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そうだ。新婚旅行へ行こう
22
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――――…
――…
ん……あ、れ。ここ……
えっと……
「あ……じいちゃんっ! 柳が起きた! 起きたよ!」
「喧しい! 騒ぐなみっともない!」
バチン!
「いってえ……! いやっ、それより柳だよ!」
「わかっとるわ! お前は煩いから外に出て彼を呼んでこい! ……やあ、柳君。目が覚めたかい?」
え、と……?
ん……あ。
ああ、誰かと思った。こうして会うのは久々だ。
重い瞼を開けたら、葉月のおじいちゃん……睦月先生が僕を優しい顔で見下ろしていた。
僕はゆっくりと唇を動かした。
「びょう、いん……です、か?」
挨拶もせずに、僕はここが何処かを尋ねた。なんと非常識な子だろうと思われたかもしれない。でも、睦月先生はそんな僕に嫌な顔をするでもなく、優しい顔のまま首を横に緩やかに振った。
「気分はどうだい? まだ怠いだろうが、頭は? 痛みはあるかい?」
ここが何処なのか、その質問の答えの前に、僕の体調を尋ねられた。
ぼんやりとした感じはあるけど、頭は痛くない。ふんわりと柔らかい枕に頭を埋めたまま、僕は首を横に振った。
「そうかい」
「あ、の……」
「ああ。ここは旅館だよ。柳君は少しびっくりして倒れちゃったんだ。覚えてないかい?」
「たおれ、た?」
覚えてない。倒れたなんて……それに、旅館?
まだ重い身体と頭。僕は視線だけを辺りにやってここが何処かを確認する。
ああ……うん。そういえば、旅館に来てたんだっけ。温泉にって……で、倒れた? それで、睦月先生?
頭が混乱する。僕が倒れて、ここが病院ならまだわかるけど、どうして旅館に睦月先生なの?
そういえば睦月先生、白衣着てない。ポロシャツだ。
僕がジッ、と睦月先生を見つめていると。
「紫瞠君に呼ばれてね。柳君に会いに来たんだ。煩かったから孫も連れてきちゃったが、大人しくさせとくから許してやってな」
「まご……あ、葉月?」
「そうだよ。彼を連れてもうすぐ来るからね。起きられそうかい?」
「う、ん」
葉月と同じで身体が大きい睦月先生は、僕の背中に手を差し込んで「よいしょ」という掛け声と共に抱き起こしてくれた。
まだ怠い身体。頭もぼんやりとする。
思考がままならない状態でも、睦月先生は怒らず「お水いるかい?」と僕を気遣ってくれる。
ええと、僕はどうして倒れたんだっけ?
確か、旅館で……ロビーで、お話してた。ん、と……草加部君。そう、草加部君とお話してた。それから……魅色ちゃんとも、話したね。それで……えっと……
ええっと……。
……。
ああ……
いきなり倒れちゃったんだ? うわ……みんなに心配かけちゃった。
「ごめんなさい……」
ポツリと、独り言のように口にすると、それを睦月先生が聞いてたのか、「大丈夫」と言ってくれた。
睦月先生、相変わらず優しいな。
ぼんやりとしたまま、僕は睦月先生にあることを聞こうとした。
「喉が乾いたろう。水か、お茶でも飲むかい?」
「先生。あのね、僕……」
僕が睦月先生に声を掛けるよりも先に、パタパタという足音が聞こえてきた。
誰? と、足音のする方に頭を動かすと、息を弾ませた葉月がゾロゾロと人を引き連れてやってきた。
「大丈夫っ!? りゅ……」
「柳ちゃんっ! ああ、ごめんなさい! 私、あなたを残して部屋に戻っちゃって……ああ、気がついて本当に良かった!」
「ったく……あんまり心配掛けさせんなよな」
声を掛けられた順番は。
葉月、魅色ちゃん、それから草加部君。
すごい。初めて見る組み合わせに言葉が出ないでいると、睦月先生が怖い顔をして三人に怒鳴った。
「喧しい! まだ起きたばかりだ! 騒ぐならもっぺん叩き出すぞ!」
「「「ごめんなさい」」」
もっぺん、てことは……その前も叩き出された、のかな?
やっぱりぼんやりとしたまま、僕がそんなことを思っていると、その奥からもう二人……。
一人は黒い髪のスーツを着た男の人。睦月先生ほどじゃないけど、四十代から五十代くらいの人。誰だろう? 背が高くて細身のその人は、僕を見るなり眉をハの字にさせてすぐに顔を反らした。
それを見た葉月がその人に向かって「てめえ……」と顔を怖くさせると、睦月先生がその葉月の頬をバチンと叩いた。
「言葉遣いに気をつけんか」
「ってえ……だってよ! こいつはっ……!」
「片岡君。今はやめてもらえますか? 貴方を不快にさせるために、この男を連れてきたわけではありません」
「そう、だけどっ……」
葉月は苦虫を噛み潰したように何かを言いかけるけど、「わかったよ」と自分を抑え込んだ。
黒い髪の男の人は、やっぱり僕から顔を反らしている。でも、心配そうな顔をしてチラチラと視線を僕に向けていた。
その男の人の横には……
「柳。気がついて良かった……」
突然、僕の身体は抱き締められた。フワッと香る僕の好きな匂いと共に。
「あ……」
どうしよう。こんなに周りに心配を掛けさせてしまったのか、と。僕は申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい……」
僕は謝った。どうして倒れてしまったのか、それはまだ思い出せないままだけど、たくさんの人に迷惑を掛けてしまったんだ。
僕を抱き締めたこの人は、「いいんだ」と優しく声を掛けてくれた。ああ、なんて優しいんだろう。
魅色ちゃんは泣いている。葉月や草加部君は複雑そうな顔をしているけれど、口端を上げて微笑んでいた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
「あの……」
「ああ、すまない。力が強かったな……」
「ううん。そうじゃなくて……」
僕は目の端に涙を浮かべている赤い髪の男の人に尋ねた。
「心配掛けて、ごめんなさい。それで、あの……あなたは、誰……ですか?」
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