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第一章
溺れる鴉 9(☆)
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「ここんとこ、お前は罰から逃れてやがったよな。だから図に乗ってるのか? なあ、元聖女様よぉ!」
「ぐっ……うっ……!」
横たわるレイヴンの身体を何度も蹴りつつ、男は唾を飛ばして怒号を浴びせた。何度経験していても、暴力は怖くて苦しいものだ。強い衝撃と共に走る痛みに耐えつつも、レイヴンは抵抗することなく、男の気が鎮まるのを待った。
一方、助けられた子供は兄が人を甚振る姿に怯えていたものの、その相手が罪人として罰せられて当然の存在だと自身に言い聞かし、この暴力を正当化し始める。外野から「兄ちゃん、やっちまえ!」と野次を飛ばすようになるまで、時間はかからなかった。
しばらくして気が晴れたのか、男は蹴るのを止めてぐったりしているレイヴンの髪を掴み、顔を上げさせた。
肩で息をするレイヴンに、男は嗜虐心が唆られたのかレイヴンの頬をベロリと舐めあげる。
「今から村行き決定だ。いつものあの場所で、たっぷりと可愛がってやるからな」
「……っ」
男の放つ台詞に、レイヴンの背筋が凍った。今から村に連行されれば、待つのは残酷な制裁だ。この数日、罰を受けていない分、長く拘束されるだろう。
瞬時に、シンの顔が頭に浮かんだ。あと二日。せめて、シンが村を出るまでは、残りの時間を彼と共に過ごしたかった。
何もかもを諦めていたはずだった。それが、シンと出会ったことで、かつて幸せだった頃の気持ちを思い出してしまったのだ。あと二日を彼と共にいられたなら、その充足感を抱いてこの終わらない永遠の罰にも耐えられる気すらしていた。
しかしレイヴンは、村人に逆らえない。目の前の男が村へ連れて行くというのなら、もう諦めるしか道はなかった。
だらんと首を落とすレイヴン。彼が観念したとわかった男は、ほくそ笑みながら「どうせならここでやっちまうか」と呟いたのだが、その笑みはすぐに顔から取り払われることとなる。
「あ……ああ……ああっ……っ、に、ににっ……兄ちゃん!」
それまで興奮して声を上げていた子供が、兄を強く呼んだ。男はすぐに舌打ちをして、弟へと振り返る。
「なんだよ、お前! 邪魔すん……うわああ!?」
男の苛立ちはすぐに自身の悲鳴によって掻き消された。あるものを目にして、驚きのあまりその場で尻餅をついた。子供も同様に、あるものを見上げたまま石のように動かなくなってしまった。
いったいどうしたというのか。彼らの不審な様子を怪訝に思ったレイヴンは、二人の視線の先を辿った。そしてあるものを目にするなり、レイヴンは静かに目を見開いた。
「な、なんっ……っ……なんなんだ、この化け物はぁ!?」
男が叫んだ。彼らが見つめるその先には、熊の顔をした大きな男が、こちらを見下ろすようにして佇んでいたのだ。
音もなく、彼らのすぐ傍までやって来ていたその人物は、よく見れば首から上に熊の頭部を面のように被っていることが、レイヴンにはわかった。兄弟二人はそれには気づかず、未知の生物にそれぞれ怯えているようだった。
レイヴンはまさかと、その人物の名前を口にしようとした。しかしそれをその人物が止めるように、開いた熊の口元にそっと指を立てた。
レイヴンがハッとして口を閉じる。その様を見てから、その人物は兄弟二人に向かって、低くもよく透る声を発した。
「お前、昼にレイヴンを虐めていたガキの一人だな?」
「ぐっ……うっ……!」
横たわるレイヴンの身体を何度も蹴りつつ、男は唾を飛ばして怒号を浴びせた。何度経験していても、暴力は怖くて苦しいものだ。強い衝撃と共に走る痛みに耐えつつも、レイヴンは抵抗することなく、男の気が鎮まるのを待った。
一方、助けられた子供は兄が人を甚振る姿に怯えていたものの、その相手が罪人として罰せられて当然の存在だと自身に言い聞かし、この暴力を正当化し始める。外野から「兄ちゃん、やっちまえ!」と野次を飛ばすようになるまで、時間はかからなかった。
しばらくして気が晴れたのか、男は蹴るのを止めてぐったりしているレイヴンの髪を掴み、顔を上げさせた。
肩で息をするレイヴンに、男は嗜虐心が唆られたのかレイヴンの頬をベロリと舐めあげる。
「今から村行き決定だ。いつものあの場所で、たっぷりと可愛がってやるからな」
「……っ」
男の放つ台詞に、レイヴンの背筋が凍った。今から村に連行されれば、待つのは残酷な制裁だ。この数日、罰を受けていない分、長く拘束されるだろう。
瞬時に、シンの顔が頭に浮かんだ。あと二日。せめて、シンが村を出るまでは、残りの時間を彼と共に過ごしたかった。
何もかもを諦めていたはずだった。それが、シンと出会ったことで、かつて幸せだった頃の気持ちを思い出してしまったのだ。あと二日を彼と共にいられたなら、その充足感を抱いてこの終わらない永遠の罰にも耐えられる気すらしていた。
しかしレイヴンは、村人に逆らえない。目の前の男が村へ連れて行くというのなら、もう諦めるしか道はなかった。
だらんと首を落とすレイヴン。彼が観念したとわかった男は、ほくそ笑みながら「どうせならここでやっちまうか」と呟いたのだが、その笑みはすぐに顔から取り払われることとなる。
「あ……ああ……ああっ……っ、に、ににっ……兄ちゃん!」
それまで興奮して声を上げていた子供が、兄を強く呼んだ。男はすぐに舌打ちをして、弟へと振り返る。
「なんだよ、お前! 邪魔すん……うわああ!?」
男の苛立ちはすぐに自身の悲鳴によって掻き消された。あるものを目にして、驚きのあまりその場で尻餅をついた。子供も同様に、あるものを見上げたまま石のように動かなくなってしまった。
いったいどうしたというのか。彼らの不審な様子を怪訝に思ったレイヴンは、二人の視線の先を辿った。そしてあるものを目にするなり、レイヴンは静かに目を見開いた。
「な、なんっ……っ……なんなんだ、この化け物はぁ!?」
男が叫んだ。彼らが見つめるその先には、熊の顔をした大きな男が、こちらを見下ろすようにして佇んでいたのだ。
音もなく、彼らのすぐ傍までやって来ていたその人物は、よく見れば首から上に熊の頭部を面のように被っていることが、レイヴンにはわかった。兄弟二人はそれには気づかず、未知の生物にそれぞれ怯えているようだった。
レイヴンはまさかと、その人物の名前を口にしようとした。しかしそれをその人物が止めるように、開いた熊の口元にそっと指を立てた。
レイヴンがハッとして口を閉じる。その様を見てから、その人物は兄弟二人に向かって、低くもよく透る声を発した。
「お前、昼にレイヴンを虐めていたガキの一人だな?」
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