40 / 49
だまらっしゃい!!
5
しおりを挟む
「クソッ……てめぇ!!」
獣人により脚払いをされ、俺は尻餅をついて後ろに倒れ込む。臀部に激痛が走るも、すぐにその場から逃走しようと必死に藻掻いた。
しかし抵抗も虚しく、悲鳴を上げていた獣人が俺の上に覆い被さり顔を殴った。
「がっ……!?」
頭が回る。グラグラする。首がゴロンと落ちそうだ。
それでも、はっきりと見える。俺の上に跨がる狼は、今にも食い殺さんと血走った眼でこちらを睨んでいた。
「図に乗りやがって、このΩごときが! 捨てられた癖にギャアギャアと喚いてんじゃねぇ!!」
獣の唾が顔中に飛び散った。
口の中はすっかり鉄の味で充満している。怖い。とても怖い。今更ながら、身体が震え始めた。それもそのはず。目の前には鋭い牙を持つ恐ろしい生き物がいるのだから。
ここから犯されるのか、嬲られるのか、食い殺されるのか。いずれにしても、それがΩとしての圭介の末路かと思うと途端、虚しくもなってくる。
ガチガチと小刻みに鳴る歯の合間から、俺は獣人へと言葉を並べた。
「そう……だよっ……俺は、捨てられた……番を、解消された……そんな……惨めで、憐れで、不幸な……Ω、だよ……」
そのまま俺は、狼を睨み上げ反発する。
「それでもっ……宗佑は俺を想ってくれた! 自分の望みを差し置いて、他人の俺を選んでくれたんだ!!」
番の解消の真意はわからない。けれどもそこには、やむを得ない理由がきっとあったはずだ。
宗佑は、俺に愛していると言ってくれたのだ。あの言葉に偽りはない。俺は、俺を選んでくれた宗佑を信じる。
今度こそ、宗佑を信じる!
「ごちゃごちゃとうるせーな……その首、食い千切ってやらぁ!!」
大きな口を開き、獣人……いや、狼は俺の顔を目がけて襲いかかった。ああ、死んだな。俺はぎゅっと瞼を瞑った。
「ギャアッ!?」
「…………え?」
だが、上がったのは俺の口からの悲鳴ではなかった。
恐る恐る瞼を開くと、俺の上の狼は別の大きな狼によって背後からその首を噛まれ白目を剥いていた。火を当てられた貝のように大きく開いた口からはダラダラと唾液を垂れ流し、やがてドサリとその場に崩れ落ちた。
「グルル……」
鋭い目つきで白い牙を剥き出すのは、別の獣人だった。背筋が一瞬で凍りつく。そして、ガタガタと震え上がってしまうほど、その獣人の顔は怖かった。
しかし、この獣人には見覚えがある。もう数ヶ月以上前に目にして以来……本物の彼を前にしたのはこれで二度目だ。
身に纏っているスーツは、ほぼ毎日目にする上質な物。俺は震えを必死で抑えながら、彼の名前を口にした。
「宗、佑……?」
「グルゥ…………圭介」
唸りながらも、俺の名前を呼んでくれるのは優しいバリトンだった。
「そう……宗佑ぇ……!」
ポロポロと涙を零しながら、俺は会いたかった彼の名前を叫んだ。
宗佑は着ているスーツのジャケットを脱ぐと俺の身体にかけてくれた。ふわりと香るのは俺の好きな宗佑の匂い。なのに今の彼からは、ピリピリとしたただならぬ冷気が漂っていた。
次に宗佑は首に巻いたネクタイを解くと、シャツの袖を捲り上げながら周りの連中を順番に睨みつけていく。そして聞いたこともないような恐ろしくも低い、怒気を込めた声を発した。
「いい度胸だ、ガキ共。人様のモノに手を出すことがどれほど愚かか、低能でもわかるようにその身体に叩き込んで教えてやろう」
そう言うなり床を蹴り上げると、裸の連中に飛びかかった宗佑は野生の狼のように暴れ始めた。
これは俺の知る宗佑なのか? 襲われる男達はギャアギャアと悲鳴を上げている。俺はただポカンとそれを見ているしかなかった。
そこへ飛び込んで来たのは別の黒い狼だった。
「ケースケ!」
「耀太君っ!?」
「今、解いてやるからなっ」
一目散に俺へと向かってきた耀太君は、俺の手の拘束を解いてくれた。良かった、無事……ではない。彼の頭から血が出ていた。
「そ、それっ……えっと……耀太君の頭っ……や、違う……宗佑は……え、えっと……ええっと!」
ダラリと頭から血を流す耀太君の怪我は大丈夫なのかとか、晋一や慎二が失禁しながらも互いに抱き合ったまま悲鳴を上げる姿とか、他にも黒いスーツを着た人間達がゾロゾロと現れたりとか、事が急展開過ぎてわけがわからず呂律が回らない。
色々と気になって仕方がないが、それよりも何よりも……!
「ガォウ! グルルゥ!!」
「そ、そそっ、宗佑がっ、えええっ、えらいこっちゃにっ!!」
この宗佑の暴れっぷりに驚きと動揺を隠せない。これは大丈夫なのか? 大丈夫なのかっ!?
しかし耀太君はポリポリと鼻を掻きながら平然と言ってのける。
「あー……まあ、死人は出ない程度にやると思うから、心配いらねえよ」
「しっ!?」
「兄貴、学生ん時は地元で有名なヤンキーだったから」
「や、ヤンキー……?」
まさか学生の頃の写真が出せないのは、それが理由なのか?
それよりもこれはヤンキーという括りで済むレベルなのか? 辺りがすっかり阿鼻叫喚の地獄絵図だぞ!
「それよりケースケ、身体は大丈夫なのかっ?」
「えっ? あ、うん……熱いけど、なんか怖い方が勝っちゃって大丈……れれ?」
グラッと頭が回った。
それまで気力で耐えていたからか、耀太君に心配されて急に身体が限界を迎え始めた。
「はあっ……なんかっ……これ、駄目かも……ど、どう、しよ……抑制剤っ……」
「えっ……ヤバいぞ、フェロモンっ……! にーちゃん!! 暴れてる場合じゃねー! ケースケがやべぇ!!」
急に発情する俺の身体。目の前の耀太君に変なことをしないよう、自分の手の甲を強く噛んだ。
「う、ぐ……ふぅっ……!」
「圭介っ!!」
涙で滲む目の前にボンヤリと映るのは、灰色の狼だ。駄目だとわかっているのに、発情を我慢できない俺は彼に抱きついた。
「宗佑っ……宗佑ぇ……!!」
「……っ、注射は嫌かもしれないが今は我慢してくれ、圭介!」
その言葉と共に首元のチョーカーを外され、剥き出しの首に何かを当てられた。そこからチクッとした鋭い痛みが身体に走る。
「宗佑っ……そう、す、け……」
それが何なのかがわかる前に。男達の叫喚を背景に、俺の意識はまたも遠退いていった。
獣人により脚払いをされ、俺は尻餅をついて後ろに倒れ込む。臀部に激痛が走るも、すぐにその場から逃走しようと必死に藻掻いた。
しかし抵抗も虚しく、悲鳴を上げていた獣人が俺の上に覆い被さり顔を殴った。
「がっ……!?」
頭が回る。グラグラする。首がゴロンと落ちそうだ。
それでも、はっきりと見える。俺の上に跨がる狼は、今にも食い殺さんと血走った眼でこちらを睨んでいた。
「図に乗りやがって、このΩごときが! 捨てられた癖にギャアギャアと喚いてんじゃねぇ!!」
獣の唾が顔中に飛び散った。
口の中はすっかり鉄の味で充満している。怖い。とても怖い。今更ながら、身体が震え始めた。それもそのはず。目の前には鋭い牙を持つ恐ろしい生き物がいるのだから。
ここから犯されるのか、嬲られるのか、食い殺されるのか。いずれにしても、それがΩとしての圭介の末路かと思うと途端、虚しくもなってくる。
ガチガチと小刻みに鳴る歯の合間から、俺は獣人へと言葉を並べた。
「そう……だよっ……俺は、捨てられた……番を、解消された……そんな……惨めで、憐れで、不幸な……Ω、だよ……」
そのまま俺は、狼を睨み上げ反発する。
「それでもっ……宗佑は俺を想ってくれた! 自分の望みを差し置いて、他人の俺を選んでくれたんだ!!」
番の解消の真意はわからない。けれどもそこには、やむを得ない理由がきっとあったはずだ。
宗佑は、俺に愛していると言ってくれたのだ。あの言葉に偽りはない。俺は、俺を選んでくれた宗佑を信じる。
今度こそ、宗佑を信じる!
「ごちゃごちゃとうるせーな……その首、食い千切ってやらぁ!!」
大きな口を開き、獣人……いや、狼は俺の顔を目がけて襲いかかった。ああ、死んだな。俺はぎゅっと瞼を瞑った。
「ギャアッ!?」
「…………え?」
だが、上がったのは俺の口からの悲鳴ではなかった。
恐る恐る瞼を開くと、俺の上の狼は別の大きな狼によって背後からその首を噛まれ白目を剥いていた。火を当てられた貝のように大きく開いた口からはダラダラと唾液を垂れ流し、やがてドサリとその場に崩れ落ちた。
「グルル……」
鋭い目つきで白い牙を剥き出すのは、別の獣人だった。背筋が一瞬で凍りつく。そして、ガタガタと震え上がってしまうほど、その獣人の顔は怖かった。
しかし、この獣人には見覚えがある。もう数ヶ月以上前に目にして以来……本物の彼を前にしたのはこれで二度目だ。
身に纏っているスーツは、ほぼ毎日目にする上質な物。俺は震えを必死で抑えながら、彼の名前を口にした。
「宗、佑……?」
「グルゥ…………圭介」
唸りながらも、俺の名前を呼んでくれるのは優しいバリトンだった。
「そう……宗佑ぇ……!」
ポロポロと涙を零しながら、俺は会いたかった彼の名前を叫んだ。
宗佑は着ているスーツのジャケットを脱ぐと俺の身体にかけてくれた。ふわりと香るのは俺の好きな宗佑の匂い。なのに今の彼からは、ピリピリとしたただならぬ冷気が漂っていた。
次に宗佑は首に巻いたネクタイを解くと、シャツの袖を捲り上げながら周りの連中を順番に睨みつけていく。そして聞いたこともないような恐ろしくも低い、怒気を込めた声を発した。
「いい度胸だ、ガキ共。人様のモノに手を出すことがどれほど愚かか、低能でもわかるようにその身体に叩き込んで教えてやろう」
そう言うなり床を蹴り上げると、裸の連中に飛びかかった宗佑は野生の狼のように暴れ始めた。
これは俺の知る宗佑なのか? 襲われる男達はギャアギャアと悲鳴を上げている。俺はただポカンとそれを見ているしかなかった。
そこへ飛び込んで来たのは別の黒い狼だった。
「ケースケ!」
「耀太君っ!?」
「今、解いてやるからなっ」
一目散に俺へと向かってきた耀太君は、俺の手の拘束を解いてくれた。良かった、無事……ではない。彼の頭から血が出ていた。
「そ、それっ……えっと……耀太君の頭っ……や、違う……宗佑は……え、えっと……ええっと!」
ダラリと頭から血を流す耀太君の怪我は大丈夫なのかとか、晋一や慎二が失禁しながらも互いに抱き合ったまま悲鳴を上げる姿とか、他にも黒いスーツを着た人間達がゾロゾロと現れたりとか、事が急展開過ぎてわけがわからず呂律が回らない。
色々と気になって仕方がないが、それよりも何よりも……!
「ガォウ! グルルゥ!!」
「そ、そそっ、宗佑がっ、えええっ、えらいこっちゃにっ!!」
この宗佑の暴れっぷりに驚きと動揺を隠せない。これは大丈夫なのか? 大丈夫なのかっ!?
しかし耀太君はポリポリと鼻を掻きながら平然と言ってのける。
「あー……まあ、死人は出ない程度にやると思うから、心配いらねえよ」
「しっ!?」
「兄貴、学生ん時は地元で有名なヤンキーだったから」
「や、ヤンキー……?」
まさか学生の頃の写真が出せないのは、それが理由なのか?
それよりもこれはヤンキーという括りで済むレベルなのか? 辺りがすっかり阿鼻叫喚の地獄絵図だぞ!
「それよりケースケ、身体は大丈夫なのかっ?」
「えっ? あ、うん……熱いけど、なんか怖い方が勝っちゃって大丈……れれ?」
グラッと頭が回った。
それまで気力で耐えていたからか、耀太君に心配されて急に身体が限界を迎え始めた。
「はあっ……なんかっ……これ、駄目かも……ど、どう、しよ……抑制剤っ……」
「えっ……ヤバいぞ、フェロモンっ……! にーちゃん!! 暴れてる場合じゃねー! ケースケがやべぇ!!」
急に発情する俺の身体。目の前の耀太君に変なことをしないよう、自分の手の甲を強く噛んだ。
「う、ぐ……ふぅっ……!」
「圭介っ!!」
涙で滲む目の前にボンヤリと映るのは、灰色の狼だ。駄目だとわかっているのに、発情を我慢できない俺は彼に抱きついた。
「宗佑っ……宗佑ぇ……!!」
「……っ、注射は嫌かもしれないが今は我慢してくれ、圭介!」
その言葉と共に首元のチョーカーを外され、剥き出しの首に何かを当てられた。そこからチクッとした鋭い痛みが身体に走る。
「宗佑っ……そう、す、け……」
それが何なのかがわかる前に。男達の叫喚を背景に、俺の意識はまたも遠退いていった。
12
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
これを愛だと呼ばないで
田鹿結月
BL
とある町にある喫湯店で働く犬獣人、ドナ。
ドナはとある理由から運命の番いというものを強く欲しており、町に暮らす全てのオメガは彼と付き合ったことがあるという噂が出るほどに様々なオメガと付き合ってきた。
だが、皆匂いが合わない。これまで交際した全てのオメガのフェロモンが、ドナにとっては酷い悪臭にしか思えなかった。
運命の番いは、この町や地方にはいないのかもしれない。そんな思いを抱え始めていたドナが出会ったのは、大衆食堂で働く一人の青年だった。
ホワイトスイスシェパードα×人間β(だと思い込んでいるΩ)
※モブレ表現・その他注意描写あり
ハッピーエンドです。
※ふじょっしー様にて2019年頃に投稿したものです。
※続編ではR-18となりますが、今回投稿するものは全年齢です。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる