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だまらっしゃい!!

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「クソッ……てめぇ!!」

 獣人により脚払いをされ、俺は尻餅をついて後ろに倒れ込む。臀部に激痛が走るも、すぐにその場から逃走しようと必死に藻掻いた。

 しかし抵抗も虚しく、悲鳴を上げていた獣人が俺の上に覆い被さり顔を殴った。

「がっ……!?」

 頭が回る。グラグラする。首がゴロンと落ちそうだ。

 それでも、はっきりと見える。俺の上に跨がる狼は、今にも食い殺さんと血走ったまなこでこちらを睨んでいた。

「図に乗りやがって、このΩごときが! 捨てられた癖にギャアギャアと喚いてんじゃねぇ!!」

 獣の唾が顔中に飛び散った。

 口の中はすっかり鉄の味で充満している。怖い。とても怖い。今更ながら、身体が震え始めた。それもそのはず。目の前には鋭い牙を持つ恐ろしい生き物がいるのだから。

 ここから犯されるのか、嬲られるのか、食い殺されるのか。いずれにしても、それがΩとしての圭介の末路かと思うと途端、虚しくもなってくる。

 ガチガチと小刻みに鳴る歯の合間から、俺は獣人へと言葉を並べた。

「そう……だよっ……俺は、捨てられた……番を、解消された……そんな……惨めで、憐れで、不幸な……Ω、だよ……」

 そのまま俺は、狼を睨み上げ反発する。

「それでもっ……宗佑は俺を想ってくれた! 自分の望みを差し置いて、他人の俺を選んでくれたんだ!!」

 番の解消の真意はわからない。けれどもそこには、やむを得ない理由がきっとあったはずだ。

 宗佑は、俺に愛していると言ってくれたのだ。あの言葉に偽りはない。俺は、俺を選んでくれた宗佑を信じる。

 今度こそ、宗佑を信じる!

「ごちゃごちゃとうるせーな……その首、食い千切ってやらぁ!!」

 大きな口を開き、獣人……いや、狼は俺の顔を目がけて襲いかかった。ああ、死んだな。俺はぎゅっと瞼を瞑った。

「ギャアッ!?」

「…………え?」

 だが、上がったのは俺の口からの悲鳴ではなかった。

 恐る恐る瞼を開くと、俺の上の狼は別の大きな狼によって背後からその首を噛まれ白目を剥いていた。火を当てられた貝のように大きく開いた口からはダラダラと唾液を垂れ流し、やがてドサリとその場に崩れ落ちた。

「グルル……」

 鋭い目つきで白い牙を剥き出すのは、別の獣人だった。背筋が一瞬で凍りつく。そして、ガタガタと震え上がってしまうほど、その獣人の顔は怖かった。

 しかし、この獣人には見覚えがある。もう数ヶ月以上前に目にして以来……本物の彼を前にしたのはこれで二度目だ。

 身に纏っているスーツは、ほぼ毎日目にする上質な物。俺は震えを必死で抑えながら、彼の名前を口にした。

「宗、佑……?」

「グルゥ…………圭介」

 唸りながらも、俺の名前を呼んでくれるのは優しいバリトンだった。

「そう……宗佑ぇ……!」

 ポロポロと涙を零しながら、俺は会いたかった彼の名前を叫んだ。

 宗佑は着ているスーツのジャケットを脱ぐと俺の身体にかけてくれた。ふわりと香るのは俺の好きな宗佑の匂い。なのに今の彼からは、ピリピリとしたただならぬ冷気が漂っていた。

 次に宗佑は首に巻いたネクタイを解くと、シャツの袖を捲り上げながら周りの連中を順番に睨みつけていく。そして聞いたこともないような恐ろしくも低い、怒気を込めた声を発した。

「いい度胸だ、ガキ共。人様のモノに手を出すことがどれほど愚かか、低能でもわかるようにその身体に叩き込んで教えてやろう」

 そう言うなり床を蹴り上げると、裸の連中に飛びかかった宗佑は野生の狼のように暴れ始めた。

 これは俺の知る宗佑なのか? 襲われる男達はギャアギャアと悲鳴を上げている。俺はただポカンとそれを見ているしかなかった。

 そこへ飛び込んで来たのは別の黒い狼だった。

「ケースケ!」

「耀太君っ!?」

「今、解いてやるからなっ」

 一目散に俺へと向かってきた耀太君は、俺の手の拘束を解いてくれた。良かった、無事……ではない。彼の頭から血が出ていた。

「そ、それっ……えっと……耀太君の頭っ……や、違う……宗佑は……え、えっと……ええっと!」

 ダラリと頭から血を流す耀太君の怪我は大丈夫なのかとか、晋一や慎二が失禁しながらも互いに抱き合ったまま悲鳴を上げる姿とか、他にも黒いスーツを着た人間達がゾロゾロと現れたりとか、事が急展開過ぎてわけがわからず呂律が回らない。

 色々と気になって仕方がないが、それよりも何よりも……!

「ガォウ! グルルゥ!!」

「そ、そそっ、宗佑がっ、えええっ、えらいこっちゃにっ!!」

 この宗佑の暴れっぷりに驚きと動揺を隠せない。これは大丈夫なのか? 大丈夫なのかっ!?

 しかし耀太君はポリポリと鼻を掻きながら平然と言ってのける。

「あー……まあ、死人は出ない程度にやると思うから、心配いらねえよ」

「しっ!?」

「兄貴、学生ん時は地元で有名なヤンキーだったから」

「や、ヤンキー……?」

 まさか学生の頃の写真が出せないのは、それが理由なのか?

 それよりもこれはヤンキーという括りで済むレベルなのか? 辺りがすっかり阿鼻叫喚の地獄絵図だぞ!

「それよりケースケ、身体は大丈夫なのかっ?」

「えっ? あ、うん……熱いけど、なんか怖い方が勝っちゃって大丈……れれ?」

 グラッと頭が回った。

 それまで気力で耐えていたからか、耀太君に心配されて急に身体が限界を迎え始めた。

「はあっ……なんかっ……これ、駄目かも……ど、どう、しよ……抑制剤っ……」

「えっ……ヤバいぞ、フェロモンっ……! にーちゃん!! 暴れてる場合じゃねー! ケースケがやべぇ!!」

 急に発情する俺の身体。目の前の耀太君に変なことをしないよう、自分の手の甲を強く噛んだ。

「う、ぐ……ふぅっ……!」

「圭介っ!!」

 涙で滲む目の前にボンヤリと映るのは、灰色の狼だ。駄目だとわかっているのに、発情を我慢できない俺は彼に抱きついた。

「宗佑っ……宗佑ぇ……!!」

「……っ、注射は嫌かもしれないが今は我慢してくれ、圭介!」

 その言葉と共に首元のチョーカーを外され、剥き出しの首に何かを当てられた。そこからチクッとした鋭い痛みが身体に走る。

「宗佑っ……そう、す、け……」

 それが何なのかがわかる前に。男達の叫喚を背景に、俺の意識はまたも遠退いていった。


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