【完結】檻の中の劣等種

天白

文字の大きさ
上 下
41 / 74

11

しおりを挟む

 運が良いのか、目の前にいるのは校医だ。医者ならば相談すれば、これが何かわかるだろうか?

 俺は劣等種であることを伏せ、自身でわかる症状と身体の変化について伝えた。

「昨日からずっと、甘いものが食べたくなるんです。それまで甘党だったわけじゃなくて……急にお腹が空く感じがして、食べないと気分が悪くなるというか」

「力が抜けちゃう?」

「ぼーっとします」

 普段からぼんやりとしている自覚はあったけれど、以前よりそれが増した気がする。特に今日はふわふわと頭が寝惚けているような感じがある。あれだけぐっすり眠った筈なのに。

 馬野先生は「ふむ」と一瞬だけ考えるポーズを取った後、俺に向かって一つの可能性を告げた。

「それはもしかしたら低血糖かもしれないね」

「低血糖?」

「血糖値が正常範囲より下がってしまうことだよ。異常な空腹感や集中力の低下などが症状的に当てはまりそうだね。もちろん、検査をしないことにははっきりとしたことは言えないんだけど……」

 すごい。症状が当てはまっている。それは病気とは違うのかな。

 可能性が示されただけでも、俺は安心した。これがもしも劣等種だから、という理由だったら……きっと落ち込むどころじゃなかったから。

 胸を撫で下ろす俺に、馬野先生は医療器具が入っていると思しき壁際の棚からペンタイプの器具を取り出した。

「こういう血糖測定器があるから、今すぐ検査ができるよ。まだ食前みたいだしね」

 検査と聞いて思わず腕を擦った。注射とか、痛いのは勘弁なんだけど。でもこの思考は無表情の俺でも馬野先生には伝わったようで……

「痛くないよ。血糖値を測るだけだから」

 と、クスクス笑われた。

 どうして伝わって欲しくない考えが伝わってしまうのか。俺は勝手に赤くなる頬をそのままに、先生に向かって「お願いします」とぶっきら棒に言った。

「じゃ、右手を出して」

 器具を手にしたまま馬野先生は俺の隣に座ると、左の手の平を差し出した。その上に、俺は言われるがまま自分の右手を乗せると、彼はその手をアルコール綿で消毒する。特に人差し指を念入りに消毒され様子を観察していると、その指の腹に器具の先を押し当てられた。

「いたっ」

 ブツッという、肉が裂けた感覚が俺の指先から広がった。

 痛い。地味に痛い。誰だよ。さっき痛くないとか言ったの。

「穿刺しただけだよ。大丈夫」

「……はい」

 冷静な態度の先生に、俺は恨みがましく目を細めた。

 指の上でじわりと血玉が作られると、スポイトのような物で微かな血が吸い出されていく。その工程が何度か繰り返された後、微量に採血された俺の血は器具の中に収められ、出血した部分に絆創膏を貼られた。先生は採血した器具にキャップを取りつけ、「お疲れ様」と俺の頭を撫でた。むぅ。みんな俺を子供扱いする。

 俺は前髪を直しながら、検査について尋ねた。

「結果はすぐにわかるんですか?」

「明日以降にはわかるよ。さ、昼休みが終わってしまう。食事をどうぞ」

 促されて、俺はチュロスを手に取ると大口でそれを食べ始めた。あ~美味い。昨日のドーナツも美味かったけど、このチュロスも最高の甘さだ。

 サンドウィッチより何倍も腹が満たされていくのがわかる。もう三食全てがデザートやお菓子だけで済んでしまえばいいのに……なんて思いながら、俺はチュロスを頬張った。その様子を見てなのか、馬野先生がフッと微笑を浮かべた。

「何か?」

「ああ、いや。今日は美味そうに食べていることがわかってね。ここのチュロスは評判だから、並んで買った甲斐があるよ」

 何処の店のチュロスなんだろう? 俺も買いに行きたいくらいだ。

 黙々と食べている俺の様子を、馬野先生は何が楽しいのかニコニコと見つめている。う……ちょっと気まずい。

 何か話題はないかと、ぼんやりする頭の引き出しを探り、その中で見つけた無難だろう質問を彼に振った。

「先生が甘党なのって、昔からなんですか?」

「そうだね。でも元は私の知り合いがきっかけだったけど」

「知り合い?」

 首をコテンと横に傾けると、馬野先生は特に渋る様子もなく、何処か懐かしむように語り出した。

「まだ子供だった頃に通っていた塾でね。別のクラスの子だったけど、とにかく頭の良い子がいて、その子が毎食後に必ず菓子やデザートを食べていたんだ。それまで特に甘いものが好きなわけではなかった私は、その子に憧れて真似をするようになった。勉強も食事も、その子を見習うようになったんだ」

 ぼんやりしている俺の頭でもピンと来た。馬野先生は塾と言っているけれど、きっとそれは以前に聞いたあの養成機関のことだ。

 羽柴さんが通っていたという、天才を育てる場所。ということは、馬野先生の言う知り合いというのはおそらく……

「それに甘いものを摂れば頭が良くなるかもしれないっていう、我ながら子供じみた考えがあったからね。続けていたら、いつの間にか甘党になってしまっていたけれど」

 苦笑する先生に、俺は尋ねた。

「その知り合いの人は……今はどうされているんですか?」

 すると、先生は神妙な顔つきになって首を横に振った。

「わからない。塾も途中で辞めてしまったからね。将来有望な子だったのに、何処かに引き取られたと聞いた。家族も蒸発してしまったらしいしね」

「そう、なんですか」

 間違いない。羽柴さんのことだ。羽柴さんは馬野先生と淡白な関係のように語っていたけれど、馬野先生は羽柴さんを慕っていた。

 そして先生は、渇望している。

「もしもだけど、私と近い年齢で『中瀬』という男性を見つけたらどんな情報でもいい。教えてくれないかい? 私は彼に会いたいんだ」

「はい…………もし、見つけたら」

「ありがとう」

 だからといって、俺は彼に応えてあげられない。これはきっと、羽柴さんと馬野先生が向き合うべき問題だからだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

溺愛展開を信じるには拾い主が怪しすぎる

蟹江カルマ
BL
ちょっと胡散臭い美形猫飼いお兄さんが、優しさ耐性ゼロのやさぐれ元工員を拾いました。 あるもの ・怪しいけどほんとは優しい金持ち美形攻め ・疑り深いけど次第に懐く不憫受け ・すれ違いからのハピエン ・えろ ・猫ハーレム 性描写は※つき。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

処理中です...