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チュートリアル 5
しおりを挟む雅が両手で扉を押し開けると、その先には一切の光がない暗闇が待っていた。こんな墨のような闇は初めて見た。少しでも気を抜くと、たちまち吸い込まれてしまいそうな深い闇色に、ゾッと怖気が走った。
気圧され怯んでいることがわかったのか、隣の雅が俺を嘲笑する。
「んだよ。恐えのか?」
少しムッとしたものの、反論はしなかった。それは図星をつかれたからこそだった。雅にしてみれば挑発も含んでいたんだろうけれど、ここで強がっていても意味はない。俺は恐怖を認め、おずおずと雅を見上げた。
「よく、平気だな……こんな先のわからないところ……お前は、怖くないのか?」
「べっつにぃ? こんなもん、聖者の俺には何の意味もねえよ」
「すごいな……」
弟の自信に、乾いた笑いしか出てこない。確かに、聖者の雅にとっては何の障害にもなりはしないんだろう。だが、俺は何の力もない人間だ。未知が怖い。恐ろしい。
こんな光のない閉鎖空間で、普通の人間はどれだけ正気を保っていられるのか。きっとすぐに時間間隔がわからなくなり、パニックを起こして最後には気が狂ってしまうのだろう。これから俺達が挑むゲームというのが、光のない極限状態下で行われるものなら、俺は駄目だ。あっという間に死んでしまうだろう。
改めて死を覚悟する俺に対し、雅はいつもと変わらぬ調子で一歩を踏み出した。
「さっさと行くぞ。突っ立ってても何も始まらねえ」
違いない。叫んでいた先ほどとは打って変わって冷静な雅に、少しだけ勇気づけられた。俺はぎゅっと拳を握りしめ、静かに覚悟を決めた。まだ死ぬとわかったわけじゃない。ただの人間でも、もしかしたら勝ち抜く術があるかもしれない。
もう当たって砕けろだ。どのみち、異世界転移なんてものに巻き込まれた時点で、俺は一度死んだようなものなのだから。
俺達が暗闇の中に飛び込み数歩歩くと、たちまち霧が晴れたかのように空間に光が射し込んだ。中は三人が待っている部屋同様灰色の壁に包まれたものだったが、中央にステージらしきリングがあった。アクション漫画に出てくる闘技場のようなものだ。その真ん中に、フワフワと浮いている黒い球体の何かがあり、俺達は誘われるがままリングへ上がった。
チラッと後方を見ると、俺達が使った扉はこつ然と消えていた。なるほど。外野は入れないよう、そこは徹底されているのか。これでは、俺がピンチになったとしても、あの三人に助けを求められない。雅は本当に助けてくれないだろうし、これはもう確実に詰みだ。
せめて辞世の句くらいは残しておくべきだったか? と、普段句など詠まないくせに一丁前のことを考えながら、視線を前方へと戻す。
リング上で浮いている球体は二つあった。正確には球体ではない。それはCの形をしており、首輪のように見えた。サイズは俺の手の平ほどで、それぞれ『プレイヤー』、『生贄』と書かれたタグがついている。
特に何も説明はないけれど、これってたぶん……
「それぞれ首に、つけろってこと?」
雅に尋ねるように言うと、彼は『プレイヤー』とタグのついたそれをむずと掴み取り、躊躇いなく自分の首に装着した。
「ちんたらすんな。さっさとつけろ」
急かされた俺は、慌てて『生贄』のそれを手に取った。感触は金属のようにつるりと硬く、少々の重みが感じられた。そして触れた途端、タグはスウッと消えてなくなった。便利な仕様だな、と思いながら、俺は雅が先に装着したように、首輪を輪の空いた部分から自分の首に巻きつけた。
すると、首輪はまるで生きているかのようにヌルリと動き、俺の首を締めない程度にピタリと貼りついた。ウッ、とした苦しさを感じたものの、呼吸はできるためすぐに慣れた。だが、違和感はある。首輪やチョーカーはもちろん、ネックレスすらしたことがないんだ。早々にこれを、この身から剥がしたくなった。
こちらの用意が終わると、タイミングを計ったようにパッと蛍光色の光が現れ、それは先ほどの部屋と同様に壁を走り、扉があったところの壁上に文字を出現させた。
同時に、隣で待機している三人の姿が現れた。三人の前にはガラスのような仕切りがあり、中に入場できないものの俺達の様子は窺えるようだ。バイロンが手を振り、俺達に向かって何かを叫んでいる。しかし声は届かない。完全に遮断されている。
「へえ。ご丁寧に鑑賞スペースまであんのか。あの三人に観られながらのプレイってわけね。……そんで? ゲームってのはいったい何をさせられるんだ?」
俺達は壁上の文章に目を通した。
『チュートリアル。このゲームステージでは、いかなる地位の方でもルールに従ってもらいます。ゲームをクリアするまで、ゲームステージからの退出は認めません。棄権も認めません。プレイヤーを交代する場合は、1ゲーム終了ごとに行ってください。すべてのゲームをクリアした者だけがこのマウスボックスからの退出を認められます。また、すべてのゲームをクリアした暁には、素敵なご褒美を差し上げます。ただし、ゲームをクリアできなかった場合はペナルティです。生贄の人、ざーんねん。とっても怖いお仕置きが、あなたを待っていますよ』
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