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その命あるかぎり…誓えますか?【真城 side】

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 夕刻は柳の友達だと名乗るガキどもが毎日来ていたから、面倒事を避けるためにも俺は毎回時間をずらして面会に来ていた。包帯だらけの身体から覗く母親似の愛らしい顔は傷だらけで、特に額の傷は深く後々残ると言われた。辛うじて、前髪を伸ばせば隠せるだろう部位の傷だが……

「治すことは、出来ないのですか?」

 それを俺と共に聞いていた赤髪の男が、項垂れたまま静かに尋ねた。金を積めば何とかなるか、要はそう聞きたかったんだろう。担当していた医師は、完全に元に戻すことは出来ないと、緩やかに首を横に振った。

「全く……金で解決出来ねえもんは、これだからタチが悪い。なあ、海よ」

 言葉を掛けてやるも、海は項垂れたまま何も返さなかった。数日でどんだけ痩せこけた? 元々身体はでかい男だが、腰回りのベルトが大分緩くなっていた。

 ここまで弱った此奴を見るのは初めてだった。昔から表情の変化に乏しく、他人のことなど気にもかけない男だったが、そんな此奴をここまで弱らせるほど柳の存在はでかかったらしい。女だけでなく男まで取っ替え引っ替えしていたことは知っていたが、どうやら柳に対して抱いていた感情とやらは別格だったか。父親似の赤い髪を嫌って長年黒く染めていたというのに、いつの間にか戻してやがったしな。

 何がきっかけでそうなったのか、俺が知る由もない。だが、この時の甥の様子を見ればただの興味本位で自分の義理の弟をそちらの道へ巻き込もうとしていたわけではないのだと、解らざるを得なかった。

 しかし、今回の件は海の直接の責任でないとはいえ、ツケが回ってきたのは確かだ。柳もそうだが、海に至っても周りに振り回されっぱなしの人生は惨めだったことだろう。理由が何であれ、幼き頃に父親に捨てられた。そしてまだ親の愛情を求めている歳から英才教育を施された。感情を出す暇なんてなかったことだろう。なまじ出来がいいもんだから、周りも此奴がやれると信じて疑わない。それに対してプレッシャーこそなかっただろうが、貼られるレッテルはさぞ鬱陶しかったことだろう。

 しかしそれはそれ、これはこれだ。海を責めんのは簡単だ。本人もそれを望んでいることだろう。しかし俺はしなかった。したところで、時間が巻き戻るわけでもねえ。柳が事故に遭う前の状態になるってんならいくらでも罵ったけどな。

 この時はただ、柳が目覚めるのを待つしかなかった。

 そうして三週間くらい経った後、いつも通りガキどもの面会が終わってから俺と海が柳の眠る部屋へと入ったその日……

 柳の指先が少しだけ動いたのを目にした。それは海も同じだったのか、柳の傍へと駆け寄り名前を呼んだ。

 悲痛な声かけだった。もしかしたら抱き締めたかったのかもしれん。それを必死で抑えるように、海は動いた柳の指先を優しく握り、声を掛け続けた。

 その懸命な義兄の姿に応えるようになのか、柳は瞼をうっすらと開けて自分の名前を呼ぶ方へと視線だけを動かした。

「柳……」

 眠り続けた身体が急に動くはずもなく、それは柳の首から上も同じ筈だった。まだ腫れの引かない頬と唇をゆっくりと動かし、何かを訴えた。枯れた声が何かを紡いだ。

「…………ぅ…………ぁ……」

「柳、無理しなくていい。大丈夫。もう大丈夫だから……」

「…………ぉ……ぃ…………さ…………」

 何を言ってんのか俺には全くわからなかったが、柳はそれを最後に再び瞼を閉じた。その眠る表情はどこか安心したかのような、そんな安らかなもんだった。

 それから一週間、柳は目を覚ますことなく眠り続けた。怪我の方は大分落ち着いてきたとはいえ、まだまだ治療に時間は必要だった。面会に来るガキどももそうらしいが、こっちもこっちで体力に限界がきていた。俺はまだしも、海の窶れぶりは酷いもんだった。柳が一度目を覚ました後、またいつ目を覚ますかわからないからと殆ど寝ずに過ごしていた。

 叔父の俺が少し休めと言っても聞きゃあしない。義理の父親の言うことなら尚更だった。

 俺は院長に相談し、住み込みで働ける看護師、それから理学療法士を何人か雇い、俺の家に柳を連れてくることにした。当初の形と大分異なる受け入れだったが、どのみち柳は俺のとこに来ることになっていたからな。遅いか早いかの違いだった。

 ついでに海も住まわせることにした。目は覚まさなくとも、常に柳の様子を見ることが出来る環境になったせいか、目の下のクマは大分マシになった。

 柳の学校の卒業式、俺が代わりに卒業証書を貰いに行った。学校側には固く口止めをしておいたお陰か、柳の事故のことは伏せられた。ボランティアサークルの連中も、事故のことをわざわざ口外しないと踏んだからだ。

 そうして額以外の顔の傷が大分治ってきた頃、二度目の目覚めがやってきた。

 この時は俺が様子を見に来たタイミングだった。海は外に出ていた。

 柳は瞼を開け、ぼんやりと天井を見上げた後、俺を捉えてゆっくりとした口調で「おじさんは誰ですか?」と尋ねた。

 俺は畳の上にどっかりと尻を着けると、胡座を掻いて挨拶をした。

「真城だ。真城龍一。こうして会うのははじめましてだな」

 柳からすりゃ、赤の他人のおっさんだ。戸惑うのも無理はない。強面だからか近所のチビどもには泣かれる面だが、これでも精一杯の笑顔で対応した。

 柳はといえば、まだ起きたばかりのカラカラ声で俺に聞く。

「まし、ろ…………そうさんの、弟、さん……?」

「そうだ。母親が違うから半分だけだけどな。俺は本家の人間だ」

 蒼が妾の子で俺と姓が異なるなどの細かい説明は後回しだ。事故からえらい時間が経っているとはいえ、何だ。意外にも意識ははっきりしてるじゃねえかと、俺は胸を撫で下ろした。

 これなら身体の回復と共に蒼のことも説明してやって大丈夫か、と。そう考えていた時だった。

「あ…………はじめ、まして。ぼくは………………ぼく…………」

 柳は瞼をぎゅっと瞑り、何かを堪えるような表情を見せた。傷が痛むのか? 俺は付き添っていた看護師に目配せをしつつ声を掛けた。

「どうした?」

 そうして再び瞼を開いた柳は、どんよりとした紫の瞳で俺に初めての挨拶をした。

「ぼくは…………しん、ど…………しんどう、りゅう、です…………」

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