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第一章
蜂蜜よりも甘いもの… 17
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「嫌だったか?」
悪びれた様子もなく、シンが顔を覗き込む。レイヴンは逃げるように背を向けながら、必死に言葉を振り絞った。
「……っ……だ、だ……だって…………だって…………!」
「だって?」
「か…………っ…………からだ…………洗って、なぃ……」
「昨日の今日でそんなに汚れてないだろう」
「で、でも……」
吃りながら、レイヴンは申し訳無さそうに、ぎゅっと瞼を瞑った。
「…………きた、ない…………から……僕の、なんて…………だから…………シンさんの、口が……穢れ、ちゃう……」
罪人だから、と消え入るような声で最後に付け加えたその背中が、シンの目には普段の何倍も小さく見えた。
シンは宙を見上げながら頤に指を添え、「ふむ」と何かを考える仕草を見せたかと思うと、ある質問をレイヴンへ向けた。
「なあ、レイヴン。石は好きか?」
「……いし?」
藪から棒の質問に、そろりと半身振り返るレイヴンは、訝しげな表情を浮かべた。
するとシンは、パッと片手の平を顔の前に上げてみせると、
「礼代わりに、おもしろいものを見せてやるよ」
そう言って、自身の左側の瞳に指の腹を這わせた。直接眼球に触れるという恐ろしい行為を、平然とやってのけるシンは、再びその指をゆっくりと離しながらレイヴンの前に差し出した。そこには、彼の瞳と同じ色の、一粒の美しい翡翠がコロンと乗っていた。
声なく驚くレイヴンは、パッとシンの瞳を覗き込んだ。見れば、シンの両目には瞳がきちんと二つあった。
「あの……これは?」
「ただの石だよ。売ればそこそこ高くつく。どうしても食うに困るようなら換金してもいいし、物と交換してもいい。普段はお守りとして肌身につけてもいいし、例えばこうやって……」
と、どこから出したのか知れない銀のチェーンを右手に持つと、上手く石を取り付けて首飾りにしてみせる。それをシンは、そのままレイヴンの首にかけてやった。
「うん。指輪よりはこっちの方がいいな。よく似合ってる」
鎖骨下に輝く翡翠を眺めて、レイヴンは「綺麗……」と感想を漏らした。
すかさずシンが、茶目っ気たっぷりに自身の目元に向けて指を差した。
「こんな目ん玉から出しても、汚いって思わなかった?」
「あ…………ふふっ」
レイヴンはそれまで、自身が口にした言葉を振り返り、小さく苦笑した。
そしてもう一度、照れたようにその翡翠を眺めながら、その顔に微笑みを浮かべた。
「ありがとう、ございます。大切にします」
それは確かに喜びだった。レイヴンは生まれて初めての感情に戸惑いながらも、その翡翠を嬉しそうに眺めていた。
あと二日。彼と一緒にいる時間を……もしかしたら、これで最後になるかもしれない誰かと過ごすこの時間を大切にしようと、レイヴンは心に誓った。
しかしこの夜が、シンとレイヴンが小屋で過ごす最後の日となることを、この時の彼ら……いや彼は、知る由もなかった。
悪びれた様子もなく、シンが顔を覗き込む。レイヴンは逃げるように背を向けながら、必死に言葉を振り絞った。
「……っ……だ、だ……だって…………だって…………!」
「だって?」
「か…………っ…………からだ…………洗って、なぃ……」
「昨日の今日でそんなに汚れてないだろう」
「で、でも……」
吃りながら、レイヴンは申し訳無さそうに、ぎゅっと瞼を瞑った。
「…………きた、ない…………から……僕の、なんて…………だから…………シンさんの、口が……穢れ、ちゃう……」
罪人だから、と消え入るような声で最後に付け加えたその背中が、シンの目には普段の何倍も小さく見えた。
シンは宙を見上げながら頤に指を添え、「ふむ」と何かを考える仕草を見せたかと思うと、ある質問をレイヴンへ向けた。
「なあ、レイヴン。石は好きか?」
「……いし?」
藪から棒の質問に、そろりと半身振り返るレイヴンは、訝しげな表情を浮かべた。
するとシンは、パッと片手の平を顔の前に上げてみせると、
「礼代わりに、おもしろいものを見せてやるよ」
そう言って、自身の左側の瞳に指の腹を這わせた。直接眼球に触れるという恐ろしい行為を、平然とやってのけるシンは、再びその指をゆっくりと離しながらレイヴンの前に差し出した。そこには、彼の瞳と同じ色の、一粒の美しい翡翠がコロンと乗っていた。
声なく驚くレイヴンは、パッとシンの瞳を覗き込んだ。見れば、シンの両目には瞳がきちんと二つあった。
「あの……これは?」
「ただの石だよ。売ればそこそこ高くつく。どうしても食うに困るようなら換金してもいいし、物と交換してもいい。普段はお守りとして肌身につけてもいいし、例えばこうやって……」
と、どこから出したのか知れない銀のチェーンを右手に持つと、上手く石を取り付けて首飾りにしてみせる。それをシンは、そのままレイヴンの首にかけてやった。
「うん。指輪よりはこっちの方がいいな。よく似合ってる」
鎖骨下に輝く翡翠を眺めて、レイヴンは「綺麗……」と感想を漏らした。
すかさずシンが、茶目っ気たっぷりに自身の目元に向けて指を差した。
「こんな目ん玉から出しても、汚いって思わなかった?」
「あ…………ふふっ」
レイヴンはそれまで、自身が口にした言葉を振り返り、小さく苦笑した。
そしてもう一度、照れたようにその翡翠を眺めながら、その顔に微笑みを浮かべた。
「ありがとう、ございます。大切にします」
それは確かに喜びだった。レイヴンは生まれて初めての感情に戸惑いながらも、その翡翠を嬉しそうに眺めていた。
あと二日。彼と一緒にいる時間を……もしかしたら、これで最後になるかもしれない誰かと過ごすこの時間を大切にしようと、レイヴンは心に誓った。
しかしこの夜が、シンとレイヴンが小屋で過ごす最後の日となることを、この時の彼ら……いや彼は、知る由もなかった。
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