上 下
21 / 54

「ゲーム1」5

しおりを挟む
 叫ぶように伝えたことで、呼吸が荒くなる。肩で息をしながら、俺はくしゃりと顔を歪めた。

「で、できるわけ……なかったんだよ……雅が俺に……キス、なんて……せ、セル達も……そうだろ?」

 生死が懸かったものとはいえ、実の兄と……それも、これまで卑下してきた嫌いな兄と一分以内にキスだなんて、頭がイカれてでもない限り、できるわけがない。しかも口の中に舌を入れろときたもんだ。ゲームマスターは、雅の性格を知っていて、このゲームを企てたのか? そうだとしたら、ゲーム内容がクイズからガラリと変わったことについても納得する。

 でも、雅が退場したことでプレイヤーは交代した。交代したのに、ゲームの内容は変わらない。『ゲーム1』のままで、内容も一緒だ。ということは、一度出されたゲーム内容はクリアするまで変わらないということだ。『ゲーム1』の1は、はじめはレベルのことかと思ったけれど、ただ区別する為につけられているようだ。

 セルやルイス、バイロンは雅のように俺を嫌っているとは思わないが、それでも嫌だろう。その上、この三人は帝国じゃかなりモテる。俺とは違う。たとえば、相手の見た目が地味で平凡な子だとしても、俺みたいなやつは向こうからこっちに告白をしてくれただけで喜び舞い上がってしまう。けれど、この三人はきっとそうじゃない。選り好みができる部類の人達だ。そんな人達が、モサくて根暗でしかも男の俺にキスだなんて、死よりも耐え難い屈辱だろう。セル達に男色の気が少しでもなければ、このゲームは不利だ。

 でも……だけど……!

「これをやらなきゃ……やらなきゃ……セルも、ルイスも、バイロンもみんなっ……みんな、雅みたいに……雅みたいに、殺されちゃうっ……!」

 あんな残酷な光景を見てしまったんだ。断末魔すら上げられなかった雅の顔は、人とはわからなくなるほど歪み、壊された。痛いなんてものじゃなかっただろう。苦しいなんてものじゃなかっただろう。死んだ方がマシだなんて、もう口が裂けても言えない。

 それにもしかしたら、次はもっと過酷なペナルティが待っているかもしれないんだ。それを二度も、三度も見ろだなんて、身体よりも心が耐えられない。異世界にやってきて親切にしてくれた人達が、理不尽なゲームの末路に苦しむ様なんて、見たくない。

 カウントは「20」を切った。もう時間がない。

「セ……」

「なるほど。把握した」

「え……? んんぅっ……!?」

 一人、何かを納得したように頷くとともに、セルの顔がグン、と近くなる。そして自分の口からくぐもった声が漏れたのはすぐのことだった。

 俺の濡れた唇は、しっとりとした何かによって被せられた。それが何かとわかるまでに、時間はかからなかった。

 セルの唇が、俺の唇に重なっている。キスだ。

 これが人の唇……男だけど。男なんだけど。男の唇なのに、なんかすごく……滑らかで、柔らかい。もっと硬いのかと思っていたから、少し意外だ。というか、キスってこんな感じなんだ……。したことがないから、わからなかった。

「ん、ぅ……」

 セルが吊るされた俺の背中に腕を回し、ぴったりと添うように固定する。もう一方の手は俺の頬にずれないように、けれど優しくあてがわれた。上唇と下唇が引き結ばれていて、それが俺の唇に隙間なく重なるよう、セルの方から顔の角度を変えてくる。

 これが……キス……。これが……。

 急に緊張が身体を支配し、カチコチと硬直してしまう。仕方がないだろう。だってこれ、俺のファーストキスだったんだぞ。ファーストキス……初めての……キス……うぅ。急に悲しくなってきた。命が懸かってるっていうのに。

 ちらりと、目線だけをセルの瞳があるだろう位置へと上げてみる。なんとびっくり。セルの両目は、俺をしっかりと捉えていた。キスって……キスって、こんな両目を開けてやるもんなのか? 洋画とかじゃ、だいたい互いに目を閉じてるもんだけれど……というかセルは、これまでに誰かとしたことがあるん……だよな。あるよな。やっぱり。初キスだけど、わかるもん。なんかこう、セルが上手いの、わかるもん。啄まれてるもん。チュッ、チュッ、て慣れた感じで。

 でも、俺がなかなか口を開けないもんだから、セルは舌を挿しこめない。

 ど、どうやんの? 舌を挿しこむって、いったいどうやんの? いや、俺がそもそも口を開けろよって話なんだが、開けらんないの。開かないの。開けたらなんか怖いの。わかるだろ? わかれ!

 どうするんだ? どうするんだ? どうするんだ? ああ、頭の中がパニックになって口が開かないっ。世のイチャコラカップルはいったいどうやってベロチューなんてハードルの高いもんをやってのけてんの!?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

【R18】青斗くんは総受けです

もんしろ
BL
BLゲームの悪役をしている中野青斗。 毎日主人公をいじめ 青斗は悪役としての責務を全うしているが 最近攻略対象と主人公の様子がどこかおかしい…?

モブの俺が甥っ子と同級生からエロいいじめをうけまくるのは何故だ

爺誤
BL
王立魔法学園のモブとしてごく普通に生きていた俺は、ある日前世の自分が現代日本人だったことを思い出す。だからといってチートがあるわけではなく、混乱している間に同い年の甥っ子に性的な嫌がらせを受けてメス堕ちしてしまう。そこから坂を転げ落ちるように、あちこちからエロいいじめを受けるようになり……。どうなってんの俺!? ※なんでも美味しく食べられる方向けです。地雷のある方はご遠慮ください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。

モブ男子ですが、生徒会長の一軍イケメンに捕まったもんで

天災
BL
 モブ男子なのに…

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!

ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて 素の性格がリスナー全員にバレてしまう しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて… ■ □ ■ 歌い手配信者(中身は腹黒) × 晒し系配信者(中身は不憫系男子) 保険でR15付けてます

元会計には首輪がついている

笹坂寧
BL
 【帝華学園】の生徒会会計を務め、無事卒業した俺。  こんな恐ろしい学園とっとと離れてやる、とばかりに一般入試を受けて遠く遠くの公立高校に入学し、無事、魔の学園から逃げ果すことが出来た。  卒業式から入学式前日まで、誘拐やらなんやらされて無理くり連れ戻されでもしないか戦々恐々としながら前後左右全ての気配を探って生き抜いた毎日が今では懐かしい。  俺は無事高校に入学を果たし、無事毎日登学して講義を受け、無事部活に入って友人を作り、無事彼女まで手に入れることが出来たのだ。    なのに。 「逃げられると思ったか?颯夏」 「ーーな、んで」  目の前に立つ恐ろしい男を前にして、こうも身体が動かないなんて。

処理中です...