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結婚しました

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 再び、ティーカップを持って紅茶を一口分、口内に含んだ。

 すごく美味しい。

 飲むたびに、そう感じさせられる。なんていうか、いちいち味覚と脳を楽しませてくれるようで。

 美食家じゃないし、紅茶通でもないから。洒落た感想なんて出ないけど。

 わかりきっていることなのに、「美味しい」の前にこの単語をつけずにはいられない。

「本当に美味しい」

 素直に口から毀れてしまう。

 それを耳にした海さんは、「それはよかった」と。あまり興味なさげに相槌を打った。

 そして先ほどの話に戻るけど。

「貴方の言う龍一様とはプライベートでもお付き合いがあります。昔から真城とは縁がありまして、幼少時からあの方を存じています」

「そうなんだ。じゃあ、僕より付き合いが長いんですね」

「ええ。しかしだからといって、公私混同はありません」

 だよねぇ。龍一様ってその辺、すごく厳しい方だから。ありえないもん。

 うんうん。

「えっと、海さんと龍一様の関係はわかりました。じゃあ次は……」

 何を聞こうか? と。

 実は、聞きたいことは山ほどあったのに、質問のそれらを一切、纏めてきてはいない。

 一度は、質問を纏めておいて海さんに聞いてみようって考えたんだけど、それはナシだなって即決した。

 だってさ。

 これから一緒に暮らしてくっていう旦那さまだから。わからないことはこれから知っていけばいいんだし。インタビューじゃないんだから、会ってすぐに質問攻めなんて、僕は嫌だもん。

 僕抜きで進んでしまったことだから僕は何も知らない。だから知る権利も、義務もある。

 でも、質問攻めはだめだ。

 したくない。

 それに、ほら。

 質問を纏めてくるの、面倒だし。

 僕がここに来てから経つこと一時間。

 とりあえず、今わかっている旦那さまのことを纏めると。

 旦那さまの名前は紫瞠海(あ、名前はここに来る前から知ってたよ)。

 現在二十六歳(それよりも若干若く見えるけど)。

 初等部から大学院までエスカレーター式の、ある私立に通っていて、大学を卒業と同時に顔馴染みの龍一様の領土を借りてお店を経営。そのお店の仕事概要は今の僕には言えないらしく、成人したら詳しく教えてくれるとのこと(なんでかな)。とにかく、女性従業員が多くて、接待にはもってこい? のお店らしい。

 それから、最上階のこの新居。本当に新居らしくて、必要な家具家電用品等はとりあえず置いてあるものの、生活感はまったくない。わざわざこの結婚のために用意したという。

 家賃等の金銭面の心配をすれば、彼はさらりと。

「買いました」

 だから何も心配はない、とのこと。

 お金持ちなんですね、と言えば。彼は「でしょうね」とどこか自虐的に微笑んだ。

 すっかり空になったティーカップをソーサーに置くと、海さんはベランダへと続くガラス戸の、向こう側。

 外へと、視線をやった。

「日も傾いてきましたね」

 橙の夕焼けに街が染まるこの時間。

 なんでもないように、海さんはただ夕日を眺めていた。

 しばらく、二人とも黙っていた。

 ただ時だけが静かに流れていった。

「柳」

 名前を呼ばれる。

「はい?」

 返事をすれば、海さんはまっすぐに僕を見て、やや低い声音でこう言った。

「私からも質問があります」

「なんですか?」

 聞く体勢に入ると、海さんは口を開く前に立ち上がり、僕の座っているソファまでやってきて隣に腰掛けた。

 そして、僕の頬に手を添えて、上を向かせるように固定する……って。

 あの、顔がすごく近いんですけど……。

「海さん? どうし……」

「貰ってくれと、言いましたね」

「? はい」

 相手の息がかかりそうなくらい、至近距離で見つめられて。

 僕は海さんから尋ねられた。

「それはどういう意味で、言いましたか?」

「言葉の通り……ですけど」

 やや詰問調なのは置いておこう。

 でも、少しだけど、海さんが恐い顔になっている気が……しないでもない。

 ちょっと、ひるんでしまった。

「私のモノになる……。そう聞こえましたが」

「そう、です」

 そのつもりです。

「貴方は、どういうつもりでここに来ましたか?」

「奥さんになるつもりで、ここに」

 というか、それしかないんですけど。

「では、貴方にとって妻とはなんですか?」

「僕にとって?」

 えっと……どういう意味、なのかな。

「命令されたとはいえ、貴方はどういうつもりで私の妻になったのですか?」

 暗い目がぐっと近くなった。

 相手の真意を汲み取ろうとか、そんな生易しいものじゃなくて。

 相手の奥底を引きずり出すかのように、魅入られる。

 でも、僕をそんなに見ても、掴むものなんて何もないのに。

 だって、僕は……。

「海さんのものになるつもりで、ここに来ました」

 それしかないんだからさ。

 いや、そもそも。

「僕、あんまり深く考えてないんだ。なんで結婚なのかな、とか。どうして結婚なのかな、とか。そもそもなんで僕なのかな、とか。疑問はいっぱい出たけど、もう決められてたことだし、まぁいいや、って。今回のお話合いだって、貴方の奥さんになることはもう決まっているのに、どういう意図でセッティングされたのかもよくわかってないけど、なるようになればいいやって」

 こんな言い方、むかつく? 投げやりみたいで、どうでもいいみたいって思われるかもしれない。

 一方、海さんは変わらず、僕を放さない。

「決められていたにせよ、ふざけた話だとは少しでも思わなかったのですか?」

「ありえない話だな~とは思ってました。日本で同性同士は結婚できないし」

 カナダは、できるんだっけ?

「それよりも、嫌悪感はなかったのですか? 貴方は同性愛者ではないでしょう?」

「ん~、わかんないです。誰とも付き合ったことがないし。そもそも、恋とか愛とかがよくわからないから」

「……」

 好き嫌いはわかるよ。

 友達とか、知り合いとかに抱いている「好き」っていう感情はわかる。けど、それ以上に好きとか、また別の意味で好きとか。それが、よくわからない。

 エッチもしたことないからわかんないけど、キスなら誰とやっても嫌じゃないし。あ、でもベロチューはまだやったことがないや。けどもし、海さんとしたとしても、きっと嫌じゃないだろう。キスが特別だっていう人がいるけど、僕にとってはそんなもん。

 いわゆる、「愛してる」の感情が、僕にはわからない。
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