」
「~~っ! 騎士になるのに顔は関係ないで……、だろ!?」

 しみじみと呟かれ、羞恥か怒りかわからない憤りで顔が赤くなる。

 ――お似合いの婚約者がいるくせに……!

 そう叫べたならばどんなにいいだろうか。
 正しくは親が勝手に期待している“婚約者候補”という立場らしいが、そんなことはキャンティには関係ない。
 一つ年下の公爵令嬢である少女はアクセルにのぼせ上がり、騎士学校卒業と同時の婚姻を望んでいるという話だから、よほどのことがない限りこの話がなかったことにはならないだろう。
 元々盤石なリード家だが、王家の血を継ぐ公爵家の令嬢を妻として迎え入れれば、政界での力はさらに強くなることだろう。

「だからそんな頑なに男に寄ろうとしてるわけ?」
「アンタには関係ない……!」

 女性でありながら騎士を目指すこと。
 女騎士の存在そのものは認められていても、男社会で自分の地位を確立することがどれほど大変なことか、アクセルはきっとわかっている。
 だからこそ、頑なに“女の部分”を見せまいとするキャンティに「無理をするな」と言わんばかりのアクセルの態度が気に障るのだ。

 キャンティが“女らしさ”を捨てようとしている要因の一つは、他でもないアクセルにもあるというのに。

「ドレスで着飾ったらさぞ綺麗だろうに」
「っ! 残念ながら、アンタに見せることは一生ないわよ……!」

 照れもせずにさらりとそんなことを口にするアクセルが、どの程度本気でそう思っているのかは考えたくもない。
 アクセルの隣に立つ自分は、あくまでも“女騎士・キャンティ”。
 だからこそ、ライバルとして……、相棒として、将来有望なアクセルに置いて行かれないように、共に同じ場所に立っていられるように必死だというのに。

「そんなに女の自分が嫌か?」
「っそんなこと……っ」

 女であるキャンティを決して下に見ることなく、そのまま認めてくれているアクセルが嫌いだ。
 アクセルにだけは、“女”として見られたくないのに。
 キャンティをキャンティとして受け入れたその上で、他の女を選ぶアクセルを見たくない。
 それならばいっそ、性別を超えた関係でいたいのだ。

「……騎士として、お前は充分魅力的だよ。オレが保証する」
「……っ」

 そうやって時折向けられるアクセルの優しさが辛い。
 その優しさに触れて泣き出したくなる度に、女である自分を自覚して怖くなる。

 ――“女”に、なりたくない。

 アクセルだけが、キャンティを“女”にしてしまう。
 手にできた剣だこも、身体中のあちこちにある切り傷も普段はなにも気にならないのに。
 アクセルの婚約者候補であるふわふわとした華奢な御令嬢の姿を思い出すと、そんな自分が恥ずかしくなってしまうのが心底嫌だった。

 ――アクセルが好きだ。

 その恋心に何重もの扉と鍵をかけ、キャンティは騎士学校での二年間を終えたのだった。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




 騎士学校卒業と同時に婚姻かと噂されていたアクセルだが、周りの思惑とは違い、騎士団に身を置いて一年がたってもその気配は見受けられなかった。
 例の御令嬢は未だに“婚約者候補”のまま、“婚約者”にすらなっていない。
 それでも、公式なパーティーにおいては。

(……帰ろう……)

 今日は、年に数度ある王室主催のパーティーだった。
 恐らくは、公式行事の際に“女騎士”として女性の要人の警護にあたっていたキャンティのことを認めてくれたのだろう。その行事の後に行われるこのダンスパーティーにキャンティが呼ばれるのは初めてだったが、正式に招待を受けたからには参加しないわけにはいかない。
 今は“子爵令嬢”として意に沿わない真っ赤なドレスを身に纏ったキャンティは、すぅすぅとする足元に落ち着かなさを覚えながら、早々に退場することを決めていた。

(……これ以上ここにいても意味はないし)

 丁重にすべき“お偉いさん”方への挨拶はすでに終わっている。
 あとは貴族同士の交流を深めるためのダンスと歓談の時間だ。
 天井高くに大きなシャンデリアの輝く、広々としたホール。キャンティには場違いなそのホールにダンスの生演奏が流れ始めてすぐ。
 当然のようにファーストダンスを踊り始めたアクセルと例の御令嬢の姿に、キャンティは自分が思っている以上の衝撃を受けていた。

(……ほんと、お似合い……)

 ふわふわとしたピンク色の髪をした御令嬢は、まるで砂糖菓子を思わせる、誰もが守ってあげたくなるほど可愛らしい美少女だった。
 くるりとドレスの裾を翻し、にこにこと踊る少女と、そつなくダンスをリードするアクセルはとてもお似合いのカップルだ。

(なんで婚約しないんだろう……)

 嬉しそうな笑みを零す少女からは、アクセルへの明らかな好意が見て取れる。
 侯爵家のアクセルと、高貴な血筋の御令嬢。どこからも反対の声など上がらないだろうに、なぜ未だに婚約すらしていないのか。
 さりげない会話の流れで気安く聞いてみればいいのだが、どうしても答えが怖くて聞けずにいる。

 ――アクセルが好き。

 心の奥底に封じ込めた淡い初恋は、未だに風化する気配がない。
 ただ、この想いが報われないことだけはわかっているから。

 親し気に微笑み合う御令嬢とアクセルの姿に、ズキリと胸が痛む。

(……また……、週明けに)

 週末の今夜。次にアクセルと顔を合わせるのは三日後だ。
 休日で冷静になって、騎士団で顔を合わせる時には、きちんと“騎士”の仮面を被っていられるから。

 壁の花でいることも虚しく、キャンティはこっそりと溜め息を吐き出すとそのまま会場を後にした。




 だが、仮にも子爵家の令嬢として馬車に向かう途中。
 自分に向けられる押し殺した不穏な空気を察したキャンティは、胸に湧いたどうしようもないわだかまりに耐え切れず、その憂さ晴らしをすべく、自ら人気のない中庭の方へと足を運んでいた。

「……私になにか用?」

 不審者の撃退など、八つ当たりをするためにこれ以上いい材料はない。
 パーティードレスは多少動きにくいが、キャンティにとってはそれほど不利になるものでもない。
 太腿に括り付けている護身用の短剣を取り出すと動きやすいようにドレスを割き、“敵”に向かって身構える。

「ちょっと俺らと遊んでほしいんだけど」
「……遊び、ねぇ?」

 ニヤニヤと姿を現したのは、微かに見覚えのある……、恐らくは、中流貴族の愚息たち三人組。
 一応は正式な招待客だろうが、どこの世界にもこういった下衆な輩はいるものだ。

「相変わらず生意気な女だな……!」
「女は大人しく男に従ってりゃいいんだよ……!」
「女のくせに図に乗りやがって……!」

 完全なる男尊女卑の考え方にはうんざりする。
 とはいえ、未だにこういった考えを持つ男は少なくない。
 ――女は楚々と男の後ろに控え、決してでしゃばった真似はしない。
 彼らのような人間が求めるのは、自分が支配下に置ける女なのだ。

「……言っておくけど、私、今、ものすごく機嫌が悪いから」

 ストレス発散にちょうどいいと、キャンティは不敵な笑みを浮かべる。

「一切手加減なんてできないから」

 いっそ見惚れるほど綺麗な微笑みを浮かべたキャンティは、流れるような動きで三人組を返り討ちにするのだった。




「……くっそ……、覚えてろよ……!」

 使い古しもいいところの負け台詞を吐いて去っていく男たちを眺めていたキャンティの耳に、パチパチという拍手の音が届いた。

「さすがキャンティ。オレの出る幕なし」

 そう、にこにこと笑いながらキャンティへと称賛の拍手を送っているのは。

「……アクセル」

 いつからそこで見ていたのか、楽しそうに笑っているアクセルの姿にじとりとした恨めし気な目を向ける。

「……高みの見物とはいい度胸ね」
「オレが助けに入ったらむしろ怒るだろ?」
「……っ、だからって、誰のせいで……!」
「あ。気づいてた?」
「……それは……っ、ただの勘でしかないけど……っ!」

 恐らく先ほどの彼らは誰かの差し金だ。
 そしてキャンティを恨みに思う人物は……、と考えた時には、二種類の人間しか思い当たらない。
 一つは、“女騎士”をしているキャンティの実力を疎ましく思う者。そしてもう一つは……、“アクセルの傍にいる”に恨みを抱く者。
 それらが合わさった結果が、元々キャンティを気に食わないと思っている輩に、“邪魔者”であるアクセルの傍にいる女――、キャンティを排除させること……、なのだろうと思われた。
 つまり、黒幕は。

「想像通り……、いや、やっぱ想像以上に綺麗だな」
「……っ、やめてよ……!」

 だが、その点にはそれ以上言及することなく、すぐ傍までやってきたアクセルにドレス姿を眩し気に見下ろされ、キャンティは動揺する。
 そんなふうに見つめられると、キャンティの“女”の部分が顔を覗かせそうになって怖くなる。

「……そんなに、“女”の自分が嫌いか?」
「……っ!」

 いつかも聞かれたその問いかけ。

 ――“女”の自分は嫌い。

 アクセルと親しくする御令嬢に醜い嫉妬心を抱く自分なんて知りたくない。
 キャンティは今までもこれから先も、アクセルの“戦友”として堂々と胸を張って生きていきたいと思っているのだから。
 先ほどの男たちを自分に差し向けた御令嬢の気持ちがわかるなんて……、そんなこと、理解したくない。

 ――どろどろとした醜い感情。

 そんなもの、自分の中に見たくない。
 そうしてぐちゃぐちゃになりかけた感情は、今まで押し殺していた気持ちを吐露させてしまう。

「……今まで勝てていた相手にも勝てなくなる……っ。どんどん追い抜かれていく……っ、そんな虚しさ、男のアクセルにはわからないでしょう……!?」

 それは、キャンティの中にある恋愛感情とはまた別のもの。
 けれど、これもまたキャンティの本心だ。
 中等部まではそこまで男女の差もなく、負け知らずだったキャンティ。
 それが段々と腕力では男に勝てなくなり、なんとか技術だけで凌いできた高等部時代。
 そして騎士学校に入学し……、少しずつキャンティは弱く・・なっていった。――否、正しくは、キャンティが弱くなったわけではなく……。成長の止まったキャンティに対し、周りの“男の子”たちがめきめきと力をつけてキャンティを追い抜いて行っただけのこと。

 今でもキャンティは充分に強い。
 先ほどキャンティを襲ってきた程度の男たちであれば、例え三人がかりでも返り討ちにできるほどに。
 それでも騎士団の中においては、すでにキャンティは上の下ほどの実力だ。

 ――かつて負け知らずだったキャンティは見る影もない。

 それは、どうしようもない男女の差だとわかっている。
 わかっては……、いるけれど。

「……そうだよ。認めろよ。どんなに強くったってお前は女だ」
「っ!」

 己の中にある“女”の感情から目を逸らし、代わりに別の憤りを吐き出したキャンティへ、アクセルは酷く残忍な言葉を放ってくる。

「……な、にを……」

 まさかアクセルからそんな酷い言葉をぶつけられるとは思ってもいなかったキャンティは、愕然と言葉を失った。

「……っ!?」

 ぐ……っ、と強く身体を引き寄せられたかと思うと、逞しいアクセルの腕の中に閉じ込められて目を見開く。

「……な……っ!? 離し……っ」
「ほら、振りほどけない。剣がなければただの女とそう変わらない」
「!」

 それは、なんという屈辱だろう。
 まさかアクセルからそんなことを言われるとは思わず、悔しくて悔しくて涙が溢れそうになってくる。
 アクセルだけは、自分をそんなふうな目で見ないと信じていたのに。

「離して……っ!」

 なんとかその腕の中から抜け出そうともがくキャンティに、アクセルは仕方ないなとばかりに苦笑して手を離す。
 その直後。

 ――パシン……ッ!

 と。涙目のキャンティがアクセルの頬を引っぱたく、小気味いい音が鳴り響いた。

「……っつぅ……っ」
「っこんな自分、大嫌いよ……! いっそ男に生まれてくれば良かったのに……!」

 痛みに頬へ手をやるアクセルへ、殺意にも似た目を向ける。

 アクセルだけは。アクセルだけは、他の人たちと違うと思っていたのに。
 ずっとずっと。例えキャンティが弱く・・なってしまっても、アクセルだけはいつまでも“ライバル”でいてくれると思っていたというのに。
 それは完全にキャンティの一方通行だったということか。

「っ」
「それは困るな」

 感情が高ぶりすぎて、とうとう一筋の涙を零してしまったキャンティに、アクセルはなぜかうっそりと口の端を引き上げて、それから神々しいほどの笑みを浮かべる。

「お前が自分のことを嫌いでも、オレは好きだし」

 なんでもないことのように、さらり、と告げられた言葉。
 意味がわからず、キャンティの目は丸くなる。

「……は?」

 別段そこに深い意味はないのだろう。
 ただ、“戦友”として。騎士学校時代からの“友人”としての、極々普通の好意を示しただけ。
 けれど。

「お前に向かって『守らせてくれ』なんて言うつもりはねぇよ?」

 やはり、そう苦笑いするアクセルの真意はよくわからない。

「でも、好きな女を守りたいと思うのは男の本能みたいなものだ」

 ……今、この男は、“好きな女”と言っただろうか。
 ――それは、誰のこと?

「だからせめて、ずっと隣にいる権利をオレにくれないか?」
「…………それ、って……」

 今、アクセルの目の前にいるのはキャンティだけ。
 思わずきょろきょろと辺りを窺ってしまうが、その現実は変わらない。
 ならば、今、アクセルが口にしている“愛の言葉”らしいものはなんだろうか。

「これだけ態度にも言葉にも表してんのに、お前、ちょっと鈍すぎやしないか?」

 呆然とするキャンティに、アクセルは困ったような笑みを浮かべる。

「オレがお前に惚れてるなんて、お前以外みんな知ってるぞ?」
「……ぇ……」
「だから今まで誰もお前に求婚してくるようなヤツがいなかったんだろーが」

 仮にもキャンティは子爵家の御令嬢。
 “女騎士”を目指していても、求婚の一つや二つ、普通はあっておかしくはなかった。
 それでもあまりそのことを気にしていなかったのは、元々のキャンティの性格のせいでもあり、恐らくは“女騎士”でいることに理解を示してくれないであろう求婚相手など、最初から全て父親が断っていると思っていたからだ。

 けれど求婚相手がいなかった本当の理由は。
 侯爵家のアクセルに遠慮して……、などとは露も思わない。

「……まぁ、そのせいでこんなことにも巻き込んじまって悪いとは思ってるけど……」
「“こんなこと”?」

 きょとん、と小首を傾げ、それからややあって、キャンティはその言葉の意味を理解する。

「別にこれくらいのこと大したことじゃない」
「……さすがキャンティ」

 三人組の男に襲われる程度のことは大した問題ではないとあっさり告げてくるキャンティに、アクセルはますます可笑しそうに苦笑する。

「で?」
「“で”?」

 窺うような目を向けられて、キャンティの瞳は不思議そうに瞬いた。

「オレの求婚は受け入れてくれるわけ?」
「……へ?」

 ――きゅうこん。
 きゅうこん、とは、あの“きゅうこん”だろうか。

「なんだよその反応」

 呆然とするキャンティに、アクセルは不貞腐れたような表情かおになる。

「オレ、お前に好かれてる自信、そこそこあるんだけど?」
「な……っ!?」
「さっき、アイツと踊ってる時のキャンティの表情、不謹慎だけどゾクゾクした」
「……な、ん……っ?」

 ――変態……!

 ゾクゾクした、と言われ、反射的にそんな言葉が脳裏を走る。
 まさかこの男は、キャンティが嫉妬している姿を見て悦んでいたとでもいうのだろうか。

「好きな子ほど虐めたい、って、ガキかよ、って思うけど……。お前の気持ちに確信を持ちたかったからって、ちょっと意地の悪いことをした自覚はある」
「な……っ? なななな……?」

 開いた口が塞がらない、とは、こういうことをいうのではなかろうか。
 ――もしかしたら自分は、とんでもない男に掴まってしまったのかもしれない。

「お前のことが好きだ」
「っ」
「オレの前でだけ、女になってくれ」

 “女”の自分が大嫌いだった。
 けれど、この先の歓びは、“女”でなければわからない。

「後悔はさせない」

 “女”として、好きな男性ひとに愛される。

「……女に……、してくれる……?」

 怖々と顔を上げたキャンティに、アクセルの甘い笑顔が向けられた。

「もちろん」




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




「ん……」

 初めてのキスはそっと触れ合うだけのもので、とても優しい味がした。
 あの後、「今夜は離さない」と宣言されるまま、キャンティはリード家のアクセルの部屋に連れ込まれて今に至る。
 アクセルの匂いのするベッドの上。これからなにが起こるかわかっていても、恥ずかしいと思いこそすれ、そこから逃げたいとは欠片たりとも思わない。

「ん……っ」

 二度目のキスは、少しだけ啄むようなもの。
 唇が離れた隙に、その感触を確かめるようにそっと指先で唇に触れたキャンティの仕草を見つめ、アクセルはくすりと笑う。

「……すっげ。可愛い顔」
「!?」
「オレのこと、好きで好きで仕方ない、って顔してる」
「っ! そんなこと……っ」

 それは一体どんな表情かおだろう。
 だが。

「ない?」
「……バカ……ッ!」

 きっと、信じられないほど蕩けた表情をしているだろう自分を思い、キャンティは赤くなった顔を逸らす。
 だって。

「……そうよ……っ! ずっと好きだった……!」

 初めて会った時から。
 ずっとずっと好きだったのだ。
 叶うはずはないと思って押し込めていた想いが実って、これで幸せでないはずがない。

「オレも」
「え?」
「初めて会った時から。すっげー可愛くてカッコいい子がいる、って思ってた」

 軽いキスを繰り返しながらベッドへと押し倒され、キャンティの長い髪がシーツの上に散らばった。

「それって……」
「あんまりにもカッコよくて見惚れてたら、無様にも負けちまって」
「っ! でも、あれは……!」

 語り合う合間にも戯れるように額や頬にキスを落とされて、そのくすぐったさにキャンティは小さく身を捻る。
 そんなキャンティを愛おしそうに見下ろして、アクセルは「あぁ、気づいてた?」とくすくす笑う。

「万全の状態でも同じ結果だったと思うぜ? 情けねぇけど」

 ずっと、初めて会ったあの日のことを聞けずにいた。
 助けてくれたことのお礼もまともにできず、ハンデを負ったまま負けてしまったアクセルに謝ることもできずに。

「言っとくけど、別に相手が女だから手加減しようとしたとか、そんなんじゃねぇぜ?」

 だが、自分が負けた理由はそのせいではないと、アクセルは不貞腐れたように口にする。

「むしろ惚れた女に負けるなんて男として屈辱だろ」
「! そ、れは……」

 それは、確かにそうだと思う。
 誰しも得手不得手はあるだろうが、同じ騎士の道を志す以上、男として好きな女性より強く在りたいと思うことは極々普通の欲求だろう。

「ガキだったからな。純粋に惚れた女を前にして、負けたくないと思ったらガチガチに固まっちまってたんだ」
「……全然そんなふうには見えなかったけど」
「それならよかった」

 あの時はかなりカッコつけていたのだと笑うアクセルに、キャンティはほんの少しだけ胸を撫で下ろす。
 もしかしたら、それは自分への気遣いなのかもしれないとも思ったが、案外本当のことのようにも思えて可笑しくなる。
 きっと、あの時点ですでにアクセルの方がキャンティよりも強かった。
 それでもあの日、キャンティがアクセルに勝利したことは確かなのだ。

「ん……っ」
「可愛い……」

 再度唇を塞がれて、熱い吐息が落ちてくる。

「ん……っ、ん……っ」

 舌先で唇をノックされ、促されるままに口を開けば、口腔内にぬるりとした感触が潜り込んできて、舌と舌とを絡ませる深いキスになっていく。

「ん…っ、んん……っ、ふ、ぁ……っ」
「……あー……、やべぇ……。キスだけで酔いそう……」
「あ、ふ……っ、アク、セル……ッ」
「! その表情かお、反則……!」
「んんぅ……っ!?」

 涙の滲んだ瞳でアクセルを見上げれば、欲に濡れた獰猛な目をしたアクセルに貪るようなキスをされ、段々と身体から力が抜けていく。
 呼吸を乱され、胸が喘ぐ。

「あ……っ!?」

 酸素が足りずにぼんやりとしていれば、その隙にすっかりドレスは脱がされて、首筋にアクセルの唇の感触がした。

「あ……っ? や……っ、吸わないで……っ」
「なんで? オレのもんだ、って、痕つけたい」

 なにが楽しいのか、舐めて吸ってを繰り返すアクセルに羞恥が湧く。
 ぺろり、と、赤い舌を覗かせるアクセルの仕草が色っぽくて淫猥で。

「あ、と……?」
「キスマーク」
「! そんなのダメに決まってる……! あ……っ!?」

 くす、と笑ったアクセルに一際強く吸い付かれ、びくりと身体が震えた。

「や……っ、だ、め……ぇ……っ」
「すっげ。その声、めちゃくちゃ腰にクる」
「!」

 胸元を柔らかく愛撫しながら首筋を舐め上げられてぞくぞくする。
 勝手に出てしまう自分のものとは思えない甘ったるい嬌声が恥ずかしくて堪らないのに止められない。

「あ、ん……っ」
「好きだ……。キャンティ。その声、オレだけにもっと聞かせろよ」
「あ……っ!」

 胸元の柔らかな膨らみを揉みしだかれ、どんどん下へと下がっていく艶めかしい舌先での愛撫にびくりと肩が揺れた。
 膨らみを両手で揉まれ、掬うようにして下から舐め上げられて、キャンティは成すすべもなく身悶える。

「あ……っ、ぁあ……っ!」
「あぁ、すげーな……。健気にも硬くなってきた……」
「っ! や、ぁ……っ」

 そう言ってアクセルが嬉しそうに見つめる先には、胸元の先端で存在を誇張している赤い実があった。

「可愛いな。オレに食べられるためにこんなになってんだもんな」
「言わな……っ」
「美味そう」
「や……っ、ぁあ、ん……っ!」

 その言葉通りにぱくりと口に含まれたかと思うと舌先でころころと転がされ、脚の間からじわりとした蜜が溢れ出るのを感じた。

「あ……っ、ゃ、ぁん……っ!」
「コレ、気に入った? 気持ちいいんだ?」
「……っ! ひ、ぁ……っ、ぁあ……っ!」

 先端の果実を舐め上げながら意地悪く尋ねられ、思わずアクセルを睨みつけようとしても無駄だった。
 もう片方の果実まで指先でぐにぐにと揉みほぐされ、時折ぴん……っ、と弾かれると腰が跳ねてしまう。

「あ……っ、ぁ……っ、アク、セル……ッ!」
「キャンティ、お前、マジで可愛いな」
「!」
「こんな女がオレのもんだなんて最高」
「あ、ん……っ!」

 文句を言う間も恥ずかしがる間もなく手と唇での愛撫はどんどん下がっていき、足の先から太腿までを丹念に丁寧に愛されて、キャンティの腰はいつしか誘うような動きでゆらゆらと揺らめいた。

「……そろそろイイ、か……?」
「……?」

 そう呟いたアクセルの自問の意味がわからずに、キャンティは自分の膝辺りにいるアクセルの顔を見下ろした。
 男ばかりの騎士団に所属していれば、嫌でもそういった下世話な話題は耳に入ってくる。
 だから、男女の営みがどういったものなのか、普通の貴族の令嬢であったままならば知ることもなかったであろう知識をキャンティは持っていた。
 とはいえ、そこまで生々しい話は無意識にシャットアウトしてしまっていたこともあり、詳細まではわからない。
 だから。

「や……っ!? アクセ、ル……っ、な、に……っ!?」
「大丈夫だ。気持ちよくするだけだから」

 脚を大きく開かされ、その間に潜り込んできたアクセルの行動に、一瞬逃げるようにシーツを蹴りかける。
 だが、そんなささやかな抵抗などあっさりと封じられ、ぴちゃり……っ、という卑猥な水音と共に秘所にとんでもない感触がした。

「う、そ……っ!? そんなとこ……っ、舐めな……、ぁ……っ」
「初めてが痛いのは仕方がないとしたって、できるだけそんな思いはさせたくない」
「だ、め……ぇ……っ! きたな……っ」
「汚くなんてねぇよ。ずっとだって舐めてられる」
「や……っ、ん……っ!」

 最初はただ舌先で舐めるだけだった動きは、いつしか硬くなり始めた花芽を押し潰すようなものになり、さらにはぱくり、と口の中に含まれる。

「ぁあ……っ、ん……!」
「……気持ちいい、か……?」

 そんなことを聞かれても、精神的な衝撃と肉体的な刺激が強すぎてわからない。
 ただ、まるで身体の奥底から湧き上がる快楽という名の熱を逃そうと無意識に首を振るキャンティの姿を見て取って、その意味を理解したらしいアクセルは満足気な笑みを浮かべていた。

「ぁ……っ、あ……!」

 これが性的な快楽なのだと教え込まれ、キャンティの身体は素直に甘い刺激を受け止めて蜜を零す。

「すっげ……。どんどん溢れてくる……。物欲しそうにひくひくしてて、すっげーやらしい……」
「な……っ!?」

 少しだけ顔を上げたアクセルに恥ずかしい場所をまじまじと覗き込まれ、燃えるほどの羞恥に襲われる。

「指、入れるな?」
「んぁ……っ!? あ……っ」

 だが、逃げる余裕も反論する間もなくつぷ……っ、と蜜壺に潜り込んできた違和感に、キャンティの身体はびくっ! と打ち震えた。

「っ、きっつ……、これ、マジで入んのか?」
「や……っ、ぁあ……っ!」
「あぁ、でも、蕩けてきた……」

 目を丸くしながらもゆっくりと指を抜き差しされ、キャンティはびくびくと身悶える。
 身体の中に異物感はあるものの、痛みというものは感じられなかった。
 むしろ、くちゅくちゅと鳴り響くいやらしい水音が、自分の足の間から洩れているものだと思うと、羞恥と共に倒錯的な酔いに襲われて。

「あ……っ、ぁ……!」
「オレを受け入れるために柔らかく開いてきて……。マジでやらしくて可愛い」
「あ……っ、ぁあん……っ!」
「二本目、な……?」
「ひぁ……っ!?」

 増やされた指の感覚に、さすがにキャンティの瞳からは涙の雫が舞った。

「……痛い、か……?」
「ぁ、ん……っ」

 心配そうに見上げてくるアクセルに、否定を示してふるふると首を振る。
 溢れる涙は未知の感覚から来る生理的なもので、決して痛いわけでも怖いからでもない。

「……気持ちよくしたい……」
「は……っ、ぁ、ん……っ」
「その甘い声でいっぱい啼かせたい」
「ぁあ……っ、ん……!」

 その言葉通りにキャンティが最も感じる花芽を唇で軽く食みながら舌先で優しく愛撫され、確かな快楽を覚えて腰を揺らすようになった隙を突き、三本目となる指を入れられた。

「このままイけるか?」
「ぁ……っ、ぁあ……っ!」
「こっちのキャンティが好きなところ、いっぱい舐めてやるから……」
「ひぁ……っ!? あ……っ!」

 三本の指をぐちゅぐちゅと抜き差ししながら弱いところを重点的に責められて、びくびくと腰が浮いてしまう。

「あ……っ、あ……!」
「……あぁ、イけそうだな」

 完全に蕩けた表情で甘い声を上げるようになったキャンティの姿に嬉しそうにくすりと笑い、アクセルは追い打ちをかけるように唇での愛撫を強くする。

「あ……っ、ぁあ……っ!」
「イくところ、見せろよ」

 雄全快の声色で囁かれ、かり……っ、と軽く歯を立てられた瞬間、背筋へと信じられないほどの衝撃が走り抜けて光が舞った。

「っ、ぁ……っ、ぁぁあ…………――――っ!」

 下肢がびくびくと小刻みに痙攣し、腰もがくがくと揺れて止まらなくなる。

「あ……っ、ぁ……」
「オレの手で乱れ切ってイくキャンティ、マジで可愛い」

 伸び上がったアクセルが、長い絶頂に涙を零すキャンティを見つめ下ろして優しく髪を撫でてくる。

「ん……っ」
「可愛い、キャンティ。愛してる」

 そんなささいな刺激さえ、今のキャンティにとっては大きなものとなり、ふるりと身体を震わせて小さな吐息を零す様に、アクセルの口元には嬉しそうな笑みが刻まれる。

「ほんと、堪らない」
「ん……っ」

 ちゅ……っ、と甘いキスを一つ落とされて幸せを感じた。

「もう我慢の限界。嫌がってもこのままオレのもんにする」

 ギラギラとした目で見下ろされ、怖いと思うよりも、キャンティを欲しいと思ってくれていることに歓喜が湧く。

「……嫌なわけ、ないでしょ?」

 しっかりと目を合わせ、そう甘く微笑んで。
 自らアクセルを求めるように手を伸ばせば、愛おしそうに抱き締められる。

「……れるぞ……っ」
「う、ん……」

 宣言され、脚の間に熱くて硬い怒張を感じてつい身構える。

「……ほら、力抜けって」
「っ、そんなこと……っ、言われても……っ」

 初めての経験だ。未知への恐怖に緊張で身体が硬くなってしまうのはどうしようもないことだろう。

「……もう……っ、強引にしてくれてかまわないから……!」
「っ、そんなわけにいかねぇだろ?」

 つい身体を震わせながら告げたキャンティに、アクセルは驚きと欲望の入り混じった瞳で唇を噛み締めた。

「……キャンティ……」
「ん……っ」
「好きだ……」
「……ん……っ、ぅ……っ」

 愛の言葉を囁きながら甘いキスを繰り返され、段々と身体の緊張感が溶けていく。

「……お前が……、ほしい……」
「ん……っ」

 真摯なその願望に、喜びからふるりと身体が震え、その気持ちは素直に腹部へと伝わって、一気に蜜壁が綻んだ。
 アクセルもそれを感じ取ったのだろう。
 ぐっ、と腰を掴まれたかと思うと、剛直がキャンティの秘花を押し開く。

「ぁぁあ……っ!」

 最初は、衝撃。
 次に異物感と圧迫感に襲われて、泣きたくないのに次から次へと涙が溢れ出た。

「……キャンティ……ッ、辛い、か……っ?」
「……だい、じょう、ぶ……っ」

 キャンティに尋ねてくるアクセルこそ、額に汗を滲ませてなにかに耐えるように苦し気に顔を歪ませる。

「……大丈夫……っ、だから……っ」

 苦しくないと言ったら噓になるけれど、我慢できないほどの辛さではない。
 それよりも、ここまで来たら早く一つになりたくて。

「……きて……っ、アクセル……ッ!」
「ば……っ! あんま煽んなよ……!」

 抑えが利かなくなる……っ、と苦し気に告げられて可笑しくなってくる。
 寄れば喧嘩ばかりだった想い人は、本当はとても優しい人。
 そんなこと、初めて会った時からわかっていたけれど。

「……悪ぃ……っ!」
「……っ! ひ、ぁ……っ!」

 ぐ……っ、と腰を押し付けられ、身体の奥に今までにない痛みが走った。
 それが破瓜によるものだと知識の上で理解して、自分の“初めて”をアクセルに捧げた実感が湧き、痛みと共にじんわりとした幸福感にも満たされる。

「……っく……っ、全部……っ、挿入はいった……」
「……ぁ……っ、ん……」

 それを確かめるようにそっと揺さぶられ、痛みだけではない喘ぎが洩れる。

「……アクセル……」
「……やべぇ……。お前ん胎内なか、堪らない……」
「え……?」
「気持ち良すぎて……」
「……気持ち、いい、の……?」

 独り言にも近い吐息で言葉を洩らすアクセルにおずおずと問いかければ、アクセルはにやりと不敵な笑みを返してくる。

「もう極上」
「っ! バカ……ッ!」

 そのまま目と目と合わせて見つめ合い、くすくすと笑みを零す。
 それから啄むようなキスを繰り返し――……。

「……動くぞ……っ?」
「……あ……っ!?」

 ゆっくりと揺さぶられ、また一つ涙が溢れ出た。

「痛い……っ、か……?」
「ぁ……っ、あ……っ、だい、じょう、ぶ……っ、ぁあ……!」
「……悪ぃ……っ、ちょっと手加減、できねぇ……っ、かも……」
「あ……っ、だい、じょうぶ……!」

 切羽詰まったアクセルの表情に、その背中へと縋るように腕を伸ばして抱きついた。
 痛みはあるけれど、アクセルに愛されている証だと思えば、この程度のことはなんでもない。

「ひぁ……っ、ぁ、あ……っ!」

 手加減できないと言いつつも、緩い律動を繰り返し、決して激しく責め立てたりはしてこないアクセルに、愛おしさが湧き上がる。

「アクセル……ッ、すき……っ、好き……!」
「っだから、そうやって煽んな、って……!」
「だ、って……! ぁあ……、ん……!」
「……くっそ……っ、善すぎてあんまもたねぇ……っ」

 ぐちゅぐちゅと洩れ聞こえる卑猥な音が、確かに二人が繋がり合っていることを伝えてきて、恥ずかしいながらも幸福感に満たされる。

「アクセル……ッ」
「……キャンティ……ッ、好きだ……」
「うん……っ」
「……悪ぃ……っ、もう、イく……っ」

 ゆるゆると揺さぶられ、お腹の奥で、どくん……っ、という脈動を感じた気がした。

「……あ……っ」

 その直後、熱い飛沫を感じ、キャンティはふるりと身体を震わせる。

「……結婚しような?」

 そして、アクセルからそんなふうに優しく微笑まれる幸せな夢を見ながら、キャンティはそのまま深い眠りについていた。




 ◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈




 その次の日。キャンティの知らぬ間に全ての根回しを済ませていたらしいアクセルは、世間へ大々的にキャンティとの婚約を発表し、一年後の婚姻までを宣言した。
 アクセルの婚約者候補だった令嬢は、例の卑劣な企みが露見したことにより、父親である公爵にきついお灸を据えられ、実行犯たちにもそれなりの処罰が下されたというが……。
 正直、キャンティにはもはやどうでもいいことだった。

 それよりも。

「もう……っ、いい加減にして……!」

 昨夜も散々したというのに、起きてすぐにまた抱き込んでこようとするアクセルへ、キャンティは必死に腕を突っぱねる。

「これ以上は身がもたない……っ!」
「大丈夫だって。今日は休みだし。なんのために身体を鍛えてるんだよ」
「少なくともこんなことをするわけに鍛えているわけじゃないわよ……!」

 まるでさかりのついた猿のようだと嫌味を言ったところで無駄だった。
 アクセル曰く、「全部可愛すぎるキャンティが悪い」とのことだが、それはどんな屁理屈だろう。

「キャンティは頑丈で体力もあるから、いくらでもできて最高だな」
「……っだから……! そのために鍛えているわけじゃ……っ、あ、ん……っ!」

 かなり鍛えているはずなのに、いつだってキャンティは抱き潰されてしまうのだから、一体この男はどれだけ精力と体力が有り余っているのだろう。
 それも全て「愛の力」らしいけれど。

「……あ……っ、だ、め……ぇ……っ!」
「……可愛い、キャンティ。またいっぱいやらしいことしような?」
「……や……っ、ぁあ……!」

 ちゅ……っ、と甘く口づけられ、すぐにアクセルの逞しい身体の下に組み敷かれてしまう。

 正式にアクセルの婚約者になったキャンティの困り事。
 それは、愛する彼から肉体的に愛されすぎること。

 ――それを“絶倫”と呼ぶのだと、キャンティは後で知るのだった。
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