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試験開始です。
幼馴染みの意外な顔
しおりを挟む「では、宜しくお願い致しますわね。ギベオン」
試験なのでドレスにつける宝石や飾りは必要ない。瞳に合わせた動きやすい紫のドレスは、ターンすると綺麗にふわりと広がって、それだけでも嬉しくなってしまう。見学している人達も見惚れるような優雅なカーテシーを披露して、顔に浮かべるのは満面の笑み。私に差し出すのはモフモフの毛皮に包まれた手と、猫に比べれば硬い肉球。
『アリア、正気か…?』
そうは見えないけれど、話しかける声が呆れていてついつい笑ってしまった。ダンスの試験の前に練習をしようとギベオンを呼んだけど、少しやってみたくなってしまった、ギベオンとアメーリアが一緒に踊るスチルの再現。
違うのは、渋々の顔をするのがギベオンで、私は誰が見ても幸せそうな笑顔を浮かべているという事。両方の前足を持って、ギベオンの足にあわせてフラフラと揺れてしまうだけのお遊びだったけど、思いの他楽しくて、淑女にはあるまじき事ですが、声を上げて笑ってしまいました。
「冗談よ、試験では真面目に踊ります」
『そうしてくれ、先程から視線に幾つか殺気が混じっているが?』
「あら?ルチルはマウシット様が指導しているはずですけど…」
ダンスの試験はマナー講座からの関係で、マウシット様がルチルレイのダンスパートナーになったようでした。因みに、ラズーラ殿下とリモナイト殿下はアイクお兄様同様に、令嬢達による争奪戦が起きた様で、ぶすっと不機嫌なリモナイト殿下を、苦笑したラズーラ殿下が慰めて居ました。
(ダンスパートナーをすっかりと忘れていた時にはどうしようかと思ったけど、コレはコレで良かったのかしら?)
「アリアを誘いたかったのに…」
「リモナイト殿下、練習は宜しいのですか?」
「僕とラズ兄様の相手、学園でもダンスが得意だって噂を聞いている令嬢達だから」
「まぁ」
(言えませんよねー、まさかそのダンスパートナーの座をかけて令嬢達が家柄やコネを駆使しまくったなんて)
ギベオンと未だにお遊戯のように遊んでいる私達を、ジッと見ていたリモナイト殿下が急に立ち上がり、私の片手をとったかと思えばふわりと広がるドレスの裾。クルリとターンをして引寄せられるのは、リモナイト殿下の胸の中。
トクトクと耳に聞こえて来るやや速い胸の鼓動に顔を上げると、頬を少しだけ赤く、そして拗ねたように膨らませて、紫色の瞳が私を見つめていた。
(リィ様って…、こんな顔もするのね)
「僕は、アリアと一緒の方が上手く踊れる」
「そうですわね。王妃様のお言葉で、リィ様と何年も練習相手として組んでましたもの」
「じゃあ、今回もそれで良かったと思うんだけど!試験なんだから僕は、アリアと一緒に…っ」
「今回は、それだけでは無いのだろう」
同じ位置にあった可愛らしい顔が、いつの間にか見上げるようになって、可愛らしさの中にも時折ハッとするような男らしさを見せるようになったリモナイト殿下。あの偏食ばかりの儚げな美少女だったリィ様が、本当に大きくなったなーっと嬉しさに笑みを浮かべていると、リモナイト殿下の肩に添えていた手を引かれて、乱暴に引き込まれるギベオンの腕の中。
「あらギベオン、人型になるのは速くてよ?」
「先程から、不穏な視線が多い」
「……確かにそうね、リモナイト殿下と一緒に居たからだと思ったわ」
「そんなにくっ付いて話をしなくてもいいと思うけど?結界張ってないの?」
「ルチルレイに見せないといけないからな、そうでないとルチルレイの中の魔が動かないだろう」
ギベオンの大きな身体に姿を隠されているけど、さっきから私達を見ている見学者には無意味だった。突き刺さるような視線はいくらか緩和されているけど、足元に絡み付いてくる悪い気配が、ゆっくりと私の身体を這い上がってきている。
(…結構、いや、かなり気持ち悪い。何コレ、魔の気配ってやつ?身体の奥で熱いものが抵抗してる)
二人の麗しい王子様や人気の騎士様と一緒に居るのだから、こういった視線はよく向けられていたけど、其れとは質が違う。
「アリア、大丈夫か?」
「ずっと練習していたから疲れたかな?僕が休憩室まで連れて行こう。ギベオンは見回りを頼むよ」
ゾワリと身体を巡る不快感に思わず身体を抱き締める私を守るように、二人は周りを見回して動き出す。光魔法の回復呪文を唱えてみても、呪文が違うのか効果は無かった。
「申し訳ありません、リモナイト殿下」
「謝らないで、僕だってアリアを守れるよ。剣術はアズライトに負けてしまうけど…」
悔しそうに唇を噛むリモナイト殿下の表情に、何故かドクンっと心臓が高鳴った。肩に添えられている手がとても熱い。ドキドキなんて表現が可愛すぎる、この心臓の音聞こえて無いかしら?と心配になるくらいだった。
(……私、息ってどうやってしてた?)
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