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結婚しました

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 僕はつい二週間前まで、「真城ましろ家」のご厄介になっていた。一年半という短いようで長い間、僕はその「真城家」で暮らして、その家の方々に大変お世話になったんだ。

 誰もが想像できる典型的な日本庭園が常備の立派なお邸。外への塀は高く、ででんと大きな門構え。廊下を歩けば、派手な服を着た強面の若い兄さんたちから貫禄あるおじ様までがいて。そして血の繋がりはないけど皆が皆、背中に龍を背負っている兄弟という、そんな「真城家」に、僕はいた。

 ちなみに、僕の名前は柳だけど、龍は背負っていない。

 いつだったか、皆はいったいどんなお仕事をしているのかと疑問に思うことがあった。一緒に暮らしている者として、一応知っておきたかった。

 それとなく聞いてみたら、たくさんのお店を経営しているのだとか。それ以上は語られなかったから、今もよくわかっていない。本当は教えるつもりもなかったみたいだし。

 はっきりしているのは、夜も忙しなくどこかに出かけたり、また突然いなくなる人もいたりと、お仕事は大変そうだということ。ただ、どこかに出かけるときはよく、光沢のある黒い何かや、細長い円筒状の何かを持って出て行くことが多い。

 ……とまぁ、わからないことだらけだったけど、ここでの生活は結構楽しかった。

 本当だよ。

 また、「真城家」当主こと、真城龍一様は五十を過ぎたというのに若々しく、精悍な男性で、僕が一番お世話になった人である。

 恩人だ。

 厳しさと優しさを併せ持って、僕に接してくれた人だった。家の人たち皆が、龍一様を尊敬しており、彼を中心として「真城家」はあった。

 そんなある日、「真城家」で風変わりな男性が出入りしているのを目撃した。

 人相、体躯、服装、雰囲気、そして真っ赤な髪の色が、あの「真城家」ではかなり存在が浮いていたから、たまたま覚えていた。

「じゃあ海さんは、龍一様の土地を借りてお店を経営しているから、たびたびあの家に出入りしていた……ってことですか?」

「そういうことです」

「へぇ~」

 あったかくて美味しい紅茶を飲みながら旦那さまこと海さんのお話を聞いています。

 どうも、新妻こと柳です。

 新居について早々、運転手さんがいたにも関わらず、旦那さまにハグされた僕はそのまま攫われるように部屋の中へと通された。運転手さんとは挨拶なく、そのままお別れとなった。

 しっかしまぁ。

 最上階、最上階と言われてきたけど、まさか最上階にある部屋が一つだけとは思っていなかった僕。つまり最上階全てが、僕たちの新居となる。

 車の中でまだ見ぬエレベーターに浮かれていて、今いるこのマンションの外観を見損ねていたこともあってか、どれだけ大きい所なのかもわかっていなかった。

 これは今から数時間後のことになるけど、改めて外に出てマンションの外観を見た僕から出た感想はといえば「でかっ!!」の一言。陳腐すぎるにもほどがある(海さんからは「今更ですか?」と真顔で尋ねられた)。

 そのため、部屋の最奥にあるリビングに通されたときに出た台詞も……。

「広っ!」

 だったんだろう。

 外からマンションを見ていれば、少なからずの想像はできていたのに。思わずポロリと出てしまった率直な感想だった。

 いや、マンションを確認した後でも、この感想だったかも……。

 にしても。一体、何平米あるんだろう? リビングだけで前に借りていた僕の部屋(八畳)四つ分はありそうなんだけど……。

 それにこのほかにも部屋があるらしく、お話の後に案内してくれるみたいだけど、口答では確か……「4LDKです」って言ってた。

 ちなみに、この新居には僕たち二人しか住まないらしく、余っている部屋などは好きに使えばいいと許可を出された。

 リビングの中央にあるソファに腰をかけるよう言われて、そのまま素直に座る僕に、海さんは「いい子ですね」と言い残してどこかへ消えた。

 その数十秒後、リビングの中を見渡している僕の前に、ティーセットを抱えた海さんが再び戻ってきて、そのまま互いの分のお茶を淹れた後、僕と向き合うように向かい側のソファに自身も腰を下ろした。ティーセットが置かれたテーブルを挟んで、僕たちが向き合うといった形になる。

 そしてようやく、海さんとのお話し合い。

 今に至るというわけだ。

 それで、順番に話をしてるんだけど、今は海さんと龍一様との関係について聞いている。旦那さまのこと、何も知らないからね。

「えっと、じゃあ……龍一様とはお仕事以外でもお付き合いとかあるんですか?」

「と、言いますと?」

 海さんが興味深そうに尋ねてくる。

 とても若くて、顔の造りも日系なのに同年代の男性とはどこか異なる印象を与える人だ。

 う~ん。

 長身で体型は割と細身ってのは、別に珍しくもないんだけど。

 鼻の形かな? 日本人にしては少し高いし。顎の辺りはシュッとしてるよね。輪郭も特に変わった形じゃないのにあんまり見ない形だし。唇だって。

 ああ、そうだ。特に目が他の誰とも違っている。こんな目、僕は見たことがない。切れ長だけど、そこが変なんじゃなくて。

 どこまでも深いその目で、相手の全てを見通そうとしている。深くて黒い……夜みたいな眼で。でも月が差し込むことさえも許さないような、暗い瞳。

 じぃっ、と。

 質問には答えずに、そのまま海さんを見つめていたら。

「私の顔が、何か?」

 と、尋ねられたため、

「海さんって、目が黒いよね」

 って答えた。

 答えてしまった。

「……」

「……」

 ……って。

 僕の馬鹿ぁっ!!

 何、当たり前のこと言ってるのさぁ!

 質問にも答えず、ただ僕が見つめたままぼうっとしてたから、海さんは促しただけなのに! 何でそんな当たり前のこと言っちゃったんだろ。

 うわぁ。海さんの表情もさっきと打って変わってるし。呆然としてるみたいだし。切れ長の目がなんだか丸くなってるしぃ!

 僕は恥ずかしくて赤くなった顔を隠すように、項垂れて謝罪した。

「ご、ごめんなさい……」

「ええ」

 全くです。と、いわんばかりに。

 海さんはこう続けた。

「髪の色を言われるならまだしも、目の色とはね……」

「え?」

 見上げれば。

 向かいに座っている海さんの表情は、まるで愉快そうに口端を上げていた。ニヤリ、といった感じの顔。

 そしてどこか、意地悪そうな顔。

 ああ、そっか。これ、見たことある。

 これは、そう。龍一様も同じ顔をするんだ。

 この、余裕がある大人だけがする表情。

 そっか。だから龍一様が、気に入ってるんだ。

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