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Ⅳ.Six of Pentacles

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 本当に自分の私室に来てくれるのかと半信半疑ではあったものの、夜、扉のノックを叩いて現れた少女の姿に、セスクは満面の笑顔を浮かべてた。

「あの……、セスク様……?」
「ん~?なに?」
「これは……?」

 所在なさげに佇む少女に、セスクはカチャカチャと食器の音を鳴らしながら楽しそうな笑みを返す。

「まずはお茶から、と思って。女の子には甘いお菓子の方がいいのかなぁ、とも思ったけど、夜だしね。暖かい飲み物だけで申し訳ないけど」

 座って。と、前の椅子へと少女を促しながら、セスクはニコニコとした笑顔の口元がにやけてしまいそうになるのを必死で耐える。
 室内ではあるけれど、初めて持つことのできた二人だけの空間。
 必要最低限のものしか置かれていないセスクの部屋は小綺麗だけれど味気ない。"デート"というには物足りなさすぎるものの、仕方なくそれには目を瞑り、セスクは自らお茶の準備をしていた。
 ほとんどの準備は女中にして貰った為、セスクは本当にお茶を淹れるだけだ。暖かな湯気が上がるカップを少女の前に差し出して、セスクも自らその前へと腰かけた。

「話をしようか?君のことが知りたいんだ。旅をしていたんだろう?君の話をいろいろ聞かせてよ」

 笑いかければ、少女の瞳は戸惑いに揺れた。

「ね?」
「はい……」

 お茶を勧めればおずおずと伸ばされた白い指先。
 こうして見るとその所作は一つ一つ洗練されていて、もしかしたら良いところのお嬢様だったりするのかとも思う。ならばなぜ、男と旅などしているのだろう。

「初めてだから、上手く淹れられたかわからないけど」
「美味しいです」

 砂糖など入っていないにも関わらず、身体にいいルイボスティーからは、何故か仄かな甘ささえ漂うようで。
 ぎこちなく微笑んだ少女に、セスクは満面の笑みを返していた。




 それから、どれくらいの時間が流れただろうか。
 元々話すことは得意ではないという彼女に、セスクは自分の幼少時の思い出や、最近あった面白い出来事などを身振り手振りを使いながら語り聞かせていた。それに時折クスクスと笑みを溢す少女はとても可愛すぎて、その度にいちいち言葉を止めてみつめてしまえば、少女からは不思議そうな瞳が向けられる。
 それに「君が可愛すぎるから」と素直に伝えれば、少女は驚いたように目を丸くした後、面白いほど真っ赤になっていた。
 少女の言動全てがいちいち可愛すぎて。隠すことなく自分の気持ちを伝えれば、途中からはそれがわかったのか、「もういいです……っ」と恥ずかしそうに目元を潤ませるものだから、益々可愛くて仕方がない。
 本当に、どうしてこれほどまでに愛しいと思うのか。
 一緒の時間を過ごせばその気持ちは募るばかりで、少しも熱が引く気配はない。
 口下手な少女から読書が趣味だと聞けば、勉学はあまり得意ではなく、身体を動かしてばかりの自分とは真逆だと思って楽しくなる。
 医者の助手などをしているのだから、確かに彼女は聡明なのだろう。
 旅の生活でなかなか本を手にする機会は少ないと寂しそうに語る少女に、セスクの家の書庫室を好きに覗いていいと言えば、「本当ですか?」と嬉しそうに瞳を輝かせる。それが本当に可愛くて、今度、少女が好きそうな、最近流行りの恋物語の本でもプレゼントしようかと心の中でひっそりと画策する。
 楽しい時間というのは本当に過ぎ去るのが早すぎて、気づけば夜も深い時間になってしまっていた。

「それじゃあ、そろそろ寝ようか」
「……はい」

 腰を上げれば、少女からは何処か物寂しげな気配が窺えて、彼女も自分との時間を名残惜しく思ってくれているのかと感じて嬉しくなる。
 だが。

「……セスク様?」

 扉に向かい、少女の部屋まで送ろうとドアノブに手を伸ばしかけた時、不思議そうな声がかけられる。

「ベッドには行かれないんですか?」

 きょとん、と向けられる瞳は、言っている言葉に反して酷く素朴で純真で、セスクは思わず息を飲む。

「っ。君は……っ」
「え……?」
「……本当に?そんな男たちばかり相手にしてきたの?」

 どうして男と旅をしていて、どうしてこんな生活をしているのか。今日、少女からそれらを聞き出すことはできなかった。
 少女が話したくないものを無理矢理聞き出すつもりはないが、少しずつ教えて貰えたら嬉しいと思う。

 本当に。好きでもない男たちに身体を好きにさせてきたというのか。

「……そうしたら、一緒に寝ようか。眠るまで話をしよう。朝までずっと抱き締めているから」

 まるで娼婦のようなそれらの行いに、不思議と軽蔑する気持ちは沸かなかった。否、そもそも生活の為に仕方なく身を切り売りしている商売女たちのことを下に見るつもりは全くない。生活の為、泣く泣くそうせざるを得なかった女性たちには、むしろこの国の在り方を考えさせられるばかりだ。
 だが、目の前の少女は違う。
 泣く泣く身体を売っているなら可哀想だとも思えるし、男に強要されているというのならば殺意も沸くが、まるで子供のように無邪気な少女からは、なんの感情も窺えない。
 まるで、それが"普通"で"当たり前"のことだとでも思っているかのように。

「……オレは、君が今まで見てきた他の男たちとは違う。きちんと君を大切にして愛したいんだ」

 真摯な言葉に、大きく見開かれた少女の瞳が揺れた。

「……そ、れは……」
「迷惑?」
「……迷惑、なんかでは……」
「じゃあ、これからは毎日そうしようか。寝るまで二人で抱き合って、たくさんお喋りしよう」

 そう提案しながらも、理性が持つかと思えば正直少し辛いと思う自分もいる。
 好きな女の子を抱き締めて眠って、なにも感じない男がいたら、そちらの方がおかしいだろう。
 それでもセスクは、本当に本当に少女を大事にしたいと思うから。

「ダメ?」
「……ダメじゃ、ないです……」
「良かった」

 泣きそうに歪んだ表情(かお)できゅっと唇を噛み締めて、少女は夜着の布地を握り込む。

「それじゃあ、おいで」

 先にベッドへと入り込み、少女を優しく手招いた。

「眠くなったら寝ていいからね?おやすみ」

 なぜか戸惑いがちに身を寄せてきた少女の身体をしっかりと抱き締めて、セスクはそのまま横になる。

「おやすみなさい……」

 そうして少女を抱き締めたまま話を続け、眠そうにうつろうつろし始めた少女の姿に、セスクは幸せそうな笑みを浮かべていた。
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