上 下
229 / 241
番外編【笑顔の理由】

柳 side

しおりを挟む


「ふあ……」

「眠そうだな。寝不足か?」

 あわわ。また欠伸が出ちゃった。草加部君に指摘されて慌てて口元を手で抑えた。

 今日は英語の小テストがある。スペルを覚えるのが苦手で、昨日は晩御飯の後に単語帳と睨めっこ。リスニングもあるから口を動かして発音も兼ねて勉強していたんだけど、その時に海さんが……



 ・・・・・


『発音が間違ってるな』

『え!?』

『THとS、SHは違う。中学でも習っただろう』

『そ、そうだけど……僕、そんなに変な発音してる?』

『使い分けようとしているのはわかるし、聞き取れなくはないけれど……違和感があるな』

『むう』

 海さんはお仕事柄海外の人とも交流があるから、僕のつたない英語に厳しく指摘が入る。いつもは優しすぎるくらい優しいけれど、こういうことに関して海さんは甘くないから僕としてはとても嬉しい。

 まだ将来、僕が何になれるかイメージが掴めないけれど、英語は共通言語だもんね。苦手、苦手って思い込んでると苦手意識だけが強くなっていって出来るものも出来なくなっちゃうよね。僕は出来る。僕は出来る。なんたって、ハーフさんの花音お母さんがついてるんだから!!

 僕は舌の使い方を覚えようと舌を歯に当てたり、外したりと口を動かした。それを見ていた海さんが僕の隣に座って、僕のほっぺに手を当てて顔を上げさせた。

『耳は悪くないんだから、とにかくネイティブの発音をたくさん聞くことだな。後は……』

『むごお!?』

『唇と舌の使い方だな』

 そしてほっぺに当てた手をそのままに、両方の親指を僕の口の中に突っ込んだ!

『む、むご……んむぉ!』

『懐かしいな。こうしてお前に発音を教えるの……』

 ぐにぐにと僕の舌を指で押しながら、海さんが僕の高校受験の時のことを思い出す。そうだったね。確かこうして発音を僕に教えながら、僕のオエッて言ってる姿を見て楽しんでたよね。海さんの指、僕より太くて大きくて長いから二本も入るとちょっと……苦しいの!

『うぶ……か、かいひゃ……んんむっ』

『ああ、お前はここが弱いんだよな。口蓋の……』

『んんっ!』

『可愛い』

 教えるとか言いながら、ニヤッと意地悪な顔をして僕の反応を見て楽しんでる。だって目の奥がキラキラしてるもん。涙目になりながら、僕は口の中を弄られて擽ったいやら気持ち悪いやらこんにゃろうやらで……

『ほら、柳。声に出さないと、覚えないだろ』

『んん……んっ、かい、ひゃ……あんむぅ……』

『ふふっ』

 この後、一時間をかけて僕は海さんに弄ばれた。


 ・・・・・


 あれがなければ僕、こんなに欠伸をすることもなかったんだよ。昨日という昨日は海さんが悪い!! た、確かに発音は叩き込まれたけれども……でも、肝心の単語とスペルが後回しになっちゃったんだから!! これでいい点が取れなかったら、今夜は一緒に寝ないんだからね! 家庭内別居だよ、家庭内別居!

 ……ば、晩御飯くらいは一緒に食べるけれども。

 パンパンと両方のほっぺを叩くと、草加部君が呆れたような顔で「赤くなるぞ」と言って僕に手を差し出すように言った。言われるがまま、両手を前に差し出すと、小さなケースに入ったタブレット菓子を一粒落とされた。

「何? これは」

「眠気覚ましになるだろ」

 パクッと口に放り込むと、口の中にぶわ~っ!! と。こう、ぶわ~っ!! と、ミントのスッとする香りが充満した。

「~~~っっっ!!」

 机に顔を突っ伏してダンダン! と拳を落とすと、草加部君が「そんなにキツいか?」と自分もそのタブレットを口に入れた。な、何でこんなに口の中が痛くなるようなの持ってるの!? 確かに目が覚めたけれども! スースーが、スースーどころじゃない!!

 口の中、痛い~!!

「お前……身体がデカくなって背も高くなったってのに、中身まるで変わんねえのな」

「く、口の中までっ……変わらないっ……!」

「ったく。しょうがねえ奴」

 草加部君がポンポンと僕の頭を軽く叩いた。それは慰めているようでもあるけれど、今の僕にしてみたら憎いことこの上ないっ! 海さんといい、草加部君といい……僕がテストで悪い点を取ってもいいって言うの!?

「こ、こん……にゃろ~……!」

「こんにゃろうでも、あんにゃろうでもいいけど。テスト、始まんぞ」

「うえっ!?」

 いつの間にか、先生が来てテスト用紙が回ってきていた。僕は溢れる涙を拭きつつ、シャーペンを出してテスト用紙を机の上に置いた。

 うう~! 涙がっ、涙が溢れてっ、文字が滲んでテスト用紙が見れない~!!

 僕はふーふー、鼻息を荒げながら「始め」の合図とともにテストに挑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

愛人候補で終わったポチャ淫魔君、人間の花嫁になる。

からどり
BL
魔王のために生まれた時から純潔を守り、教育を受けてきた淫魔の愛人候補達。 愛人候補の一人、アレックスは愛人から落選したため今までの教育に掛かったお金を返せと魔王の側近から脅迫される。 そして半強制的に『人間と魔族の平和のため政略結婚をする魔族』という役割を押し付けられた。 しかも結婚相手も男性で、顔合わせは結婚式当日。アレックスは幸せになれるのか? 5月2日 35話の最後の数行を変更しました。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

婚約破棄をしたいので悪役令息になります

久乃り
BL
ほげほげと明るいところに出てきたら、なんと前世の記憶を持ったまま生まれ変わっていた。超絶美人のママのおっぱいを飲めるなんて幸せでしかありません。なんて思っていたら、なんとママは男! なんとこの世界、男女比が恐ろしく歪、圧倒的女性不足だった。貴族は魔道具を使って男同士で結婚して子を成すのが当たり前と聞かされて絶望。更に入学前のママ友会で友だちを作ろうとしたら何故だか年上の男の婚約者が出来ました。 そしてなんと、中等部に上がるとここが乙女ゲームの世界だと知ってしまう。それならこの歪な男女比も納得。主人公ちゃんに攻略されて?婚約破棄されてみせる!と頑張るセレスティンは主人公ちゃんより美人なのであった。 注意:作者的にR15と思う箇所には※をつけています。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

処理中です...