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「ゲーム2」4
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ルールを読み、愕然とした。
今回のゲームは親切にも、クリアに二パターンの方法を用意してくれている。両方ではなく、どちらか一方を選べばいいというものだ。しかしそのどちらもが俺にとっては、ひいてはバイロンにとっては厳しいものだった。
爪を剥ぐか、身体を舐める。前者は痛みの想像がつきやすい、極めてシンプルな拷問。後者は痛みこそ伴わないものの、プレイヤーに大いなる負担を強いてしまう。
そしてどちらか一方を選ばないとプレイヤーが……今回はバイロンが、雅と同じ目に遭ってしまう。
拳を作る手に自然と力がこもる。顔が強張り、明らかに様子のおかしい俺に、バイロンが心配そうに声をかけた。
「スグル。あそこには何と書いてあるんだ? 教えてくれ」
「そ……それは……」
制限時間は三十分。「ゲーム1」と違って余裕があるとはいえ、うだうだと躊躇っている場合ではない。
正直、痛いのは嫌だ。とても嫌だ。殴る蹴るの暴力もそうだけれど、爪って剥がした後も治るまで痛いって聞くし……本当に嫌だ。やりたくない。やりたくないけれど……
雅はきっと、それ以上に苦しく、痛かっただろうから。
俺はゆっくりと拳を解くと、俯きながらバイロンの前で、静かに両手を差し出した。もちろん、爪を上にした状態で。
「スグル?」
「つ、爪を……」
「爪?」
「生贄の……両手か、両足の……爪を剥げ、って……書いてある……」
「なっ……!?」
バイロンは絶句した。酷く驚いているようで、そうさせてしまったことに俺は罪悪感を覚えた。
声と両手が震え出し、情けないなと自分自身に思いながら、引き続きバイロンへ伝える。
「せ、制限時間は、三十分……魔法の使用は可能って、書いてある……だ、だから……バイロンには、本当に申し訳ないんだけれど……できれば、痛くないように……魔法を使って……ひ、ひと思いに、やって欲しい……」
言っていて、一気に全部剥がされるのは、さすがに痛いだろうなと思った。ルイスほどではなくとも、バイロンも魔法が使えるから、痛みを和らげることくらいはできるだろうけれど、再び爪が生えるまで長い月日がかかる。その時まで、痛みと無縁に過ごせるわけではないし、爪の形も完全に元に戻るわけでもない。どうしたって、痛みがつきまとう。
でも、目の前で自分以外の誰かが傷つく姿を見るのは、もっと嫌だ。
しばしの間、黙っていたバイロンだったが、決心がついたのか、俺の右手を下から掬うように取った。ああ、利き手からいくのか、とぼんやり思いながら、俺は目を瞑った。
すると、右手の指先に柔らかい何かが触れた。
「ひゃっ」
驚いて瞼を開けると、バイロンが俺の右手を自身の口元に引き寄せていた。ま、まさか……歯を使って爪を剥ぎ取るの?
一瞬で、両目に溢れんばかりの涙が溜まる。せめて事が終わるまでは瞬きをしないようにしようと、心に決めた時だった。
バイロンはフッと、微笑んだ。
「悪いな。スグル。俺はこのゲームを降りるぞ」
「えっ!?」
かけられたのは予想外の言葉だった。だってそれは、バイロン自身が罰を受けることを意味していたから。
なぜ? どうして? といった疑問符が頭の中で飛び交いながら、俺はおずおずと彼に尋ねた。
「それは……魔法を使えないってこと……?」
バイロンは首を横に振った後、俺に真摯な眼差しを向けた。
「魔法を使って痛みを感じなくさせることはできる。だが、このルールはどちらにしても、お前を傷つけてしまう。それだけはしたくない」
「で、でも……ゲームをクリアしなきゃ、バイロンがっ……!」
「大切な仲間を傷つけるくらいなら、死んだ方がマシだ」
はっきりと言い切るバイロンの目に、迷いはなかった。駄目だ。このままだと、制限時間が過ぎてバイロンが罰を受けてしまう。
だが、どうする? 残る一方のクリア条件は、プレイヤーにとって爪剥ぎよりも厳しいぞ。これを言っていいのか? 言ったところでバイロンを悩ませるだけじゃないのか? でも言わなければ……言わなければ……バイロンが……!
「ルールはっ……! ルールは、もう一つあるんだっ……!」
堪らなくなった俺は叫ぶように言った。バイロンは怪訝そうに眉を動かし、「もう一つ?」と聞き返す。
俺は壁面を指さしながら、正直に答えた。
「このゲームのクリア条件は……二つあるんだ。一つは今言ったように、両手か両足の爪を剥ぐこと。そしてもう一つが……い、生贄の身体を……舐める、こと。そのどちらか一方を実行すれば、クリアになるって……そう、書いてある……」
「身体を、舐める……」
バイロンがきょとんとした顔で呟くように言った。
ああ、ほら。やっぱり戸惑っているじゃないか。こんなの、誰もやりたがらない。だからクリアするには、爪剥ぎを選ぶしかないんだよ。
俺は項垂れながら言葉を続けた。
「舐める範囲は……上半身か、下半身のどちらかでいいって書いてあるけれど…………そんなの、どっちもい……」
「何だ。そんな簡単なことでいいのか」
「へっ!?」
今回のゲームは親切にも、クリアに二パターンの方法を用意してくれている。両方ではなく、どちらか一方を選べばいいというものだ。しかしそのどちらもが俺にとっては、ひいてはバイロンにとっては厳しいものだった。
爪を剥ぐか、身体を舐める。前者は痛みの想像がつきやすい、極めてシンプルな拷問。後者は痛みこそ伴わないものの、プレイヤーに大いなる負担を強いてしまう。
そしてどちらか一方を選ばないとプレイヤーが……今回はバイロンが、雅と同じ目に遭ってしまう。
拳を作る手に自然と力がこもる。顔が強張り、明らかに様子のおかしい俺に、バイロンが心配そうに声をかけた。
「スグル。あそこには何と書いてあるんだ? 教えてくれ」
「そ……それは……」
制限時間は三十分。「ゲーム1」と違って余裕があるとはいえ、うだうだと躊躇っている場合ではない。
正直、痛いのは嫌だ。とても嫌だ。殴る蹴るの暴力もそうだけれど、爪って剥がした後も治るまで痛いって聞くし……本当に嫌だ。やりたくない。やりたくないけれど……
雅はきっと、それ以上に苦しく、痛かっただろうから。
俺はゆっくりと拳を解くと、俯きながらバイロンの前で、静かに両手を差し出した。もちろん、爪を上にした状態で。
「スグル?」
「つ、爪を……」
「爪?」
「生贄の……両手か、両足の……爪を剥げ、って……書いてある……」
「なっ……!?」
バイロンは絶句した。酷く驚いているようで、そうさせてしまったことに俺は罪悪感を覚えた。
声と両手が震え出し、情けないなと自分自身に思いながら、引き続きバイロンへ伝える。
「せ、制限時間は、三十分……魔法の使用は可能って、書いてある……だ、だから……バイロンには、本当に申し訳ないんだけれど……できれば、痛くないように……魔法を使って……ひ、ひと思いに、やって欲しい……」
言っていて、一気に全部剥がされるのは、さすがに痛いだろうなと思った。ルイスほどではなくとも、バイロンも魔法が使えるから、痛みを和らげることくらいはできるだろうけれど、再び爪が生えるまで長い月日がかかる。その時まで、痛みと無縁に過ごせるわけではないし、爪の形も完全に元に戻るわけでもない。どうしたって、痛みがつきまとう。
でも、目の前で自分以外の誰かが傷つく姿を見るのは、もっと嫌だ。
しばしの間、黙っていたバイロンだったが、決心がついたのか、俺の右手を下から掬うように取った。ああ、利き手からいくのか、とぼんやり思いながら、俺は目を瞑った。
すると、右手の指先に柔らかい何かが触れた。
「ひゃっ」
驚いて瞼を開けると、バイロンが俺の右手を自身の口元に引き寄せていた。ま、まさか……歯を使って爪を剥ぎ取るの?
一瞬で、両目に溢れんばかりの涙が溜まる。せめて事が終わるまでは瞬きをしないようにしようと、心に決めた時だった。
バイロンはフッと、微笑んだ。
「悪いな。スグル。俺はこのゲームを降りるぞ」
「えっ!?」
かけられたのは予想外の言葉だった。だってそれは、バイロン自身が罰を受けることを意味していたから。
なぜ? どうして? といった疑問符が頭の中で飛び交いながら、俺はおずおずと彼に尋ねた。
「それは……魔法を使えないってこと……?」
バイロンは首を横に振った後、俺に真摯な眼差しを向けた。
「魔法を使って痛みを感じなくさせることはできる。だが、このルールはどちらにしても、お前を傷つけてしまう。それだけはしたくない」
「で、でも……ゲームをクリアしなきゃ、バイロンがっ……!」
「大切な仲間を傷つけるくらいなら、死んだ方がマシだ」
はっきりと言い切るバイロンの目に、迷いはなかった。駄目だ。このままだと、制限時間が過ぎてバイロンが罰を受けてしまう。
だが、どうする? 残る一方のクリア条件は、プレイヤーにとって爪剥ぎよりも厳しいぞ。これを言っていいのか? 言ったところでバイロンを悩ませるだけじゃないのか? でも言わなければ……言わなければ……バイロンが……!
「ルールはっ……! ルールは、もう一つあるんだっ……!」
堪らなくなった俺は叫ぶように言った。バイロンは怪訝そうに眉を動かし、「もう一つ?」と聞き返す。
俺は壁面を指さしながら、正直に答えた。
「このゲームのクリア条件は……二つあるんだ。一つは今言ったように、両手か両足の爪を剥ぐこと。そしてもう一つが……い、生贄の身体を……舐める、こと。そのどちらか一方を実行すれば、クリアになるって……そう、書いてある……」
「身体を、舐める……」
バイロンがきょとんとした顔で呟くように言った。
ああ、ほら。やっぱり戸惑っているじゃないか。こんなの、誰もやりたがらない。だからクリアするには、爪剥ぎを選ぶしかないんだよ。
俺は項垂れながら言葉を続けた。
「舐める範囲は……上半身か、下半身のどちらかでいいって書いてあるけれど…………そんなの、どっちもい……」
「何だ。そんな簡単なことでいいのか」
「へっ!?」
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