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番外編【笑顔の理由】
柳 side
しおりを挟む「ふあ……」
「眠そうだな。寝不足か?」
あわわ。また欠伸が出ちゃった。草加部君に指摘されて慌てて口元を手で抑えた。
今日は英語の小テストがある。スペルを覚えるのが苦手で、昨日は晩御飯の後に単語帳と睨めっこ。リスニングもあるから口を動かして発音も兼ねて勉強していたんだけど、その時に海さんが……
・・・・・
『発音が間違ってるな』
『え!?』
『THとS、SHは違う。中学でも習っただろう』
『そ、そうだけど……僕、そんなに変な発音してる?』
『使い分けようとしているのはわかるし、聞き取れなくはないけれど……違和感があるな』
『むう』
海さんはお仕事柄海外の人とも交流があるから、僕のつたない英語に厳しく指摘が入る。いつもは優しすぎるくらい優しいけれど、こういうことに関して海さんは甘くないから僕としてはとても嬉しい。
まだ将来、僕が何になれるかイメージが掴めないけれど、英語は共通言語だもんね。苦手、苦手って思い込んでると苦手意識だけが強くなっていって出来るものも出来なくなっちゃうよね。僕は出来る。僕は出来る。なんたって、ハーフさんの花音お母さんがついてるんだから!!
僕は舌の使い方を覚えようと舌を歯に当てたり、外したりと口を動かした。それを見ていた海さんが僕の隣に座って、僕のほっぺに手を当てて顔を上げさせた。
『耳は悪くないんだから、とにかくネイティブの発音をたくさん聞くことだな。後は……』
『むごお!?』
『唇と舌の使い方だな』
そしてほっぺに当てた手をそのままに、両方の親指を僕の口の中に突っ込んだ!
『む、むご……んむぉ!』
『懐かしいな。こうしてお前に発音を教えるの……』
ぐにぐにと僕の舌を指で押しながら、海さんが僕の高校受験の時のことを思い出す。そうだったね。確かこうして発音を僕に教えながら、僕のオエッて言ってる姿を見て楽しんでたよね。海さんの指、僕より太くて大きくて長いから二本も入るとちょっと……苦しいの!
『うぶ……か、かいひゃ……んんむっ』
『ああ、お前はここが弱いんだよな。口蓋の……』
『んんっ!』
『可愛い』
教えるとか言いながら、ニヤッと意地悪な顔をして僕の反応を見て楽しんでる。だって目の奥がキラキラしてるもん。涙目になりながら、僕は口の中を弄られて擽ったいやら気持ち悪いやらこんにゃろうやらで……
『ほら、柳。声に出さないと、覚えないだろ』
『んん……んっ、かい、ひゃ……あんむぅ……』
『ふふっ』
この後、一時間をかけて僕は海さんに弄ばれた。
・・・・・
あれがなければ僕、こんなに欠伸をすることもなかったんだよ。昨日という昨日は海さんが悪い!! た、確かに発音は叩き込まれたけれども……でも、肝心の単語とスペルが後回しになっちゃったんだから!! これでいい点が取れなかったら、今夜は一緒に寝ないんだからね! 家庭内別居だよ、家庭内別居!
……ば、晩御飯くらいは一緒に食べるけれども。
パンパンと両方のほっぺを叩くと、草加部君が呆れたような顔で「赤くなるぞ」と言って僕に手を差し出すように言った。言われるがまま、両手を前に差し出すと、小さなケースに入ったタブレット菓子を一粒落とされた。
「何? これは」
「眠気覚ましになるだろ」
パクッと口に放り込むと、口の中にぶわ~っ!! と。こう、ぶわ~っ!! と、ミントのスッとする香りが充満した。
「~~~っっっ!!」
机に顔を突っ伏してダンダン! と拳を落とすと、草加部君が「そんなにキツいか?」と自分もそのタブレットを口に入れた。な、何でこんなに口の中が痛くなるようなの持ってるの!? 確かに目が覚めたけれども! スースーが、スースーどころじゃない!!
口の中、痛い~!!
「お前……身体がデカくなって背も高くなったってのに、中身まるで変わんねえのな」
「く、口の中までっ……変わらないっ……!」
「ったく。しょうがねえ奴」
草加部君がポンポンと僕の頭を軽く叩いた。それは慰めているようでもあるけれど、今の僕にしてみたら憎いことこの上ないっ! 海さんといい、草加部君といい……僕がテストで悪い点を取ってもいいって言うの!?
「こ、こん……にゃろ~……!」
「こんにゃろうでも、あんにゃろうでもいいけど。テスト、始まんぞ」
「うえっ!?」
いつの間にか、先生が来てテスト用紙が回ってきていた。僕は溢れる涙を拭きつつ、シャーペンを出してテスト用紙を机の上に置いた。
うう~! 涙がっ、涙が溢れてっ、文字が滲んでテスト用紙が見れない~!!
僕はふーふー、鼻息を荒げながら「始め」の合図とともにテストに挑んだ。
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