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生まれて初めての…

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 礼を言うと、宗佑もまた安心したように微笑んだ。そして俺の額にそっと口づける。ちょっと気恥ずかしいそれが、今はとても心地よかった。

 それにしても、どうして宗佑が本家に? 俺は改めて宗佑を見上げた。その時ちょうど廊下から……

「圭介っ!」

「父さん?」

 俺の父、俊介父さんが息を切らしてこちらに駆けつけてきた。そして俺の顔を見るなり安心したのか、膝に手をついてゼエゼエと大きく呼吸する。

「良かった……無事だったか」

 漏らすように言ったその台詞に、俺はきょとんと父さんを見つめた。

「どうしたの? 父さん。本家に何か用事でも……」

「圭介。君のこの家での扱いについて、俊介さんから聞いたよ」

「扱い?」

 俺の言葉を遮るように、宗佑が至極冷静な口調で俺に言った。続いて、息を切らしつつも身体を起こした父さんが宗佑と共にここへ来た理由を説明してくれた。

「職場で里中さんと打ち合わせをしている時に聞いたんだよ。今日、お前が本家に行くことをね。お祖父さんはともかく、父や甥達はお前のことをよく思っていない……そのことが気がかりで里中さんにお話ししたんだ」

 ああ、なるほど。扱いってそういうことか。昔からこの家の人間に俺がよく思われていないことを父さんは知っているからな。

 確かに善治は相変わらずだけれど、今あの爺は表立って意地悪をすることは無くなったから大人しいものだけれど、従兄弟達はさっきのように変わらずにいる。宗佑が止めてくれなかったら殴られていたのは確かだろうけれど、あれで気が弱いのだから放っておいても大したダメージじゃない。とはいえ、痛いのは勘弁だ。守ってもらえたのは嬉しいハプニングだった。今朝、何気なく宗佑に俺の予定を伝えたことがまさかこうなるとは……

 続けて宗佑がここまで駆けつけた理由を説明してくれた。

「話を聞いてから気になってしまってね。何もなければそれで良かったんだが、俊介さんも気にされていたし仕事をすぐに切り上げたんだ。そしてここに着いてちょうど俊介さんが車を駐車されている時に大きな声が聞こえてね。不穏を察して君の匂いを辿り駆けつけたんだ」

 あの馬鹿の怒鳴り声、そんなに外に響いていたのか? 違うな。宗佑の耳が良いせいだ。でも匂いって……

「そ、そんなに臭い……?」

 俺は自分の腕をクンクンと嗅ぐと、気が抜けたのか宗佑は可笑しそうに笑った。

「狼は鼻が利くだけだ」

 そしてトン、と。自分の鼻先を指でノックした。ちょうどその時……

「やかましいぞ! いったい何の騒ぎだ!?」

 ドカン! と爆発したような怒号が突如として本家全体に響き渡った。この声は陸郎だ。おいおい、何処から出ているんだ、その大声は。

 続いてドカドカと廊下を踏みつけながら歩く音がこちら側へと近づいてくるのがわかり、俺は急いで自分の鞄を持ち、宗佑の手を取った。

「宗佑っ、行こう!」

「圭介?」

「父さんっ! 適当にろく……曾祖父ちゃんをごまかしといてっ」

「わ、わかった!」

 俺は後を父さんに任せると、宗佑を連れて逃げるようにその場から外へと出ていった。

 この状況が陸郎に見つかれば、きっと母ちゃん、母ちゃんと騒ぐだろうし、宗佑にも何を言うかわからない。従兄弟達もこっぴどく叱られることだろう。叱られるのはまだいい。でもあの馬鹿達は本家の人間だ。家の中で疎外されてしまうのだけは避けてやりたい。

 俺がΩなのは事実だし、偏見も蔑視もそもそもそういった風潮のある社会に問題がある。あんな風に育ってしまった馬鹿達もある意味ではその被害者といえる。

 パタパタと田井中本家から離れると、そろそろいいかと宗佑の手を離して立ち止まった。

「ごめんなさい、宗佑。せっかく来てくれたのに、早々に出てきちゃって……」

「構わないよ。本家の方にはまた後日、改めてご挨拶をさせて頂こう」

 それに手土産も持ってきていないからね、と。宗佑は俺の頭を撫でた。大きくて少しゴツゴツした手が気持ちいい。

 外だというのに、俺は周りに人がいないのをいいことに目を細めた。

「そういえば」

 と、ここで宗佑が思い出したように言った。

「君の従兄弟は君のことをケイと呼ぶのか?」

「へっ?」

「暴言と共に名前を呼んでいるようだったが、親しいのならともかく少し妙だと思ってね」

「いや、あの二人は俺のことをケイなんて……」

 もしかしてそれは……ケイではなく、恵のことか?

 そう言えば、わざわざ兄の方が言っていたな。恵の生まれ変わりについて。それが宗佑の耳にも届いていた?

 俺は宗佑の驚異的な聴覚に驚きつつも、はっきりと聞き取られていないことをいいことに、とぼけることにした。

「いや、俺のことはケイなんて呼ばないです。たぶん、宗佑の聞き間違いですよ……」

 恵のことは話さない。宗佑の下に行く際、すでに心に決めていた。田井中の人間ならいざ知らず、他人にこのことを知られてしまっては、変人扱いされるのがオチだ。すんなり信じろという方が無理な話。

 宗佑にはとてもお世話になっているし、これからも仲良くやっていきたい。そんな人に頭が残念だなどと思われては、きっと田井中に返されてしまうだろう。

 余計なことは言わなくていい。今の俺は田井中圭介だ。

 さほど不自然な誤魔化し方ではなかったはずだ。それでもしばし、宗佑は俺をジッと見つめていた。やましさはないが、こうも見つめられると白状した方がいいのかと若干心が揺らいでしまう。

 言った方がいいのか? 俺は田井中現当主・陸郎曾祖父ちゃんのお母さんでした~! って? いやいや、駄目だろう。それはとても残念な明かし方だ。いくら宗佑が優しくても、すっとんきょうな声を上げて俺を憐憫の目で見るに違いない。この人に幻滅されるのは嫌だな。メンタルが鋼の俺でも、きっと心が折れることだろう。

「……」

「……」

 だんだんと、浮気を隠しているわけでもないのにまるでそれを問い詰められる妻のような気持ちになってくる。いや、男だけど。

 俺だけが気まずい、ただの沈黙。だが、根負けしたのは宗佑の方だった。

「圭介」

「は、はい」

「これから本家に行く際は私も連れていきなさい」

「え?」

 宗佑の意外な申し出に、俺は思わず聞き返す。しかし宗佑の表情は真剣だった。

「あの様子では、彼らはまた君に絡むだろう。私が隣にいれば、きっと虫除けくらいには役に立つ。今後、本家には私も連れていくこと。いいね?」

「虫除け……」

 虫扱いされて不憫だな、あの二人。そう同情していると、宗佑は不機嫌そうに俺の顎を持ち上げ視線を合わせた。

「何か困ることでも?」

「ううん。何もないよ……です」

 ちょっとだけドキッとしながら答えると、宗佑は満足そうに口角を持ち上げた。

「ないよ、でいいんだよ」

「……うん」

 なんだか照れちゃうな。宗佑の不機嫌な理由が優しすぎるからかもしれない。

 俺にはとても勿体ない人だとわかっている。でも、このささやかな幸せは俺だけのものだ。

「それより、圭介」

「んっ……」

 顎から頬に手を滑らせながら、宗佑は俺にある提案をした。

「今から私とデートをしないか?」

「へ?」
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