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第五 最果ての村『バレイロ』
秘密の抜け穴
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トンネルの入口まで来た。
恐らく、普段は誰も寄り付かないのだろう。周辺には、丈の長い雑草が生い茂っている。
穴を塞いでいる大きなベニヤ板は、太い釘で数ヶ所を厳重に岩山に打ち付けられていた。とてもじゃないが、力づくでベニヤ板を剥がすのは無理だ。
視線を下げると、ビダンの言ったとおり、地面に近い場所ではベニヤ板と岩山の間に隙間が空いている。ちょうど、ベニヤ板と岩山と地面が小さな三角形を作っているのだ。
なるほど、確かにネズミやネコが通り抜けるには申し分ない大きさの隙間だが……、子供とはいえ人間の僕が、ここを通れるだろうか。微妙な感じ。
でもまあ、あれこれ考えていてもしょうがない。行動あるのみだ。
僕は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、まず、背中のリュックを下ろし、三角形の隙間から穴の中に押し込んだ。
よし、ここまでは問題なし。
そして今度は、自分の両手を穴の中に突っ込んだ。続けて、頭、肩、腰、足と順番に、小さな隙間にぐいぐいと、無理矢理にこじ入れていく。隙間は思ったよりは狭くなかったが、それでも、板と岩と地面の三方向から体を削られて痛かった。
「ふーっ」
なんとか全身を穴の中に入れるのに成功すると、僕は地面にあぐらをかき、大きく息を吐いた。
さてと……。
気持ちを仕切り直して穴の奥を覗いたが、真っ暗で何も見えない。
明かりが必要だ。
リュックをたぐり寄せ、手探りで懐中電灯を取り出すと、点灯させて穴の奥に向けた。
しかし、穴はずいぶん先まで続いているみたいで、家庭用の懐中電灯では、とても奥の深い場所まで照らすことはできなかった。
ビダンの話では、この穴は岩山の向こう側まで続いている。つまり、出口は岩山の向こう側。出口までどれくらいの距離があるのか分からないが、とにかく中に向かって歩いてみないことには始まらない。
僕は立ち上がり、再びリュックを背負うと、右手に懐中電灯を握りしめて歩き始めた。
トンネルの中は暗く、そして驚くほど静か。聞こえるのは、自分が歩く足音と、時折、天井から落ちる水滴の音だけ。
コツン、コツン。
ピチャン、ピチャン。
足音と水滴の音が、トンネル内で反響する。暗闇と静けさが、こんなにも心細くて恐いものとは。それに加えて、ひんやりとした冷たい空気が、僕の心をさらに不安にさせた。
僕はできるだけ余計なことを考えないように、無心になって黙々と歩き続けた。懐中電灯を握る右手の内側に、じんわりと汗が滲む。
たまに天井から落ちてきた水滴が頭に当たると、その度に僕は驚いて、トンネル内に大きな悲鳴を響かせた。
もうずいぶん長い時間、こうして歩いている。少しは出口に近付いたのだろうか。
ここは暗いトンネルの中。景色なんてない。進めど、進めど、同じような暗闇が続くだけ。実際のところ、前に進んでいるのかどうかさえ、怪しい気分になってくる。
地面はデコボコのうえに固い石。足場の悪い場所を歩き続けているせいで、だんだんと両足がしびれて痛くなってきた。お腹も空いて、力が出ない。リュックの中にパンが入っているが、この薄気味悪いトンネルの中では、とても食べる気なんかしない。
あとどれくらい歩けば、この暗闇から解放されるのだろう。
ん?
僕はなにかが聞こえたような気がして、立ち止まった。
キーッ、キーッ、キーッ。
気のせいではない。
僕は懐中電灯を消し、耳を澄ませた。
キーッ、キーッ、キーッ。
動物の鳴き声っぽい。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
一匹ではない。数匹いるぞ。
頭の上から聞こえてくる。
それにしても、気味の悪い鳴き声だ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
鳴き声の数はどんどん増えていき、数に比例するように、その音量は大きくて賑やかなものになっていった。うるさい。耳を塞ぎたくなるほどだ。
僕は意を決して、手に持っている懐中電灯をそっと上に向けた。生唾を呑み込む。そして、親指で懐中電灯のスイッチを押し、頭上を照らした…………次の瞬間、僕は両目を見開き、口を半開きにしたまま、恐怖で全身が固まってしまった。なぜなら、天井に映し出されたのは、この世のものとは思えない恐ろしい光景。
なんと、数え切れないほど大量のコウモリが、頭を下にして天井にぶら下がり、僕のことを見ていたのだ。
「ぎょえーっ」
僕は怖さと気持ち悪さとで悲鳴を上げると、一刻も早くその場から逃げ去ろうと、地面を蹴って走り出した。
野生のコウモリなんて初めて見た。
速く逃げないと血を吸われる。
殺される。
僕は懐中電灯で前方を照らしながら、全速力で走った。怖さで腰が抜けてしまい、学校でサッカーをしている時のように速くは走れなかったが、それでも精一杯に走った。
走りながら時折後ろを振り返ると、コウモリ達が悪魔のような羽根を広げて、僕を追い掛けて飛んで来るのが見えた。
キーッ、キーッ、キーッ。
相変わらず、気味の悪い声で鳴いている。
コウモリ達の飛ぶスピードは驚くほど速く、追い付かれるのは時間の問題。
もう、駄目だ。
あきらめた瞬間、僕は地面のデコボコに足を取られ、前のめりに転んでしまった。そのまま勢い余って、でんぐり返しで三回転か四回転。投げられたサイコロのごとく、ころころと転がった。それから地面に四つん這いの格好で止まると、僕は咄嗟に体を丸めて、その場にうずくまった。
コウモリから身を守らなければ。
そのまま数秒、いや、数分が経過。
しかし、一向にコウモリ達が襲ってくる気配はない。鳴き声も聞こえない。
恐る恐る、僕は顔を上げた。
眩しい。
思わず、顔をしかめる。
なんと、僕はトンネルの外にいた。つまずいて転がった勢いで、トンネルから飛び出たみたい。
コウモリは夜行生物。暗いトンネルを飛び出してまで、僕のことを追い掛けては来なかったのだろう。
なにはともあれ、無事でよかった。
僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
恐らく、普段は誰も寄り付かないのだろう。周辺には、丈の長い雑草が生い茂っている。
穴を塞いでいる大きなベニヤ板は、太い釘で数ヶ所を厳重に岩山に打ち付けられていた。とてもじゃないが、力づくでベニヤ板を剥がすのは無理だ。
視線を下げると、ビダンの言ったとおり、地面に近い場所ではベニヤ板と岩山の間に隙間が空いている。ちょうど、ベニヤ板と岩山と地面が小さな三角形を作っているのだ。
なるほど、確かにネズミやネコが通り抜けるには申し分ない大きさの隙間だが……、子供とはいえ人間の僕が、ここを通れるだろうか。微妙な感じ。
でもまあ、あれこれ考えていてもしょうがない。行動あるのみだ。
僕は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、まず、背中のリュックを下ろし、三角形の隙間から穴の中に押し込んだ。
よし、ここまでは問題なし。
そして今度は、自分の両手を穴の中に突っ込んだ。続けて、頭、肩、腰、足と順番に、小さな隙間にぐいぐいと、無理矢理にこじ入れていく。隙間は思ったよりは狭くなかったが、それでも、板と岩と地面の三方向から体を削られて痛かった。
「ふーっ」
なんとか全身を穴の中に入れるのに成功すると、僕は地面にあぐらをかき、大きく息を吐いた。
さてと……。
気持ちを仕切り直して穴の奥を覗いたが、真っ暗で何も見えない。
明かりが必要だ。
リュックをたぐり寄せ、手探りで懐中電灯を取り出すと、点灯させて穴の奥に向けた。
しかし、穴はずいぶん先まで続いているみたいで、家庭用の懐中電灯では、とても奥の深い場所まで照らすことはできなかった。
ビダンの話では、この穴は岩山の向こう側まで続いている。つまり、出口は岩山の向こう側。出口までどれくらいの距離があるのか分からないが、とにかく中に向かって歩いてみないことには始まらない。
僕は立ち上がり、再びリュックを背負うと、右手に懐中電灯を握りしめて歩き始めた。
トンネルの中は暗く、そして驚くほど静か。聞こえるのは、自分が歩く足音と、時折、天井から落ちる水滴の音だけ。
コツン、コツン。
ピチャン、ピチャン。
足音と水滴の音が、トンネル内で反響する。暗闇と静けさが、こんなにも心細くて恐いものとは。それに加えて、ひんやりとした冷たい空気が、僕の心をさらに不安にさせた。
僕はできるだけ余計なことを考えないように、無心になって黙々と歩き続けた。懐中電灯を握る右手の内側に、じんわりと汗が滲む。
たまに天井から落ちてきた水滴が頭に当たると、その度に僕は驚いて、トンネル内に大きな悲鳴を響かせた。
もうずいぶん長い時間、こうして歩いている。少しは出口に近付いたのだろうか。
ここは暗いトンネルの中。景色なんてない。進めど、進めど、同じような暗闇が続くだけ。実際のところ、前に進んでいるのかどうかさえ、怪しい気分になってくる。
地面はデコボコのうえに固い石。足場の悪い場所を歩き続けているせいで、だんだんと両足がしびれて痛くなってきた。お腹も空いて、力が出ない。リュックの中にパンが入っているが、この薄気味悪いトンネルの中では、とても食べる気なんかしない。
あとどれくらい歩けば、この暗闇から解放されるのだろう。
ん?
僕はなにかが聞こえたような気がして、立ち止まった。
キーッ、キーッ、キーッ。
気のせいではない。
僕は懐中電灯を消し、耳を澄ませた。
キーッ、キーッ、キーッ。
動物の鳴き声っぽい。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
一匹ではない。数匹いるぞ。
頭の上から聞こえてくる。
それにしても、気味の悪い鳴き声だ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
キーッ、キーッ、キーッ。
鳴き声の数はどんどん増えていき、数に比例するように、その音量は大きくて賑やかなものになっていった。うるさい。耳を塞ぎたくなるほどだ。
僕は意を決して、手に持っている懐中電灯をそっと上に向けた。生唾を呑み込む。そして、親指で懐中電灯のスイッチを押し、頭上を照らした…………次の瞬間、僕は両目を見開き、口を半開きにしたまま、恐怖で全身が固まってしまった。なぜなら、天井に映し出されたのは、この世のものとは思えない恐ろしい光景。
なんと、数え切れないほど大量のコウモリが、頭を下にして天井にぶら下がり、僕のことを見ていたのだ。
「ぎょえーっ」
僕は怖さと気持ち悪さとで悲鳴を上げると、一刻も早くその場から逃げ去ろうと、地面を蹴って走り出した。
野生のコウモリなんて初めて見た。
速く逃げないと血を吸われる。
殺される。
僕は懐中電灯で前方を照らしながら、全速力で走った。怖さで腰が抜けてしまい、学校でサッカーをしている時のように速くは走れなかったが、それでも精一杯に走った。
走りながら時折後ろを振り返ると、コウモリ達が悪魔のような羽根を広げて、僕を追い掛けて飛んで来るのが見えた。
キーッ、キーッ、キーッ。
相変わらず、気味の悪い声で鳴いている。
コウモリ達の飛ぶスピードは驚くほど速く、追い付かれるのは時間の問題。
もう、駄目だ。
あきらめた瞬間、僕は地面のデコボコに足を取られ、前のめりに転んでしまった。そのまま勢い余って、でんぐり返しで三回転か四回転。投げられたサイコロのごとく、ころころと転がった。それから地面に四つん這いの格好で止まると、僕は咄嗟に体を丸めて、その場にうずくまった。
コウモリから身を守らなければ。
そのまま数秒、いや、数分が経過。
しかし、一向にコウモリ達が襲ってくる気配はない。鳴き声も聞こえない。
恐る恐る、僕は顔を上げた。
眩しい。
思わず、顔をしかめる。
なんと、僕はトンネルの外にいた。つまずいて転がった勢いで、トンネルから飛び出たみたい。
コウモリは夜行生物。暗いトンネルを飛び出してまで、僕のことを追い掛けては来なかったのだろう。
なにはともあれ、無事でよかった。
僕は、ほっと胸を撫で下ろした。
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