攻略なんてしませんから!

梛桜

文字の大きさ
上 下
2 / 71
まずは準備運動です

可愛いけれど、兄です*

しおりを挟む
―コンコンッ

 小さく控えめなノックの音に正気になり、聞かれてなかったかと心配しつつも返事をする。直ぐに扉を開けて顔を覗かせたのは、アメーリアの兄であるアイドクレーズだった。(勿論幼児姿)

(くっ、お兄様だと解っているけど、可愛い!!)

 外見では自分のが年下だけど、中身は五歳+α(ここは突っ込まないで)。生前も小さい子やモフモフが大好きだった私からすれば、あんなに可愛いショタなアイクお兄様はご褒美です大好物です。

(ああああ!もう可愛い可愛い可愛いっ、何だ兄抱き締めたいいいい!!)

 本当に神様ありがとうございます!手をお祈りの形にして拝み倒しますよ!
 アメーリアと違いふわっとした柔らかそうな金髪とくりくりの大きな瞳は琥珀色。私の瞳はお父様譲りの薄紫ですが、お兄様はお母様譲りの優しい色合いです。ぷくっとした柔らかそうな頬とか、つつきたい。

「あ、アリア…?どうしたの?だいじょうぶ?」
「はっ、ご、ごめんなさいアイクお兄さま、なにかごようですか?」

 危ない危ない、ヨダレ出てないよね?

 思わず口元に手をやって確認して、私はにっこりと笑みをアイクお兄様へと向けた。幸い、この世界では令嬢として育てられていたので、幼いながらの礼儀作法などは体が記憶してくれていた。なんてラッキー。
 若干怯えを表情に残したアイクお兄様が、それでもにこりと微笑みを浮かべて手を差し出してくる。首を傾げて其の手を取れば、『お母様が呼んでるよ』と手を引いてエスコートしてくれた。

(流石はアイクお兄様、何故か攻略対象では無かったのに、数々の乙女ゲーマーから惜しまれたその優雅さは、幼くても健在か!)

 仲良く手を繋いだまま長い廊下を歩いて、アイクお兄様とやってきた一つの扉の前。アメーリアの記憶では、そこはアイドクレーズとアメーリアの両親の部屋だった。アメーリアの記憶では、確かお母様は長くベッドに臥せってたらしく、遊んで欲しいのに侍女やお父様に叱られたという嫌な記憶がある。何かあったのか部屋の中でもバタバタと騒がしい。

(だけど、不穏な感じはしないよね?)

 コンコンッとアイクお兄様がノックし、返事を待たずに開けた扉の先では、椅子に座って何かを抱いているお母様の姿。その腕にあるのは真っ白なおくるみに包まれた塊と、覚えのある重み。

(ああ、だからお母様は体調が悪かったんだ)

 前世を思い出した私だから納得できた、お母様の体調不良の原因。それに、遊びたくてもそりゃ遊べませんよね。この時代背景は中世のヨーロッパをモデルとしているのだから、病気や出産は正しく命がけ。今なら我が儘を言ってごめんなさい、と素直に謝ることが出来ます。と言うか、謝らせてくださいお母様。

「アイク、アリア。貴方達の弟ですよ」
「可愛いです!ね?アリア」
「………」

 おくるみに抱っこされた可愛い赤ちゃんの、スヤスヤと眠る顔を見た瞬間、私の瞳には堪えきれないほどの涙が溢れていた。ボロボロと頬を伝う暇なく零れていく涙は、ふかふかの絨毯へと吸い込まれていく。
 私の涙に驚くお母様とアイクお兄様、そしていつもは冷静なお父様までもが目を瞠っていて、私に付けられていたけど、お産の手伝いに借り出されていた乳母が慌てて駆け寄ってきた。

「お嬢様?如何されましたか?旦那様も奥様も吃驚されてますよ」
「…っ、ふぇ…」
「アリア?」

 喉に何かが詰まっている様に声が出ない、ただボロボロに零れる涙は止まってくれない。お母様の腕に抱かれた天使の寝顔、それを見た途端に思い出してしまった。あの重みの幸福感を、夢ではない、今の自分の現状を思い知ってしまった。
 
 私は、その愛しい重みを知っている。だけど、この腕からは永遠に失われてしまったもの。

(私、もう此処で生きてるんだ…)

 小さいながらも泣いている私を慰めようと、アイクお兄様はぎゅっと私を抱き締めてくれていた。その生きている温かさが、哀しくて胸が締め付けられて、でも、嬉しかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...