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梛桜

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僕だけのお姫様(アズラ視点)

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 僕が知っている女の子といえば、まず一人は幼馴染で親族でもあるセレナローズ。
 しっかりとした女の子で獣人の僕と同じ猫科の獣人。セレナの暮らしているコルネル辺境伯爵領地は、一年の半分は雪に覆われる事もある寒い土地。そんな土地で育ったからか、セレナのお母様も獣人だったからなのか、何を言うのも行動するのも物怖じしない、とても強い女の子。

(違いすぎるよね、本当に)

 獣化するだけで嫌われてきた僕に、物怖じしないのは、同じ獣人のセレナだけだと思っていた。
 今でも思い出せる、ジャスパーにイヤイヤ連れて行かれた王宮でのお茶会の席。ラズーラ殿下とリモナイト殿下も出席されるお茶会だからか、貴族の夫人や令嬢が挙って色んな香水や香りも身に纏っていたものだから、獣人の僕には気持ちが悪くて逃げ出してしまった。

(今なら鼻を覆ったりするとか、匂いの逃がし方も分かるけど…。ジャスパーってどうしてあの中に居て平気なのかな?)

 『か、かかかあわいい~~~~!!!』

 そう叫んで白い頬を真っ赤にして、綺麗なアメジスト色の瞳を嬉しそうに細めて、飛び込んできた可愛い可愛い女の子。優しく嬉しそうに僕の名前を呼んでくれた、温かいアメーリア様。差し出された手も、抱き締めてくれる暖かな腕も、かけてくれる柔らかな声も、母を亡くして人の中に取り残された僕を救ってくれた尊い人。

『アズラ、ハウライト様とオブシディアン様を二階からお連れします』
「え?セレナ?」
『受け止めなさい』
「今行く!」

 動きが取れなくて戸惑っているハウライト様とオブシディアン様を、いち早く見つけたのはセレナだった。僕も壁登りくらいなら出来るけど、セレナのように其処から空中回転まではちょっと無理。
 長年の付き合いから、セレナの行動は視線でわかるけど、そこからアリアに受け止めやすいようにとか、誰にもぶつからないようにとか細かい事全部僕に丸投げするのはどうだろう。

(ま、アリアの為なら、文句無く動くけどね)

「アリア!」
「アズラっ、ちょっとまっ!」
「ハウライト様とオブシディアン様を、受け取ってー!」
「「にゃーん!(アリアー!)」」

 セレナから受け取った聖獣様達も、待ってましたとばかりに僕の腕に前足を置き、投げるまでも無く飛び出していこうとする。距離が遠いので勢いをつけるために、思いっきり振り上げた。危ないとかは全然考えてない、こういう遊びをアリアの弟でもあるラーヴァ様とやってたから。それに、聖獣様だからね。

(風の魔法で難なく受け止めたアリアだったけど、一瞬僕をみた視線が怖かった。そういえば、ラーヴァ様とこの遊びは内緒ってやってたっけ)

 後でアリアに怒られるのを覚悟しようと、緊迫した状態なのに少しだけ零れた笑み。振り返るとハウライト様と一緒に輝きだすアリアの姿がとても綺麗で、まるで女神様みたいだなって心が温かくなった。

(だけど、リモナイト殿下と手をとって光魔法を使うなんて聞いてない)

 昔からとても仲良しだった従兄妹同士だったのは知ってるし、今でもリモナイト殿下とアリアは仲良しだ。アリアがアトランティ家の娘じゃなかったら、リモナイト殿下の妃にだってなっていたのにって、リモナイト殿下付きの侍女の人が話していたのを、何度も聞いた事がある。
 其れくらい、周りから望まれていても、アリアはアトランティ家の娘だからって候補から外れていたのに。アリアは僕から離れていかないと、獲られる事は無いと――

(そんなの、嘘だ。そんな訳が無い)

「アリア、僕は貴女が…」

 強力な光魔法を二度も続けて使った所為で魔力が尽きたのか、リモナイト殿下とアリアの膝が折れ床へと崩れ落ちそうな瞬間、僕はアリアを、いつの間にか側にやってきていたラズーラ殿下がリモナイト殿下を抱き上げた。

「ラズーラ殿下…」
「アイクの足が遅くて良かったな、アズライト。後でジャスパーに礼を言うといい」
「え?」
「私は、可愛い弟を哀しませたくは無いからね。これでも、良い兄でいたいんだよ」

 ぞわっと背中に悪寒が走るような妖艶に微笑みを浮かべて、リモナイト殿下を連れて行くラズーラ殿下。その背中を見送っている僕の足を、オブシディアン様が遠慮なく噛み付いてくる。痛みに身体を跳ねさせるけど、アリアだけはしっかりと抱き締めて離さない。

「お、オブシディアン様…」
『ハウライトと、僕も抱っこ』
「は、はい!」

 くったりしたハウライト様とオブシディアン様をアリアのお腹に乗せて、救護室へと急ぐ。一杯かと思ったけど、誰もいなくて首を傾げてしまう。先に倒れていたルチルレイ嬢はどこに行ったんだろう?マウシット様がどこかに連れて行ったのか、ギベオン様が連れて行ったのか見てなかった。

「……アリア」
「……」

 小さい頃にも一緒に昼寝をしていた時があったけど、その時よりも凄く綺麗になっていてドキドキする。昔は寝顔の可愛さに頬に擦り寄ったりしてたけど、今思えばよく出来たな僕!!

「…大好きだよアリア、獣化して大きな獣姿になっても、優しく撫でて笑ってくれるのはアリアだけだったんだ。牙があっても鋭い爪があっても、どんな僕でも大好きって笑ってくれたのは、アリアだけなんだ」

 起きてるアリアに直接はまだ言えないから、寝ている時に告白してごめんなさい。白くて柔らかい手をとってその甲へと口付ける。貴女を命の限り守りますと、誓いを籠める騎士のように。僕はアリアを愛し守りたい。

「貴女を守る為にしか、この牙も爪を使わないから、どうか怖がらないで?良い子でいるから、僕を嫌いにならないで。アリア愛してる」

 手の甲に頬を摺り寄せて、今度は掌にもキスをする。

(起きてたら、きっと僕、恥ずかしくて死ねるよ…)

 上昇する体温と、零れる熱い溜息。寝ているアリアにこっそりキスするなんて、僕は弱虫で卑怯だよね。じーっと見つめているオブシディアン様の視線が痛いけど、待って下さいね?だって、こんなのアリアの瞳を見てなんて出来ないよ。心臓壊れちゃう。

「あ、アイドクレーズ様に場所お知らせしないと!オブシディアン様、行って来ますね!」
「にゃーん(アリア、任せて)」

 静かに扉を閉めて、急ぎ去っていく気配を感じてオブシディアンが静かに尻尾でアリアを擽る。まるで、おきているんでしょ?と言いたげなその動きに、真っ赤になって悶えるアリアの姿をアズライトは見ることが出来なかった。

『アリア』
「言わないで!お願いオブシディアン」
『なんで、がまんしたの?』
「だ、二人も、きゅうに…っ、しんじゃう…」

 頭からシーツをすっぽりと被って、猫の様に丸くなって隠れるアリアの姿に、オブシディアンは尻尾を楽しそうにゆらゆらさせて又にゃあと小さく鳴いた。

『アリア、かわいいね』
「からかわないで、オブシディアンっ」
 


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