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俺の特技は子作りです

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 ――――…



『大丈夫か、母ちゃん~!! 全然連絡をくれんものだから、心配しとったぞ~! ちゃんと食わせてもらっとるのか? ちゃんと寝させてもらっとるのか? こき使われてないか? 虐げられてないか~!?』

「落ち着きなさい、陸郎。今日まで電話に出られなかったのはただの発情期だから。心配いらな……」

『発情期!? もしやっ……里中に犯されたのか!?』

「犯されたってお前……元々、里中さんと番になるよう宛がってくれた話だろう。まだ番じゃないけれど、彼には色々と良くしてもらってるよ」

『良くしてもらっただぁ!? 獣人のデカマラがそんなに良かったと言うのかー!?』

「お前は電話口で私に何を言わせたいんだ!」

 ああ、煩い。俺を心配してくれるのは嬉しいが、こうも耳元で叫ばれると鼓膜に響く。

 相手は補聴器を嵌めている老人だから、ただでさえ自分の発する声が聞き取りにくく声量が大きい。その上、興奮を伴って劈くように叫ばれると、耳だけじゃなく頭までもが揺さぶられる。

『駄目だ、駄目だ、駄目だぁ! 母ちゃん、今すぐ荷物を纏めて田井中に帰ってきなさい! 本家の方に部屋を用意させる! このまま里中の下にいたら絶対に孕まされるぞ! そんなこと、儂は認めん! 獣人の子が自分の兄弟なんて、儂は絶対に認めんぞぉ!!』

「もう切るよー。陸郎曾祖父ちゃん」

『母ちゃん、待ちなさい! こらっ、聞いているのか! 母ちゃ……』

 ビリビリと振動するスマホ画面を指でスワイプし、俺は無理やり通話を切った。危篤状態から復活したとはいえ、最初から最後まで大きな声で怒鳴りまくって、血圧とか大丈夫か? あの子。もう百歳手前だぞ。

 五日前から里中宗佑さんの下で暮らすことになった俺――田井中圭介が心配で、家を出たその夜に曾祖父の陸郎は俺のスマホに着信を入れてくれていたらしい。しかし、何度かけても俺からの返事はなく、いつまで経っても繋がらないので、ここ数日は本家の固定電話に張りついていたとのこと。その後も鬼のように着信を入れるもやはり俺が出ないので、最終的には里中さんのマンションまで業物を持って乗り込もうとする段階まできていたらしい。……よかった。さっき着信に気がついて。

 しかしほっとしたのも束の間だ。壁紙が初期設定のままのスマホ画面を眺めると、釈然としない気持ちになる。

 煩くともこうして身内から心配してもらえるのは正直、とても嬉しい。でもこれは恵の記憶があってこそだと思うと、同時に物悲しくもあるからだ。これが圭介のままだったら、田井中の人間はこうして連絡を寄越すことすらしなかっただろう。

「まあ、仕方ないか……」

 これは何も周りだけのせいではない。恵の記憶が戻らずとも、俺も足掻けば良かったのだ。声を張り上げて、喚き散らかして、Ωだからなんだってんだ! と、一族の前でちゃぶ台でも何でも引っくり返せば良かったのだ。

 俺を舐めるな! バカヤロー! って。

 ……とはいえ、ここに来なければいざ発情期を迎えた時に、周りが大変だっただろう。

 畢竟するに、俺は里中さんの家に来て早々に発情期を迎え、今日まで五日間、彼とヤりまくったのだ。手持ちの抑制剤も投与してこの様だ。

 そしてやはり、相手がαだからなのか。どちらかが治まったかと思えばどちらかが欲情しというのを繰り返し、結果ズルズルと情交が長引いていった。合間に食事を摂ったとはいえ、よく生きてたな俺。

 恵の時も初めて発情期を迎えた時は大変だった。抑制剤は手元になかったし、たまたま家に忍び込んだ泥棒がフェロモンに当てられて金品そっちのけで俺を襲った。家族……特に母親は嘆いたけれど、当の俺は処女を奪われたとか、傷物になったとか、そういう倫理観ではあまり悲観しなかった。

 もちろん、相手が誰でもいいというわけではない。しかし、発情してしまうと何がなんだかわからなくなるので、抑えてくれるのであればそれが有機物であろうが無機物であろうが厭わない。決して規格外の獣人デカマラが良かったわけではないぞ。うん。

「圭介。電話は終わった?」

「あ、はいっ!」

 コンコン、と控えめなノックと共に俺のいる部屋へと声をかける里中さん。俺は返事をすると穿いているジーンズのポケットの中にスマホを入れて、部屋を出た。

 廊下へ出るとすでに里中さんの姿はなかった。代わりにリビングの方から仄かなコーヒーの匂いが漂うのを感じた。コーヒーなんて普段は自販機で買うくらいのものだし、関心もその程度のもの。でも、喫茶店に行ってもこんなに芳しい香りのものなんて嗅いだことがないから、それは好奇心を擽った。

 スリッパでペタペタと小さな音を立てながらリビングへ向かうと、着流し姿の人型里中さんがお茶の用意をしてくれていた。そんな彼を目にした瞬間、思わず正臣と呟きそうになった。すぐに口元に手を添えて、頭を緩やかに振ると俺は中央にあるソファへと移動する。

「ふわあ……美味そう」

 ソファ前にある一枚板のローテーブルには、様々なお茶請けが用意されていた。高級そうなクッキーにラスク、チョコレートにバウムクーヘンなど、甘党には堪らない菓子でいっぱいだ。

 コーヒーを二人分、トレーに乗せて持ってきた里中さんが俺にソファへ座るよう促すと、同時にこのラインナップの理由を口にする。

「歳暮の時に貰った菓子だ。毎年たくさん頂くのはありがたいが、いつも食べきれなくてね。甘いものは平気か?」

「大好きですっ!」

 食い気味で答えると、里中さんはふわりと微笑んだ。

「それは良かった。たくさん召し上がれ」

 取っ手のお洒落なコーヒーカップが向かい合わせにテーブルへ置かれると、里中さん共にソファへと腰を下ろす。「いただきます」と断ってから、俺はまずコーヒーカップをソーサーごと手にして中身を一口頂いた。

「……っ、美味しい!」

 それは口をついて出るほど美味しいコーヒーだった。俺はコーヒーの酸味が少し苦手で、ブラックだと気に入ったメーカーのものしか飲めない。でもこのコーヒーは初めて味わうものだった。香りが良いだけじゃなく、苦味も酸味も絶妙なバランスでとても味わい深い。

 コーヒーカップを手にしたまま感心していると、向かい側の里中さんが嬉しそうに笑った。

「ありがとう。他はからっきしなんだが、コーヒーだけは目がなくてね。豆も自分好みの配合でブレンドしてあるんだ。幼い甥も飲めるものだから口に合えばと思ったんだが、ここまで喜んでもらえると挽いた甲斐があるよ」

「えっ、豆を挽いたんですか?」

「これがなかなか楽しいんだよ」

 里中さんは手を自分の前でぐるぐると回し、コーヒーミルを扱うジェスチャーをする。そっか。だからこんなに美味しいのか。

 里中さん自身も、コーヒーカップを手に取ると二口ほど嚥下する。そしてソーサーへ戻すと、自分の膝にそれぞれの両手を添えてから姿勢を正した。

「さて、改めて挨拶しよう。私は里中宗佑だ」

 少しだけ頭を下げられ、慌てて俺もコーヒーカップをソーサーへ置いてから、深々と頭を下げた。

「田井中圭介です。この度は俺……いえ、Ωの私を受け入れてくださり、誠にありがとうございます。それから、重ね重ね本当に失礼致しました」

 ろくな挨拶もせずにこの五日間を過ごしてしまったのだ。だから改めて、挨拶をしようと多忙な合間を縫って里中さんがこの時間を設けてくれた。

 旋毛を見せる俺に、里中さんは顔を上げるように言う。

「謝るのはもうなしだ。発情期とはいえ、こちらも君の意思を確認もせず、行動に移してしまったのだから」

「いえ、それを抜きにしても初対面の貴方に失礼な態度をお取りしたこと、本当に申し訳なく思っております。申し訳ありませんでした」

 人種が違うとはいえ、不愉快な思いをさせたことに違いはない。生理的に無理とはいえ、俺が取ってしまった態度は人を傷つけるものだ。これからお世話になる人だ。本来なら、土下座してでも許しを乞うものだろう。

 しかし、なかなか頭を上げない俺を見て、里中さんは何を思ったのか。

「ふふっ」

 と、小さく笑った。滑稽だっただろうか? 俺はそろりと顔を上げると、里中さんは口元に手を添えて柔らかく笑っていた。

「あの……」

「失礼。田井中さん……君のお父様が言っていた通りだと思ってね」

「父さん?」

 俊介が何を言ったのだろう? 俺が首を傾げると、里中さんは教えてくれた。

「父親の贔屓目かもしれないが、自分の息子ながらよく出来た子だと……常々そう仰っていたからね」

「父さん、が?」

 俺は信じられないと、目を見開いた。父さんはこの数年間、俺と距離を置いていた。食事をすることはおろか、何処かへ一緒に出かけることもしなかったというのに。

「君がΩだとわかってからかな。とても気に病まれていたよ。実の息子なのに向き合うこともできず、情けないと愚痴ることもあった。とても真面目な人だから珍しくてね。田井中さんには作家として活動を始めた時分からお世話になっているし、力になれるならとこの話を承諾したんだ」

 胸の奥がじんわりと熱くなった。まさか父さんが、そんな風に思っていたなどと露程も知らなかった。

「私に託すこともギリギリまで悩んでおられたしね。かといって、今後も彼らと会えなくなるわけじゃない。時折でもいいから、顔を出してあげるといい。きっと喜ぶ」

「はい……そうします」

 俺は目に溜まる涙を袖口で拭った。

 父さんはずっと俺を生んだことを、後悔しているのではないかと思っていたから。Ωの俺が恥だから遠ざけているのだと、そう思っていたから。

 でも真意は違った。形はどうあれ、俺は捨てられたわけじゃない。そうわかった瞬間、気持ちが軽くなった。俺の肩に乗っていたものが霧散したようだった。

 里中さんはティッシュ箱を俺の前に差し出した。

「バース性診断というのは厄介なものだね。私の場合は生まれた時からあの姿だったから、否応なしにαだと尊ばれながら育てられたけれど……逆に言えばαの癖にどうしてこんなことも出来ないのか、と。些細なミスも許されなかった。その上、狼だ。この国は戦争で獣人に負けただろう? 周りの人々から恐れられるのは仕方ない。だから君が私のことを怖がるのも、気に病む必要はないんだよ」

 この五日間、俺が彼に対して抱いていた罪悪感を取り去るように言ってくれた。

 発情してから今日まで、俺の為に飲みたくもないだろう薬を飲んで強制的に異なる姿へと変えてくれる里中さん。父さんの言っていた通り良い人で、俺にはとても勿体ない。優しい人だ。

 しかし里中さんは困ったように、自分の頭にある狼の耳を摘まんでみせる。

「ただ、やはりこの耳と尾だけは薬で隠すことができないんだ。まだ気になるようなら帽子でも……」

「いえ、そこまで! そこまで怖いと思っていませんから! むしろ耳は柴犬みたいで可愛いなって、そう思っていて……」

「可愛い?」

 表情は変わらないのに、里中さんの耳と着流しから出ている尾がしゅんと垂れた。俺は慌てて言い直す。

「か、格好いいです!」

「そうか」

 今度は耳がピンと立ち、尻尾をパタパタとさせた。

 俺は口元を手で抑えて俯いた。

 正臣とそっくりの顔なのに、耳と尾があるだけでこんなに印象が変わるものなのか? 正臣同様の美丈夫なのに、どうしてこんなに可愛く感じるのか! あ~! 狼だとわかっているのに、無性に頭を撫でたい!

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