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嬉しいお誕生日 2
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「パスワードは今日の日付だよ。オレって単純だからさ。スマホや他のデバイスもそうだけど、パスワードは大切な人の誕生日って決めてるんだ」
(いや、そうじゃなく……って、そんな簡単にパスワードを他人に教えちゃっていいのかなぁ?)
思わぬところであっさりと、秀一のスマホのパスワードを知ってしまった藍時。いくら純のママ代行とはいえ、秀一の警戒のなさに半ば呆れてしまったが、こちらを信用して伝えてくれたのだろうことには嬉しく感じていた。
その後は秀一に代わり、真っ黒なスマホ画面に触れて純の誕生日である今日の日付を入力し、着信のあった番号へ折り返した。一コール目で出た相手は、『あら、早かったわね』と意外そうに言った。秀一の言う通り、相手は熊田だった。
「おー、クマ。今、可愛い息子の誕生日ケーキを作ってるからさ。手短に頼むわ」
秀一は手元の果物に集中しながらそう言うと、熊田は『じゃあ、さっそく。例の件だけど……』と話を切り出した。仕事の話だろうと思った藍時はそそくさとその場から離れると、リビングで行っていた作業を再開した。
別段、聞き耳を立てているつもりもなかったが、やはりスピーカー状態での通話は、会話の内容が聞こえてしまう。スマホ向こうの熊田は、昨日藍時が対面した時よりも低い声で、『資料が揃った』、『目を通してちょうだいね』、と言っていた。内容はわからずとも、それが重要な何かであることは間違いない。
しかしそれが、仕事の話でないことだけはわかった。
『これでヒナちゃんも、秀ちゃんの下に戻ってくるわ』
熊田ははっきりとそう言った。並べた皿に握るフォークが当たってしまい、カチャンと音を立てた。
それからさらに二時間後。普段よりも少し早い時間に保育園へ向かった藍時は、友人達から誕生日を祝ってもらったと嬉々として話す純を連れて、マンションへと帰宅した。
玄関扉を開ける前、藍時から「目を瞑って」と言われた純は、ワクワクしながら小さな両手で顔を覆った。いつもなら自分で脱ぐ靴も、今日ばかりは脱がせてもらい、藍時に誘われるがままゆっくりと奥に進んだ。
「ねえねえ、もう目を開けてもいーい?」
「まだだよ。もうちょっと、もうちょっとだけ前に進んで~……はい。お待たせ、純。目を開けてもいいよ」
そう言われて、パッと顔から手を離した純が目にしたものは、それまで生きてきた人生の中で、最も豪華な「誕生日パーティー」だった。
「「純、お誕生日おめでとう!」」
「わああっ!」
それは花が咲いたようだった。純は目の前で広がる光景に、たちまち笑顔を大きくさせた。
純が案内されたのは、普段から生活しているリビングスペースだ。しかしいつもと違ったのは、天井から吊るされた色とりどりのペーパーチェーンに、「HAPPY BIRTHDAY」と書かれた垂れ幕とたくさんの風船、そしてローテーブルの上に置かれた果物たっぷりの大きなロールケーキが、いつも一緒に眠るぬいぐるみたちとともに出迎えてくれたことだった。
またテーブルの上にはケーキの他に、からあげやエビフライ、ポテトサラダといったおかずに加えて、純の好きなハンバーグにナポリタン、そしてオムライスが隙間なく並べられていた。テレビの前にはプレゼントも置かれていて、純のテンションは最高潮に達した。
「すごいっ! すごいっ! ぼくのおうちじゃないみたい! すごおい!」
手を叩いて飛び跳ねる姿を目にして、藍時と秀一は顔を見合わせながら、「やったな」と互いに口元を緩ませた。
「ケーキもぼくが食べたいって言ってたケーキだ! おっきくて、果物がたくさん入ってる! オムライスもあるよ! あとね、あとね……ぜんぶおいしそう!」
「だろ~。これ、全部ママが作ったんだぜ。すごいよな。そんでケーキの中の果物はこのパパが刻んで入れました!」
「うわあっ! パパ、ありがとお!」
これ見よがしに胸を張る秀一に、舞い上がる純は彼の脚に抱きついた。そしてすぐに離れると、今度は藍時の下へと駆け寄り、
「ママ、ぼくの好きなものぜんぶをありがとお!」
と言って、同様にぎゅっと抱きついた。小さくとも強い力で脚に抱きつかれ、藍時はそのふわふわと柔らかい頭にそっと手を乗せた。
「どういたしまして。純に喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」
この姿が見たくて、今朝から準備を頑張ったのだ。結果は予想以上の喜びようだった。笑顔のまま抱きついて離れない純が愛おしく、藍時は今だけは本当の母になったつもりで、彼を包むように抱き締め返した。
「さ、美味しい料理が冷める前に早く食おう。その前に誕生日ソングとろうそくだな。純。今回ケーキに乗せるろうそくの数は?」
「五本!」
「だな! よし、純。パパと一緒にろうそくを刺すぞ~」
「うん!」
用意していた長めのろうそくを、秀一とともに純は五本、ケーキの上に突き刺した。続いて藍時がマッチを使って、立てたろうそくに火をつけた後、カーテンを閉めて部屋を暗くした。
ぼうっと灯る明かりを前に、純は両手を顔に当て、クスクスと笑った。
「ぼく、こんなに嬉しいお誕生日、生まれて初めて。パパ、ママ、ありがとう! 大好き!」
(いや、そうじゃなく……って、そんな簡単にパスワードを他人に教えちゃっていいのかなぁ?)
思わぬところであっさりと、秀一のスマホのパスワードを知ってしまった藍時。いくら純のママ代行とはいえ、秀一の警戒のなさに半ば呆れてしまったが、こちらを信用して伝えてくれたのだろうことには嬉しく感じていた。
その後は秀一に代わり、真っ黒なスマホ画面に触れて純の誕生日である今日の日付を入力し、着信のあった番号へ折り返した。一コール目で出た相手は、『あら、早かったわね』と意外そうに言った。秀一の言う通り、相手は熊田だった。
「おー、クマ。今、可愛い息子の誕生日ケーキを作ってるからさ。手短に頼むわ」
秀一は手元の果物に集中しながらそう言うと、熊田は『じゃあ、さっそく。例の件だけど……』と話を切り出した。仕事の話だろうと思った藍時はそそくさとその場から離れると、リビングで行っていた作業を再開した。
別段、聞き耳を立てているつもりもなかったが、やはりスピーカー状態での通話は、会話の内容が聞こえてしまう。スマホ向こうの熊田は、昨日藍時が対面した時よりも低い声で、『資料が揃った』、『目を通してちょうだいね』、と言っていた。内容はわからずとも、それが重要な何かであることは間違いない。
しかしそれが、仕事の話でないことだけはわかった。
『これでヒナちゃんも、秀ちゃんの下に戻ってくるわ』
熊田ははっきりとそう言った。並べた皿に握るフォークが当たってしまい、カチャンと音を立てた。
それからさらに二時間後。普段よりも少し早い時間に保育園へ向かった藍時は、友人達から誕生日を祝ってもらったと嬉々として話す純を連れて、マンションへと帰宅した。
玄関扉を開ける前、藍時から「目を瞑って」と言われた純は、ワクワクしながら小さな両手で顔を覆った。いつもなら自分で脱ぐ靴も、今日ばかりは脱がせてもらい、藍時に誘われるがままゆっくりと奥に進んだ。
「ねえねえ、もう目を開けてもいーい?」
「まだだよ。もうちょっと、もうちょっとだけ前に進んで~……はい。お待たせ、純。目を開けてもいいよ」
そう言われて、パッと顔から手を離した純が目にしたものは、それまで生きてきた人生の中で、最も豪華な「誕生日パーティー」だった。
「「純、お誕生日おめでとう!」」
「わああっ!」
それは花が咲いたようだった。純は目の前で広がる光景に、たちまち笑顔を大きくさせた。
純が案内されたのは、普段から生活しているリビングスペースだ。しかしいつもと違ったのは、天井から吊るされた色とりどりのペーパーチェーンに、「HAPPY BIRTHDAY」と書かれた垂れ幕とたくさんの風船、そしてローテーブルの上に置かれた果物たっぷりの大きなロールケーキが、いつも一緒に眠るぬいぐるみたちとともに出迎えてくれたことだった。
またテーブルの上にはケーキの他に、からあげやエビフライ、ポテトサラダといったおかずに加えて、純の好きなハンバーグにナポリタン、そしてオムライスが隙間なく並べられていた。テレビの前にはプレゼントも置かれていて、純のテンションは最高潮に達した。
「すごいっ! すごいっ! ぼくのおうちじゃないみたい! すごおい!」
手を叩いて飛び跳ねる姿を目にして、藍時と秀一は顔を見合わせながら、「やったな」と互いに口元を緩ませた。
「ケーキもぼくが食べたいって言ってたケーキだ! おっきくて、果物がたくさん入ってる! オムライスもあるよ! あとね、あとね……ぜんぶおいしそう!」
「だろ~。これ、全部ママが作ったんだぜ。すごいよな。そんでケーキの中の果物はこのパパが刻んで入れました!」
「うわあっ! パパ、ありがとお!」
これ見よがしに胸を張る秀一に、舞い上がる純は彼の脚に抱きついた。そしてすぐに離れると、今度は藍時の下へと駆け寄り、
「ママ、ぼくの好きなものぜんぶをありがとお!」
と言って、同様にぎゅっと抱きついた。小さくとも強い力で脚に抱きつかれ、藍時はそのふわふわと柔らかい頭にそっと手を乗せた。
「どういたしまして。純に喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」
この姿が見たくて、今朝から準備を頑張ったのだ。結果は予想以上の喜びようだった。笑顔のまま抱きついて離れない純が愛おしく、藍時は今だけは本当の母になったつもりで、彼を包むように抱き締め返した。
「さ、美味しい料理が冷める前に早く食おう。その前に誕生日ソングとろうそくだな。純。今回ケーキに乗せるろうそくの数は?」
「五本!」
「だな! よし、純。パパと一緒にろうそくを刺すぞ~」
「うん!」
用意していた長めのろうそくを、秀一とともに純は五本、ケーキの上に突き刺した。続いて藍時がマッチを使って、立てたろうそくに火をつけた後、カーテンを閉めて部屋を暗くした。
ぼうっと灯る明かりを前に、純は両手を顔に当て、クスクスと笑った。
「ぼく、こんなに嬉しいお誕生日、生まれて初めて。パパ、ママ、ありがとう! 大好き!」
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