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梛桜

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二人のヒロイン

ルチルレイ -ルチル視点ー

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 窓から差し込む朝日に、自然と目が覚めた。

「ギベオン…今、何時?居ないの……?」

 学年が上がり、魔法特進科へと進級した時に一人部屋を貰えた。魔法特進科の生徒は、魔力の関係で防御魔法を施された一人部屋へと、優先的に入室できる。それをいい事に、夜は勝手にどこかで寝ていたギベオンを部屋に入れたのに、相変わらずギベオンは部屋に留まろうとしない。

(最近魔力を摂っていないのに、何処に行ったのかしら)

 胸がざわざわと嫌な予感を伝えてくるけど、あの大きな狼を迎え入れる人なんて、魔法特進科の生徒でも居ない。そう、昨日まではそう思って安心していたのに。嬉々として喜ぶ無邪気な笑顔に、胸が苦しくなってしまう。
 綺麗な真っ直ぐの金髪に、薄紫色の瞳と果実のような赤い唇。肌も抜ける様に白くて、気品もある王国でも有名な侯爵家のご令嬢。なのに、昨日救護室で出会った令嬢は、侮蔑の眼差しや言葉が無かった。

「アメーリア=アトランティ侯爵令嬢…」

 キラキラとした憧れの世界の中心でもある、ラズーラ王子様の側近であるアイドクレーズ=アトランティ様の妹。第二王子のリモナイト王子様とは一年の時に同じクラスだったと聞いている。護衛騎士のジャスパー様とも仲良しで、次期宰相と噂されているマウシット様とは幼馴染。
 去年まではギベオンも何も言わなかったのに、学年が上がったと同時に私をラズーラ王子様達に引き合わせようとしてくる。そして、昨日は態々自分の世界にまで引き込んで私に合わせたのが、アメーリア侯爵令嬢だった。

(何もない男爵家の私とは、違いすぎる…)

「ギベオン、何処にいるの?呼べば直ぐに来るといったでしょう?」

 私だけを真っ直ぐに見つめる、あの銀色の瞳が無いと不安になってしまう。私を熱く見てくるあの視線、魔力を摂って行く気持ちよさは年々増していって、今では全て捧げてしまいたいのに、ギベオンが遠慮してしまう。

(いっそ、ギベオンが居てくれるなら、昔の願いなんて叶わなくてもいいのに…)

「ギベオン!」
『ルチルレイ』
「ああ、其処に居たのね。どうして人型になっていないの?約束したじゃない」
『わかっている』

 狼の姿は嫌だといえば、ギベオンは直ぐにでも人型になってくれる。学園で人型のギベオンにならないのは、私以外の誰かがギベオンに寄り付かない為だったのに。折角我慢して狼の姿のギベオンといたのに、全く効果が無かった。
 ギベオンの周りに霧のような靄が現れ、狼姿のギベオンを包んでいく。一瞬の間にギベオンの姿は人型になったけれど、どうしてなのか、いつも以上に惹き付けられてしまう。

「ねぇギベオン、今日は人型で一緒に居てくれる?」

 嬉しくなって笑みを浮かべて抱きついたのに、何故かそっと身体を離されてしまって戸惑ってしまう。いつもなら微笑みを浮かべて頷いてくれるのに、今日のギベオンは何処かおかしい。

「それは出来ない、学園では狼の姿で従っているほうが自然だ」
「どうして?だって、そうじゃないと…っ」
「ルチルレイ、私はお前とは契約を交わしている」
「知ってるわ、だから一緒に居てくれるんでしょう?私に力をくれるのもギベオンよ」

 稀少属性と言われる闇属性をもてたのも、ギベオンが私と契約して力を分けてくれているから。私はその見返りとして、自分の魔力をギベオンに捧げている。でも、その契約が叶ってしまったら、ギベオンは私の側から居なくなってしまう。

「学園へ行く時間ではないのか?」
「そうだけど…」

 渋々学園の準備をする私の背に、ギベオンの視線を感じる。昨日の事が気になるのに、何も言ってくれない。そんなのはいつもの事なのに、何かが変わっていきそうで怖い。
 ギベオンと契約をした頃は、聖獣を従える娘だというのが評判となっていて色んなお茶会に招待された。其れまで私を見下していた令嬢達の悔しそうな顔には胸がスッキリとしたけど、其れまで仲良くしてくれていた友達は怖がって離れていった。私の存在は『聖獣と契約した娘』というだけで、腫れ物扱いや奇異なものとして扱いに困るものとされていた。

(私には、ギベオンしか居ないのに…)

「ルチルレイ」
「え?」
「うわっ」

 寮からぼんやりと考え事をして歩いていた所為か、反対側から歩いてくる人に気がつかなかった。馬車止めから歩いてくるのは、王都に屋敷を持つ伯爵以上の上級貴族の令息と令嬢しかいなくて、いつもなら気をつけて歩くのに、ぶつかってしまうなんて。

(ギベオン、どうしてもっと早く言ってくれないの!?)

「すみません、お怪我はありませんか?」
「え?」

 目の前に差し出された手を辿り顔を上げると、其処に居たのは優しい緑色の瞳が私を見つめていた。何もいわない私に首を傾げると、亜麻色の髪がさらりと流れて瞳と合わさって、ほわっとした安心感に包まれる。

「何処か痛いところでも?僕でよければ回復魔法を施させて頂きますが」
「かい、ふく…」
「その制服は魔法特進科の方ですね、教室まで御送り致しましょうか?」
「マーカサイト、どうかしたの?」
「リモナイト殿下、この方とぶつかってしまって…」
「だ、大丈夫です。私こそ申し訳ありませんでした」

 純粋な微笑みを向けられた事に呆然としていたら、登校してきたリモナイト王子様までやってきてしまった。このままだと他の上級貴族の方々もやってきてしまう。慌てて立ち上がって鞄を掴むとその場から走り出した。

「今のは、ルチルレイ=モルガ男爵令嬢だね」
「アメーリア姉様と同じ、聖獣様と契約されている令嬢ですね。初めてお逢いしました」
「そういえば、今日はアリアは休みらしいね。アイクがお菓子を持って来てくれるって連絡が来たよ、後でカフェに来てね」
「はい、楽しみにしています」

 マーカサイト様といえば伯爵家の方なのに、蔑む瞳を向けられなかった。怖いものを見るようなそんな目も向けられてない。スカートの裾を跳ねさせて走るのを見咎める令嬢の視線がチクチクと痛いけど、今は気にもしていられない。

(ラズーラ王子様もリモナイト王子様も昔逢った時はそうだった、お二人に会って話をしたのはギベオンと出逢ったお茶会くらいだけど)

 走ったことで息は乱れていたけど、胸がドキドキと高鳴っているのは違う気がする。心が温かくなって、幸せな気持ちになれる。そんな感覚を本当に久し振りに感じた。息苦しさに立ち止まって、呼吸を整えていても、嬉しさとその幸福感に…。

 胸が苦しくて、息が出来なかった。


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