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雫
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しおりを挟む翌朝。
ぐっすりと眠った俺は安心感からか、いつもの時間に起きられなかった。すっかりシキと共に寝過ごしてしまい、朝早くに来てくれた羽柴さんにフライパンを叩かれ、慌てて起きるという体たらくぶりを発揮した。
それでもまだ寝足りなくて、ぼんやりとする頭のまま提供される朝食をもそもそと食べた。しかし食欲だけは旺盛なのか、昨日食べられなかったジャムパンの代わりに、クランベリージャムをたっぷりと塗った厚切りトーストを二枚も食べてしまった。
学校へ行っても俺は変わらず昨日と同じだった。どころか、授業中も甘いものが欲しくて堪らず、休み時間にイチゴ牛乳を買った。また帰ったらシキに注意されるだろう……それがわかっていても、摂取しなければ気が済まなかった。
紙パックのそれにストローを挿して、チュウチュウ吸うだけでも気分はいくらか落ち着いた。イライラしているんだろうか? それともムカムカ?
自分の身体に何が起こっているんだろう? 少しだけ心配になりつつも、まだ二日程度ならと、あまり深く考えないようにした。
昼休みになると俺は購買へ行き、サンドウィッチを買った。甘いものばかり食べては駄目だと、普段から食べるミックスサンドにした。また、昨日のこともあり校庭は危ないだろうと、場所を変える為にウロウロしていると馬野先生に会った。
「葛城君? どうしたの、ここで。昼は?」
「今からです。何処で食べようか迷ってて……」
「校庭はまたボールが飛んでくるかもしれないから?」
「ええ、まあ……俺もまだ命が惜しいんで」
「面白いね、君は。保健室で良ければ貸そうか?」
流れるようなやり取りで、またも保健室に誘われてしまった。俺はそれでもいいんだけど……
「他の生徒の邪魔になりませんか?」
体調不良者がいる場合、その横でサンドウィッチを食べる他人がいたらオチオチ休めもしないだろう。
しかし予想に反してこの学校は健康優良児が多かった。
「ここはみんな、私に仕事を与えてくれないからね。むしろ歓迎するよ」
そう言われてしまっては無下に断れない。昨夜、シキがあまり快く思わなかったのもあるからなるべく避けたかったんだけど、俺は先生の誘いを甘んじて受け入れることにした。
「失礼します」
保健室へ着くと、一応の挨拶をしてから入室する。すると、今日は蜜柑のような香りが仄かに立ち込めていた。
「これ、何の香りですか?」
「今日はシトラス。柑橘系の香りは外れがないからね」
「ふーん」
ティートゥリーじゃないんだ。このシトラスも嫌いじゃないけれど、俺は昨日の香りの方が好きだったな。内心、残念に思いながら俺はローテーブルにサンドウィッチの入った紙包みを置いた。
ソファに腰を下ろしながら中身を取り出すと、馬野先生が意外そうな声をあげる。
「おや、今日はサンドウィッチ?」
「はい。昼はいつもこれで……」
「残念。甘党仲間が増えたと思っていたんだが」
肩を竦めて微苦笑する。俺自身、甘党ではないと思うけれど、本当はとても甘いものが食べたい。今日の朝食とのバランスを考えてサンドウィッチを買ったものの、あまり食指が動かなかった。
そういう馬野先生は今日もドーナツを買ったんだろうか? 気になった俺は尋ねてみた。
「今日も冷蔵庫にドーナツがあるんですか?」
「今日はチュロスだよ。食べるかい?」
思いがけない誘い。昨日は潰されたジャムパンのお詫びとしてもらったけれど、今日はそれをもらう資格がない。これではまるで、俺がねだっているようじゃないか。
しかし自分の喉はゴクリと鳴っていた。
「食べていいの?」
「いいよ。但し、他の子には内緒ね」
自分の口元に人差し指を立てる先生に、俺は二回も頷いた。
帰ったらシキに怒られそう……そんな罪悪感よりも、食べたい欲求の方が遥かに上回っていたけれど。
馬野先生は昨日と同じく冷蔵庫からチュロスを取り出し、それを小皿に乗せると俺の前に差し出した。シロップがコーティングされ輪っかを描いたチュロスが、他の何よりも魅力的に見えた。
俺は食べようとしていたサンドウィッチを置いて、甘い誘惑を発するチュロスへと手を伸ばす。
そんな俺の様子に、馬野先生が怪訝そうにサンドウィッチを指差した。
「これはいいの?」
ピタッと止まる俺の指先。シキがいたなら、きっとサンドウィッチを選ぶよう俺に言うだろう。チュロスを食べるにしても、まず先にサンドウィッチを食べてからだと注意が入る。今もそう思いながらこれを「聴いて」いるのかもしれない。
でも俺は、サンドウィッチを食べたくない。食べたらそれを吐き出してしまうのではないか。そう感じるくらい、甘いものを摂りたい。甘いものしかいらない。
こんなの、まるで砂糖に頭を侵されているみたいだ。俺のこの身体の変化は、本当に何なんだろう?
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