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武虎
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「俺が七歳で、シキが十四歳だったかな。初めて出会った時はどっちもガキだったけど、シキは既にシキという人間を確立させていた。子供っぽさは全くなくて、今の俺が座っているような椅子にこう、優雅に脚を組んでてさ。澄ました顔で難しそーな分厚い本を読んでんの。俺は知らない間にシキの前に連れて来られてわけわからん状況だってのに、シキは見向きもしなかった。ああ、この人は何も関心がねえんだなって思うのと同時に、どうしてアイツとギャンブルをやったんだって疑問しかなかったよ」
アイツ、という単語に俺は肩眉を上げた。シキとギャンブルをやった相手は武虎の父親じゃなかったか? 自分の親相手にその言い方は普通、するものなのだろうか?
俺は話の続きに耳を傾ける。
「俺は元々中瀬っていう家の子供だった。これは父方の姓な。下の名前も武虎じゃない」
「武虎じゃないの?」
「残念?」
俺は首を横に振る。武虎は話を続けた。
「俺は幼少期、まあまあ能力的に秀でてて、父親曰く稀少種の家系なんだから普通よりできて当たり前だと言われ続けて育った。どの先祖が稀少種なのかは曖昧にしていたからデマだったかもな。まあ、その辺りは気にせずそんなもんかと過ごしてきたんだけど、事あるごとに殴られててね。テストで一つでも点を落としたら殴られ、話に意見をしたら殴られ、何も言わなくても殴られの日々。そんな感じで厳しかったから小学校には入らず、ある財団法人が運営する養成機関に放り込まれた」
「養成機関?」
「天才を育てようって趣旨の専門機関があってさ。勉強や研究も何でも好きなことをやって伸ばしなさいってところだったんだけど、俺は五歳の時にそこの入学試験をパスしちゃったんだよね」
「それは……」
「ん?」
「すごいこと、なんだよね?」
「そー。実は武虎ちゃん、頭いーの」
おちゃらけて言っているけれど、それはどのくらいすごいことなんだろう? 俺は五歳の頃の記憶自体がないけれど、そんな幼い頃にテストなんて受けられるものなの? 実は武虎、こうやって気安くお目にかかれないような人なんじゃ?
少しだけ緊張しつつも続けて、と俺は促した。
「それから俺は半日以上をそこで費やすようになった。殴られる回数自体は減ったんだけど、早く功績を残せと毎回飽きずに言われ続けた。ただ勉強しろって場所じゃないから、結果を求められたんだ。そんなある日、アイツがシキとギャンブルをしてボロ負けした」
「どうしてシキとギャンブルをしたの?」
「さあ? 上手い話でも持ちかけられたんじゃねえの? アイツは年端もいかない子供に負けたってんで穏便にやり過ごそうとしたんだけど、賭けは賭けだ。それもアンオフィシャル。そしてアンオフィシャルだからこそ、誓約書の力は大きい。財産の一部を寄越せというシキに、アイツは俺を差し出した。真実を知って、捨てられたのかとわかるのと同時に、ようやくアイツから解放されたと背中が軽くなったよ」
「嬉しかったのとは、違うの?」
「そうだな。複雑だったかも」
当時を思い出しているのか、苦笑する武虎。家族がいない俺には武虎の気持ちがわからない。でも、殴られる日々から解放されたという事実は、聞いている俺に「良かった」と感じさせた。
「後からわかったことだけど、シキはわざと俺を差し出すようアイツに仕向けたんだよな。どうして俺を手離させるようなことをしたのかはわからないけれど、シキはその養成機関に顔を出していたから、俺がアイツに殴られているところでも見てたのかもな」
それを聞いて、俺は自分がシキによって檻から連れ出された日のことを思い出した。状況は違っても、武虎もまた父親という檻から解放されたんだろう。なんだか似ているな。そう思った。
しかしここで、武虎は大きく肩を竦めてみせる。
「そうは言っても、当初はシキの下で何をすればいいのかわからなかった。頭が少しばかり良いとはいえ、俺は当時子供よ? チビで力のない俺が何をしろっての。シキはシキで開口一番、俺に『料理はできるか?』とわけのわからんことを聞くし……ストレス溜まりまくって七歳にして禿げるかと思ったよ」
「禿げなくて良かったね」
「ほんとそれな!」
武虎がビシッと人差し指を向ける。
「当然ながら料理なんてしたことないわけで、最初はお手軽のおにぎりから始めたんだよ。子供の小さい手で握れるもんなんざたかが知れてるってのに、シキはもっと大きく丸められないのか、おにぎり以外に何か作れないのかといちゃもんばっかつけんの。教えてくれる大人がそもそもいないのに、やれるかー! って、シキにしゃもじを投げつけたわ」
「しゃもじ、投げたんだ……」
「もう腹が立って、腹が立ってさぁ……悔しいから調理師免許まで取ったっての!」
調理師さんだったんだ。意外な事実が発覚し、そして妙に納得した。羽柴さんの作る料理は何でも美味しいから、いつでもコックさんになれるんじゃないかと常々思っていたくらいだから……でも、悔しいから調理師免許を取ったって、それもやっぱりすごいよね?
羽柴さんのすごさが次々と露呈されていき、羨望の眼差しを向けると武虎が俺に向かってニヤリと笑った。
「なに、滴。俺に惚れちゃった?」
「え?」
アイツ、という単語に俺は肩眉を上げた。シキとギャンブルをやった相手は武虎の父親じゃなかったか? 自分の親相手にその言い方は普通、するものなのだろうか?
俺は話の続きに耳を傾ける。
「俺は元々中瀬っていう家の子供だった。これは父方の姓な。下の名前も武虎じゃない」
「武虎じゃないの?」
「残念?」
俺は首を横に振る。武虎は話を続けた。
「俺は幼少期、まあまあ能力的に秀でてて、父親曰く稀少種の家系なんだから普通よりできて当たり前だと言われ続けて育った。どの先祖が稀少種なのかは曖昧にしていたからデマだったかもな。まあ、その辺りは気にせずそんなもんかと過ごしてきたんだけど、事あるごとに殴られててね。テストで一つでも点を落としたら殴られ、話に意見をしたら殴られ、何も言わなくても殴られの日々。そんな感じで厳しかったから小学校には入らず、ある財団法人が運営する養成機関に放り込まれた」
「養成機関?」
「天才を育てようって趣旨の専門機関があってさ。勉強や研究も何でも好きなことをやって伸ばしなさいってところだったんだけど、俺は五歳の時にそこの入学試験をパスしちゃったんだよね」
「それは……」
「ん?」
「すごいこと、なんだよね?」
「そー。実は武虎ちゃん、頭いーの」
おちゃらけて言っているけれど、それはどのくらいすごいことなんだろう? 俺は五歳の頃の記憶自体がないけれど、そんな幼い頃にテストなんて受けられるものなの? 実は武虎、こうやって気安くお目にかかれないような人なんじゃ?
少しだけ緊張しつつも続けて、と俺は促した。
「それから俺は半日以上をそこで費やすようになった。殴られる回数自体は減ったんだけど、早く功績を残せと毎回飽きずに言われ続けた。ただ勉強しろって場所じゃないから、結果を求められたんだ。そんなある日、アイツがシキとギャンブルをしてボロ負けした」
「どうしてシキとギャンブルをしたの?」
「さあ? 上手い話でも持ちかけられたんじゃねえの? アイツは年端もいかない子供に負けたってんで穏便にやり過ごそうとしたんだけど、賭けは賭けだ。それもアンオフィシャル。そしてアンオフィシャルだからこそ、誓約書の力は大きい。財産の一部を寄越せというシキに、アイツは俺を差し出した。真実を知って、捨てられたのかとわかるのと同時に、ようやくアイツから解放されたと背中が軽くなったよ」
「嬉しかったのとは、違うの?」
「そうだな。複雑だったかも」
当時を思い出しているのか、苦笑する武虎。家族がいない俺には武虎の気持ちがわからない。でも、殴られる日々から解放されたという事実は、聞いている俺に「良かった」と感じさせた。
「後からわかったことだけど、シキはわざと俺を差し出すようアイツに仕向けたんだよな。どうして俺を手離させるようなことをしたのかはわからないけれど、シキはその養成機関に顔を出していたから、俺がアイツに殴られているところでも見てたのかもな」
それを聞いて、俺は自分がシキによって檻から連れ出された日のことを思い出した。状況は違っても、武虎もまた父親という檻から解放されたんだろう。なんだか似ているな。そう思った。
しかしここで、武虎は大きく肩を竦めてみせる。
「そうは言っても、当初はシキの下で何をすればいいのかわからなかった。頭が少しばかり良いとはいえ、俺は当時子供よ? チビで力のない俺が何をしろっての。シキはシキで開口一番、俺に『料理はできるか?』とわけのわからんことを聞くし……ストレス溜まりまくって七歳にして禿げるかと思ったよ」
「禿げなくて良かったね」
「ほんとそれな!」
武虎がビシッと人差し指を向ける。
「当然ながら料理なんてしたことないわけで、最初はお手軽のおにぎりから始めたんだよ。子供の小さい手で握れるもんなんざたかが知れてるってのに、シキはもっと大きく丸められないのか、おにぎり以外に何か作れないのかといちゃもんばっかつけんの。教えてくれる大人がそもそもいないのに、やれるかー! って、シキにしゃもじを投げつけたわ」
「しゃもじ、投げたんだ……」
「もう腹が立って、腹が立ってさぁ……悔しいから調理師免許まで取ったっての!」
調理師さんだったんだ。意外な事実が発覚し、そして妙に納得した。羽柴さんの作る料理は何でも美味しいから、いつでもコックさんになれるんじゃないかと常々思っていたくらいだから……でも、悔しいから調理師免許を取ったって、それもやっぱりすごいよね?
羽柴さんのすごさが次々と露呈されていき、羨望の眼差しを向けると武虎が俺に向かってニヤリと笑った。
「なに、滴。俺に惚れちゃった?」
「え?」
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