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その命あるかぎり…誓えますか?【海 side】
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「心配掛けて、ごめんなさい。それで、あの……あなたは、誰……ですか?」
戸惑う表情がまるで何かに怯えるようにも見えたのは、この子の言う通り、オレが知らない人間だからだろう。
そんな人間にいきなり抱き締められれば誰だって平然ではいられない。
しかし自分は誰か? と聞かれるのであれば、オレの中でその答えは決まっていた。
またもオレのことだけを忘れ、再び名前を聞いてくるこの小さな子どもに対してだけ浮かべることのできる笑みを作り、オレは初めての挨拶を口にした。
「初めまして。私は……いえ、オレは真藤海と言います。貴方の名前は?」
その台詞にハッとしたのは、この状況を固唾を飲んで見守る者たち。しかし挨拶をされた当の本人はといえば……
「僕……? 僕は……」
首を傾げつつも一呼吸置いてから、オレと目を合わせてゆっくりと、そしてたどたどしく名前を名乗った。
「しん…………し、どう…………紫瞠、柳……です」
そう。それが本来のこの子の名前だ。思い出せた、のとは違うだろう。かといって、まだ忘れきったわけじゃない。あの頃とはきっと違う。身体の成長が止まったとはいえ、心の成長はこの二年でも著しい。
オレのことだけを忘れるのは構わない。けれど、この子自身が築いたものを失くすことだけは許さない。
この二年をなかったことにはさせない。
「あの、お兄さんはどうしてここに? それから、こっちのおじさんは……」
今の柳はここにいる、魅色、友人二人、それから片岡医師以外の人間がわからない。オレの後ろにいるスーツを着た男に目をやって更に困惑の表情を浮かべた。
男は柳を見ると眉を中央に寄せたが、ここで目を逸らしてはいけないのだと自身を奮い立たせている。こちらにしてみれば、もう十年以上も経っているというのに未だにそれかと思うと呆れ返ってしまいたい気持ちになるが、柳が倒れたという連絡ですぐに向かってきたのも事実だ。
当初の予定とは大幅に異なるが、これはおそらく最後の賭けだ。
オレは柳に向かって彼を紹介した。
「彼は貴方のお父さんです。紫瞠奨。血の繋がった、本当のね」
「え? おとう、さん?」
覚えていないのも当然だ。幼い頃に離れたきり、彼とは一度も会わなかったのだから。それどころか、柳の顔を見る度に泣き、目を背けてきた男の顔などいくら柳でも覚えられるわけがない。記憶が改竄されてどうして父親と離れて暮らすのかも覚えていない今となっては尚更……。
しかし今は。必要だと判断した。今となってはこの男が必要だ。
オレは柳に改まった態度で向き直る。柳も真剣な話があるとわかったのだろう。緊張した面持ちでオレへと視線を合わせた。
気を失っている間にコンタクトレンズを外させた。本来の紫の双眸がオレを見つめる。
「今日は大事な話があるから、彼に立ち合って貰うことにしたんです。改めて……紫瞠柳君」
「は、はい」
「オレと結婚してください」
「はい……………………へ?」
呆気に取られたと云わんばかりの間抜けた声。オレが冗談を言っているのだとでも思い、戸惑い周りの様子を見渡すも彼らもまた真剣な面持ちで柳を見つめているためかそれを夢だと捉えたようだ。柳は女によって傷つけられた方とは反対の自身の頬を抓った。
「いひゃっ……ゆ、夢、じゃない……え? なに、え……?」
「いま起きていることは本当ですよ。オレと結婚してください」
再度、これが本当であることを伝えると、柳は頭を左右に振りながらオレに対して結婚が認められないという言い訳を始めた。
「そ、その僕はっ……こんな見た目だけど女の子じゃなくて。お兄さんと同じ……お、とこで……法律上は結婚、出来なくて……未成年で……それでっ……それで……その……プロポーズされても……僕は……応えられない、です……」
ああ……一番手っ取り早い否定の言葉があるというのに、それを出さないんだな。いや、出せないのか。
自分は貴方のことなど知らない。好きではない。ただそう言えばいいだけだろうに……
そんな簡単なことが言えずに口ごもる柳に、オレは容赦なく畳み掛けた。
「ええ、なので立ち合って頂きました。今の法律上、同性同士で結婚が許されることはないけれど、オレ達のことを知る人達全てに認めて貰いたいからです。父親、友人、知り合い……数としては少ないですが、立ち合いに必要な人間が他にいるというのなら呼びましょう。誰を呼びますか?」
「待って待って! どうしてそんな……僕、お兄さんにもお父さんにも初めて会うのに……そんなこと、いきなり言われても……困る、よ」
そう言って俯く柳は大きく眉尻を下げた。オレは奨へ視線を配ると、彼は意を決して柳の下へと近寄り、目線を合わせるために膝を地につけ身体を屈めた。
「りゅ……柳」
「お、とう……さん?」
びくりと小さく肩を震わせる柳は、戸惑いながらも奨へと首を動かし彼を見た。こうして向き合ったことはおそらく一度もないだろう。
初めて柳に会った時、父のペースに合わせるといったその発言に、歳の割りに達観しているという印象を持った。だがそれは違った。
父と同じでこの子もまた、会える状況ではなかったのだ。長年距離を置いた二人だ。時間を置く毎に顔を合わせることが出来なくなるのは当然だ。それに加え、この子の場合は自分の顔を見られ、目を見られ、拒絶をされている。その理由は理解していようが、ただすんなりと納得出来るものではないだろう。
父のペースに合わせるとなれば、父が会おうとしない限り、自分は父を理由に会わなくていいのだから。
しかしそれで良しと思わなかったのが柳だ。何もしなかったわけじゃない。いつかは顔を会わせても自分の心を保てるように、かつての自分は確実に歩み寄ろうとしていたのだから。
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