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耀太、現る!

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 翌日。

 起きて早々、宗佑によってまたも薬を飲まされ、強制的に人型になり不貞腐れた顔の耀太さん……いや、耀太君が、ダイニングでもそもそと遅めの朝食を食べ始めた。

「むすぅ」

「ご飯、口に合わないかな?」

 箸の動きは止めないものの、全く美味しそうに食べないので、和食はお気に召さなかったかと納豆を練りながら尋ねた。

 ちなみに、今朝の献立はもち麦を混ぜた白米に味噌を塗った焼き鮭、だし巻き玉子にキャベツと揚げの味噌汁、里芋とイカの煮物に林檎と枝豆のサラダだ。品数が多いので目で楽しみ、舌で楽しみ、腹を満たすことができる。

 耀太君の起床も遅かったが、俺と宗佑も普段より遅めに起きた為、あらかじめ副菜を多く作っておいて良かったと心底思った。

 宗佑曰く、耀太君には白米と漬物があれば充分だからと俺に料理を控えるよう言われたが、おもてなしは必要だろう。

 それにしても、ニコリともしないのは堪える。本当に、白米と漬物だけの方が良かっただろうか?

「耀太。朝食を作ってもらったのだから、ちゃんと感想を言いなさい」

「…………美味い」

 宗佑に促されて、耀太君は渋々感想を口にした。良かった、と俺は漬物の瓶と佃煮の入ったタッパーを彼に差し出した。

「こっちに漬物と佃煮があるから、どんどん食べて。おかわりも遠慮なく言ってね」

 嬉しくなって勧めるもそれが引き金になったのか、耀太君は茶碗の中のご飯を急いで口へと掻き込んだ。

「なんでこんなにばーちゃん料理が美味いんだよおおお! おかわりぃ!!」

 ビシッと俺に向かって空の茶碗を差し出してくる。どうやらとても口に合っているらしい。俺は笑って茶碗を受け取った。

 キッチンにある炊飯器の下まで行き、ご飯を一膳より少し多めに盛りつけた。育ち盛りのαだし、これでもきっと足らないくらいだ。そう思いつつも茶碗を持って再び耀太君の前にそれを置くと、彼はクンクンと鼻をひくつかせた。

「どうしたの?」

「なあ、なんかここ、焚いた?」

「たく?」

「クンクン……なんつーか、甘い匂いがする。飯と違う……お香みたいなの。甘すぎて頭がこう、くらーってしそう」

 甘い匂いと言われてはて、と首を傾げるもそれが何なのかすぐに見当がついた。

 きっと俺と宗佑の行為によって撒き散らしてしまったフェロモンだ。行為の最中は寝室に施錠をして、今も開けっぱなしにはしていない。もちろん、外に繋がる窓はすでに開けて換気をしている。それがまさかリビングにまで届いていたというのか? 番になったのだから、俺のフェロモンはもう他者には影響がないと思っていたのだが……

「え~っと……」

「それより、耀太。お前、学校は?」

 俺が言い淀んでいると、鮭を食べていた宗佑がさらりと話題を変えてくれた。すると、耀太君は箸を咥えて「うぐっ」と言葉を詰まらせた。

 そうだった。耀太君はまだ十六歳。今日は平日だし、学校はもうとっくに始まっている時間だ。まさか……サボり?

「悪ぶるのもいいが、大概にしておかないと。留年なんてことになれば、いくら私でも庇ってやれないぞ」

「ご、午後から行くよ……」

「そうしなさい」

 兄には弱いのか、耀太君は尻尾を垂らした。見ていてすごく微笑ましい。俺達に子供が生まれたら、宗佑は面倒見のいい父親になりそうだ。

 俺は宗佑の隣の席に戻るとドーナツ型のクッションに尻を敷き、向かいの耀太君へ学校について尋ねた。

「高校生だよね。何処の学校に通っているの?」

 耀太君は味噌汁のお椀を持ちつつ、ぶっきらぼうに答えた。

「奏月だよ。ソーゲツ高校」

「ソーゲツ……ああ! 俺の母校!」

「ブフッ!!」

 ポン、と手の平で拳を打つと、耀太君が口に含んだ味噌汁を盛大に吹き出した。

「ど、どうしたの?」

 気管支にでも入ったのか、苦しそうに咳き込む姿に心配しつつ声をかけると、耀太君が目を皿のように開いて俺を見た。

「ゲホゲホッ……お前っ、奏月に通っていたのか!?」

「え? う、うん。実家から近かったからいいかなって……」

「はああ!?」

「俺が学校に行っていたの、そんなに変……?」

「いや、そうじゃなくてっ……クソ! なんだよ、Ωがトロいとかなんとかいうの、デマじゃねえかっ!」

 ドン! と机を叩く様は何かに対して怒っているようだ。どうして憤る必要があるのか。俺は助けを求めるように宗佑を見た。

 その視線に気づいた彼は箸を置くと、俺の頭を優しく撫でながら説明をしてくれた。

「奏月は地元では有名な難関校なんだよ。進学校としても有名で部活動にも力を入れている。そこの弟は試験日に寝坊してギリギリ合格、在籍させてもらっているけれどね」

「すごいね、寝坊して受験に合格するなんて」

 奏月は当時の担任の先生が推してくれていた高校だった。その頃の俺はすでに先がどうでもよくなっていたので、家から近いという利点だけでそこを受験した。

 進学校ならαもいたことだろう。校内で獣人を見かけることはなかったが、俺がよく見ていなかっただけかもしれない。

 そういえば、学校のすぐ近くで獣人のαを見かけたことがあった。牙が見えたからその獣人も狼だろう。帽子を目深に被って顔を隠していた。幼い子供を連れて右往左往する様は見るからに怪しく、最初は不審者だと思い意を決して声をかけたのだが、正体は迷子の子供を拾ってただ困っていただけの良いαだった。この頃は自ら声をかけに行くくらい、獣人が怖くなかったのに、いやはや自分が恨めしい。

 しかしそうか。俺と高校が同じなのか。

「ソーゲツってことは……お前、今は大学に行ってんの?」

「進学はしたんだけれどね。もう退学しちゃったんだ」

 苦笑すると、耀太君は不服そうに俺に尋ねた。

「なんで辞めたんだよ、大学」

「うん。まあ、かくかく然々で……」

 俺が退学した経緯を簡単に明かすと、耀太君の顔が百面相か何かのようにコロコロと変わり、終いには嗚咽を漏らして泣き出してしまった。

「なんっだよ、それっ……! 酷い話じゃねえか!! どうしてお前がっ……うぐっ……!」

「そんなに泣くことかな」

「なんでお前は泣かねーんだよっ! もう俺ん家に来いよっ……! さっさと兄貴と結婚しやがれっ!」

 怒っているのか憐れんでいるのか。でも言っていることがいちいち優しい。

 嬉しくなって宗佑に微笑むと、宗佑もまた俺に微笑み返した。

 ああ、幸せだな。

「ありがとう、耀太君」

「君付けすんなぁぁ!!」





 そしてこの時、俺の中ではある一つの奇跡が起きていた。その隣には、パンドラの箱がカタカタと音を鳴らし揺れていた。


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