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雫
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「…………ぅ」
重い瞼をこじ開ける。しかし瞼を閉じている時とさほど変わらない、暗澹とした場所に俺はいた。
頭が痛い。また、身体を動かそうとするも鉛のように重くて思うようにいかない。ここは、何処だ?
「…………シ、キ」
シキの名前を口にする。でもここに、シキはいない。それだけはわかる。これは前にもあった。
いつ? 何処で?
わからない。考えようとすると、頭が真っ白になる。でもこれは、そう。前にもあった。ずっとずっと、前のことだ。
たくさん、呼んだ。たくさん、叫んだ。たくさん、泣いた。
それなのに、誰も俺を助けてくれなかった。誰も僕を、助けに来てくれなかった。
たくさん、たくさん、待ったのに。
僕を見つけてくれなかった。
僕を忘れてしまったの? 時間すらわからないその場所でいつしか僕は、全部を忘れようと思った。
待っても、待っても、来てくれないなら。見つけてくれないなら。
希望なんて抱いても虚しいだけだから。
だから僕は…………俺は蓋をしたんだ。
「…………シキ…………たけ、とら…………」
「ああ、起きたね。すまない。手荒な真似をして」
パッと灯る明かりが辺りを照らした。眩しくて瞼を再び閉じると、コツコツと音を立てて誰かがこちらへやって来た。
何度か瞬きを繰り返し、うっすらと瞼を開けると若い男が一人、俺を見下ろしていた。
顔がよく見えない。ああ、眼鏡をしていないからか。でも、この声は間違いない。
「ま……の、せん……せい?」
「そうだよ。まだ頭が重いだろうけど、しばらくしたら治るからね」
ここが何処で、今が何時で……そんなことはどうでもいい。
馬野先生が俺を拉致した。それだけははっきりとわかった。だからこそ、何故なんだろう?
「ど……して…………こん、な……」
「それはもちろん、君が欲しかったからだよ」
悪びれのない声音。それが逆に恐ろしく感じた。
恐ろしいだけじゃない。寒気すら感じる。いや、寒い。腕を動かそうとすると、その前に馬野先生が俺の頬に触れた。
「少し冷えたね。仕方ないか。ここまで連れてくるのに、全部剥ぎ取ってきたから」
その台詞にようやく俺は、自身が何も身に纏っていないことを知った。寝転がっている場所もベッドの上だ。素っ裸の上にブランケットが被さってはいるけれど、肩が出ていて身体が冷えるのは当たり前だった。
剥ぎ取ってきた、と言った。ということは、この会話はシキに届いていないんだろう。どころか、俺が拉致をされて何処に連れてこられたのかもわからないのではないか。
あの学校には武虎以外にシキの部下の人が待機していただろう。しかし、こうして彼が俺を連れてきたということは、阻止ができなかったのか。
それにしてはあまりにもタイミングが良すぎる。最初から俺を狙っていたのだとしたら、たとえ体育の時間に見学者として俺が保健室へ行くことは読めたとしても、その俺が一人きりになれたのはたまたま代理の先生が席を外したからだ。それがなければこんな風に俺を拉致することもできなかっただろうに。
しかしその謎はあっさりと解明された。
「金で生徒を売るなんて、いやはや怖いね。しかしこんな安い買い物、他にないと思うよ」
なるほど。金であの先生を買収したのか。だからあんな人ひとりが入れるような馬鹿でかいスーツケースまで持ってきて……道理で出来過ぎていると思った。
当然、携帯電話なんて衣服と共に捨てられているだろう。どうしよう。シキに連絡する手段がない。隙を見て逃げ出せればなんとかなるだろうか?
「驚いた。まだ薬が抜けていないとはいえ、冷静だね」
冷静なもんか。でもこの時ばかりは感情が顔に出なくて良かったと思った。少しでも怯える様を見せたら終わりだ。反抗的な態度も駄目。嗜虐心も煽らないようにしなければ。
なんだかとても怖い。この人の声のトーンだろうか? それとも、意識が遠のく直前に見た顔だろうか?
この人は俺を閉じ込めていたあの老人に似ている。俺を人として見ていない。
いったい何が目的なんだ? それにどうして俺なんだ?
あの採血で血糖値を測ったわけではないと言った。なら、他の用途で使ったということだ。
まさか……
「やはり稀少種だからかな。普通の人間とは違うね」
血液型を調べたのか。
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