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第一章

溺れる鴉 12

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「え……?」

 意味深長なシンの台詞に顔を見上げるレイヴン。この時、ぬるりとした触感が、レイヴンの手から伝わった。すぐに視線を下ろすと、そこには小さな手の平が真っ赤に染まるほどの血液が付着していた。

 これが誰の身体から流れたものなのかは、確認せずとも明白だった。レイヴンからサッと血の気が引いた。

「シンさんっ! お、お腹の傷がっ……!」

「ん? ……ああ、裂けたか」

 よほどの膂力だったのだろう。一方は子供とはいえ、人間二人を持ち上げていたのだ。順調に回復しつつあった腹の傷が裂けたのは、自明の理だった。

 だが慌てるレイヴンとは対照的に、当の本人はあまり気にした様子がなく、おもむろにマントを捲って傷の状態を確認する。

「パックリ開いちゃいるが、内臓は無事だ。放っておいても、血は止まる」

「そんな……かすり傷じゃないんですから、止まりませんよ……! すぐに僕の血を飲んでください。今、指を切りますから……」

「指を切るくらいなら、キス一つの方が嬉しいんだけどな。オレ的には」

 茶化すように言うシンは、レイヴンの頭を撫でるようにその手を置いた。宥めているのだろう。しかしそれでも、レイヴンの表情は晴れなかった。

 怪我自体はレイヴンの預かり知らぬところとはいえ、治りかけていたものを壊してしまった起因は自身にあった。自分のせいで人を傷つけてしまったことに対する罪悪感が、レイヴンを苛んだ。

 しばしシンは伏せるレイヴンの顔を見つめていたが、おもむろに彼の頬に手を添え、自身の視線と合うように引き上げ固定した。

「オレが勝手にやったことだ。お前が責任を感じるな」

 二つの翡翠が、力強くも真っ直ぐにレイヴンへ断言する。

 鳩が豆鉄砲を食ったようだった。レイヴンにとって、罪は押し付けられるもので、責任は背負うものだった。シンをこんな目に遭わせたのも、当然自分の責任だと思っていた。

 だが、シンはレイヴンを責めなかった。そしてそれ以上、責任の所在を問うこともしなかった。

(この人を助けて……本当に、良かった……)

 この時、何かがレイヴンを突き動かした。

 レイヴンはシンの両頬に手を添えると、その顔を自身へと近づけるように誘った。

「レイヴン?」

 踵を上げ、自身もシンの顔へと近づくと、そのまま唇を彼の唇にそっと重ねた。

 小鳥が嘴で啄むような、そんな些細なものではあったが、シンの腹からダラダラと流れていた出血はピタリと止まった。

 すぐに踵を下ろしてシンの顔から離れると、耳まで真っ赤にさせたレイヴンが、すみませんと小さく謝った。

「こ……こんな程度しか、今はできませんが……小屋に戻ったら、すぐに血を飲んでください……そうすれば、予定通り……ふ、二日で治ると、思います……」

 消え入るようなか細い声でシンに告げるレイヴンの身体は、自身でも驚くほどの熱を帯びていた。無理もない。もう何度も交わしたそれを自分から行ったのは初めてだったのだ。
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