【完結】檻の中の劣等種

天白

文字の大きさ
上 下
49 / 74

19

しおりを挟む

 ――――…




「…………ぅ」

 重い瞼をこじ開ける。しかし瞼を閉じている時とさほど変わらない、暗澹とした場所に俺はいた。

 頭が痛い。また、身体を動かそうとするも鉛のように重くて思うようにいかない。ここは、何処だ?

「…………シ、キ」

 シキの名前を口にする。でもここに、シキはいない。それだけはわかる。これは前にもあった。

 いつ? 何処で?

 わからない。考えようとすると、頭が真っ白になる。でもこれは、そう。前にもあった。ずっとずっと、前のことだ。

 たくさん、呼んだ。たくさん、叫んだ。たくさん、泣いた。

 それなのに、誰も俺を助けてくれなかった。誰も僕を、助けに来てくれなかった。

 たくさん、たくさん、待ったのに。

 僕を見つけてくれなかった。

 僕を忘れてしまったの? 時間すらわからないその場所でいつしか僕は、全部を忘れようと思った。

 待っても、待っても、来てくれないなら。見つけてくれないなら。

 希望なんて抱いても虚しいだけだから。

 だから僕は…………俺は蓋をしたんだ。

「…………シキ…………たけ、とら…………」

「ああ、起きたね。すまない。手荒な真似をして」

 パッと灯る明かりが辺りを照らした。眩しくて瞼を再び閉じると、コツコツと音を立てて誰かがこちらへやって来た。

 何度か瞬きを繰り返し、うっすらと瞼を開けると若い男が一人、俺を見下ろしていた。

 顔がよく見えない。ああ、眼鏡をしていないからか。でも、この声は間違いない。

「ま……の、せん……せい?」

「そうだよ。まだ頭が重いだろうけど、しばらくしたら治るからね」

 ここが何処で、今が何時で……そんなことはどうでもいい。

 馬野先生が俺を拉致した。それだけははっきりとわかった。だからこそ、何故なんだろう?

「ど……して…………こん、な……」

「それはもちろん、君が欲しかったからだよ」

 悪びれのない声音。それが逆に恐ろしく感じた。

 恐ろしいだけじゃない。寒気すら感じる。いや、寒い。腕を動かそうとすると、その前に馬野先生が俺の頬に触れた。

「少し冷えたね。仕方ないか。ここまで連れてくるのに、全部剥ぎ取ってきたから」

 その台詞にようやく俺は、自身が何も身に纏っていないことを知った。寝転がっている場所もベッドの上だ。素っ裸の上にブランケットが被さってはいるけれど、肩が出ていて身体が冷えるのは当たり前だった。

 剥ぎ取ってきた、と言った。ということは、この会話はシキに届いていないんだろう。どころか、俺が拉致をされて何処に連れてこられたのかもわからないのではないか。

 あの学校には武虎以外にシキの部下の人が待機していただろう。しかし、こうして彼が俺を連れてきたということは、阻止ができなかったのか。

 それにしてはあまりにもタイミングが良すぎる。最初から俺を狙っていたのだとしたら、たとえ体育の時間に見学者として俺が保健室へ行くことは読めたとしても、その俺が一人きりになれたのはたまたま代理の先生が席を外したからだ。それがなければこんな風に俺を拉致することもできなかっただろうに。

 しかしその謎はあっさりと解明された。

「金で生徒を売るなんて、いやはや怖いね。しかしこんな安い買い物、他にないと思うよ」

 なるほど。金であの先生を買収したのか。だからあんな人ひとりが入れるような馬鹿でかいスーツケースまで持ってきて……道理で出来過ぎていると思った。

 当然、携帯電話なんて衣服と共に捨てられているだろう。どうしよう。シキに連絡する手段がない。隙を見て逃げ出せればなんとかなるだろうか?

「驚いた。まだ薬が抜けていないとはいえ、冷静だね」

 冷静なもんか。でもこの時ばかりは感情が顔に出なくて良かったと思った。少しでも怯える様を見せたら終わりだ。反抗的な態度も駄目。嗜虐心も煽らないようにしなければ。

 なんだかとても怖い。この人の声のトーンだろうか? それとも、意識が遠のく直前に見た顔だろうか?

 この人は俺を閉じ込めていたあの老人に似ている。俺を人として見ていない。

 いったい何が目的なんだ? それにどうして俺なんだ?

 あの採血で血糖値を測ったわけではないと言った。なら、他の用途で使ったということだ。

 まさか……

「やはり稀少種だからかな。普通の人間とは違うね」

 血液型を調べたのか。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

【完結】片翼のアレス

結城れい
BL
鳥人族のアレスは生まれつき翼が片方しかないため、空を飛ぶことができずに、村で孤立していた。 飛べないアレスは食料をとるため、村の西側にある森へ行く必要があった。だが、その森では鳥人族を食べてしまう獣狼族と遭遇する危険がある。 毎日気をつけながら森に入っていたアレスだったが―― 村で孤立していた正反対の2人が出会い、そして番になるお話です。 優しい獣狼ルーカス × 片翼の鳥人アレス ※基本的に毎日20時に更新していく予定です(変更がある場合はXでお知らせします) ※残酷な描写があります ※他サイトにも掲載しています

処理中です...