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Ⅲ.Ace of Wand

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 愕然とその場に佇んで、どれくらいの時間が流れただろうか。
 恐らくはそれほどたっていないはずの時間は、セスクにはとてつもなく長い時間だった。

「セスク様。お客人様をご案内して参りました」

 コン、コン。と、扉を叩く音が鳴り、古くからこの家のお手伝いとして働いてくれている中年女性が少女を連れて顔を覗かせた。
 男とーー、ラファエルと二人で話したかった為、わざわざ少女だけに邸内の案内をするよう命じ、席を外して貰っていた。

「……あ、ああ。ありがとう」
「……なにか……?」
「大丈夫だ。後はオレが相手をするからもう下がっていいよ」

 衝撃から立ち直れていないセスクの様子がおかしいことに気づいたのか、探るような目を向けてくる女性へと、セスクはなんとか貼り付けた笑顔で対応する。

「……畏まりました」

 ちらちらとセスクの顔色を窺いながらも、女性はそれ以上を問い詰めることもなく静かに頭を下げて部屋を後にする。

「あの……?」

 男と、セスクと。二人の間に流れる気まずい空気を察したのか、セスクが恋した綺麗な少女は、不思議そうに二人の男へと顔を向けてくる。
 美しく可憐な少女は、その場に立っているだけで、空気が洗われるような清廉さを醸し出していた。
 それなのに。

「シェリル」
「はい」

 名を呼ばれ、少女は素直に男の方へと顔を上げる。

「今夜は彼が相手をしてくれるそうだ」
「っ」

 くすり、と。意味深に笑う男へと、少女の大きな瞳が僅かに見開かれる。

「!」

 どくり……っ、と。
 心臓が嫌な音を鳴らす。
 それは、期待か、緊張か。それとも。

「……そう、ですか……」

 小さくそう呟き、目を伏せた少女の感情は窺えない。
 否、元々彼女は感情の波を表に出すようなタイブではなく、まるでよくできた人形を思わせるほどの美しさを持つ生き物だった。

「……それでは、どちらに伺えばよろしいでしょうか……?」

 そうして、少しだけ恥ずかしそうに頬を上気させた顔を向けられて、セスクは本日数度目の衝撃を味わった。
 その反応は、先の男の言葉が嘘ではなかったことを告げていて。

「……本当、に……?」
「え……?」

 動揺に震える唇に、何処か不安定にサファイアの瞳が揺らめいた。

「幻滅したのでしたら止めておきますか?」
「っ!それは……っ」

 飄々とした態度で尋ねてくるラファエルへと、セスクは唇を噛み締める。
 確かに衝撃的なことばかりではあったものの、少女への気持ちは一つも揺らいでいないことが不思議なくらいで。
 もし、ここで自分が頷かなければ、別の誰かに与えられてしまうのではないかと思えば、これ以上ない焦燥感に襲われた。

「でしたら、また夜にでも」

 セスクの反応を正しく読み取ったらしい男は、くすりと可笑しそうに薄い笑みを洩らした。

「まだお仕事を残されているのですよね?」

 男たちがこの国にいる間のセスクの主な仕事は彼らの監視だが、とはいっても四六時中傍で見張っているわけではない。
 目的は、国に不利益をもたらさないか、王家に仇を成すことがないか、ということなのだから、害がないと判断したなら基本的には彼らの自由だ。
 男が独りで何処かに出るようであれば、ある程度は部下に尾行をさせることもあるが、そこまで監視を厳しくするよう言われているわけでもない為、今日セスクに残された仕事は、家でできる簡単な事務仕事と日々欠かすことのない鍛錬くらいのものだった。

「我々は部屋にいますから。案内がてら貴方の部屋も教えてください」

 少女には一通り邸の中を案内させたが、その間話をしていた男には、まだここへと滞在中の彼らの部屋の場所すら教えていない。
 くすっ、と笑みを溢す男の態度は不快なことこの上ないが、沈黙を返すことで同意の意を現せば、それはきちんと伝わったようだった。

「良かったですね。貴女も、一目見た時から彼のことが気になっていたのでしょう?」
「そんなことは……っ」

 にっこりと微笑んだ男へ少女が慌てた様子で頬を赤らめて、セスクはその会話に思わず目を丸くした。

「え……?」

「正直が一番ですよ?いい子にしていれば、滞在中はずっと抱いて貰えるかもしれませんし」
「っ」

 相変わらず男の喋り方はいちいち嘘くさい。
 けれど、うっそりと嗤う男の言葉に小さく息を呑んで恥ずかしそうに俯いた少女へと、セスクは思わず拳を握り締めていた。

「オレは……っ!」

 少女が。
 男の言葉通り、少しでも自分へと好意を抱いてくれていたとしたならば、これ以上嬉しいことはない。
 けれど。

「……オレは、君の身体が目当てなわけじゃない」
「え……?」

 驚いたように向けられる大きな瞳の意味はなんだろうか。
 少女自身もまた、セスクのことをただの身体だけの人間だと思っているのだとしたら、それは酷く悲しいことだった。
 今までの少女になにがあったのかは知らないが、そんな過去の男たちと自分とを一緒にして欲しくはなかった。

「一目惚れしただなんて信じて貰えないかもしれないけど、君に運命を感じたんだ」

 だから、セスクは、真摯な言葉を少女に紡ぐ。
 少女とは出会ったばかりで、信じて欲しいと願ってもなかなか無理なことだとはわかりつつ。
 それでも、少女のことを愛おしいと感じている自分の気持ちには一欠片の嘘もなかったから。

「だから君が……、少しでもオレのことを気にかけてくれていたならすごく嬉しい」

 セスクのことを気になっていた、という男の言葉だけは単純に嬉しかった。
 それだけで心が踊ってしまうのだから、恋心はなんとも単純だ。

「証明してみせるよ」

 さらり、と少女の髪に触れれば、その感触はあまりにも柔らかくてドキドキした。
 嫌がられていないことがわかって、セスクは少女を上向かせると真剣な声色で少女の瞳を覗き込む。

「ちゃんと、君のことを好きなんだ、って」
「……っ!」

 刹那、宝石のように綺麗な瞳が大きく見開かれ。
 その二つの瞳に確かに自分の姿が映り込んでいるのがわかって、セスクは嬉しそうに微笑わらっていた。
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