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第31話 百合の特別天然記念物

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 大漁です。
 皆んなで引き上げた網の中は川魚で、もうピッチピチ!
 この川の生態系が崩れるかと思うくらいの魚の量だ。

「サア、取りましょう、ユリお姉様」

 エルサが手掴みで川魚を掴んだ。
 皆んなもいっせいに魚を取り始めた。
 私は……基本、生き物が苦手で……それは生きた魚も同じ。

「ユリお嬢様! こんな大きな魚も取れました!」

 村娘が大声で私を呼んだ。
 四十センチくらいの……イワナに似た魚だ。
 村娘はその魚を持って私に見せるように持って来た。
 私は怖くて、お手上げ状態で両手を上げた。

「泡わわわ!」

「ユリお嬢様、大丈夫ですか⁉︎」

 村娘は私の反応に困惑しているようだ。
 分かっています、この異世界ではこんな事でビビっていたら生きていけないって事は!
 でもぉ~、生き物はダメなんですぅ!

「あー! ユリお姉ちゃん、お魚が怖いんだ!」

 テルザが私の弱点を見つけて大喜びしてる。
 悔しい~! 調子に乗ったテルザが、どんどんエスカレートしなければ良いのだけど……危険を感じた私は現場から遠ざかった。

「サア、魚の下ごしらえに掛かりましょう」
「ハイ!!!」

 エルサが音頭をとった。
 やはり、こういう所はお姉さんよね。
 村娘たちはしゃぎながら湖のかまどに向かって、調理の準備に取り掛かった。

「キャッキャウフフ……」

 私は生きた魚を見たくも触りたくもなくて遠くの湖の隅に逃げたが、皆んなに釣られてはしゃいじゃう!

「ユリお姉ちゃ~ん」

 私の背後からテルザの声がした。
 振り返るとそこには……デ~~ン!

「ガオ~~!」
「うぃやぁぁぁ‼︎」

 なんとそこには全長一メートル以上の巨大怪獣を持ったテルザがいるではないか!
 まだら模様の怪獣は顔が大きく目は小さいのに口が大きく、そして……手が小ちゃい!
 両手で怪獣、UMAを持ったテルザがニタニタしながら近付いて来る。
 テルザってば……手に持ったUMAが怖くて見れないので、テルザしか見ない私。
 村娘たちが見ている手前、領主の妹として無様な姿は見せられない……もう二度と見せたくない。
 だから可愛いテルザだけを見るようにして、じっと耐えた。

「オオサンショウウオだよ~ん。
 コレとっても美味しいんだよ~ん」

 オオサンショウウオ! 本物とご対面は初めてだ。
 私の田舎でも見られない両生類……美味しい?

「だ、だ、だだだだだめです、食べちゃ! こ、これは特別天然記念物ですからあ!」

「特別天然記念物?」

「そ、そうですぅ! 触ってもいけましぇぇん!」

「ダメなの?」

 この異世界では絶滅危惧種を大切にするという概念がない。
 意味の分からないテルザは首を傾げ、手に持ったオオサンショウウオも一緒に首を傾げて私の視界に入って来た。
 しかも口を開いて鳴き始めた。

「コォォォ」

「うぃ‼︎」
 “じゃぼ~~ん!”
「ギャッギャ! ウブブブ……」

 私は驚いて悲鳴を上げたと同時に足を滑らして湖の中に溺れてしまった。

「ユリお姉ちゃん‼︎」

 テルザは私を助けようと持っていたオオサンショウウオを手放してしまった。
 手放したオオサンショウウオはちょうど私の胸に落ち、助け出された時もオオサンショウウオを胸に付けたまま。
 私は駆け寄ってくれた皆んなに余計な心配しないようにすぐに声をかけた。

「心配しないで、私は大丈夫だから」
「コォォォ」
「大丈夫だから……」
「コォォォ」
「だ、大丈夫だから……ぶえ~ん!」

 心配させないように作り笑顔で応えていたが、目からは大粒の涙が流れていた。
 私の異常に気付いた皆んなが声をかけて来た。

「ユリお姉ちゃん、大丈夫?」
「ユリお姉様、大丈夫ですか?」
「お嬢様、大丈夫ですか???」
「コォォォオ?」

 オオサンショウウオを抱いているのに気付いた私は恐怖で身体が硬直して動けなくなってオオサンショウウオをもう手放す事が出来なくなっていたのだ。


   ***


「もうすぐ湖の上を通ります。
 その先に小さな森があって、リボンヌ家の屋敷はそのすぐ近くです」

 羅針盤と地図を照らし合わせた軍人は、軍服の実はずっと軍帽を被っていた女性に報告した。

「分かった」

 ぶっきらぼうに応えた軍服の爵位が伯爵の女性はイライラを隠さなかった。
 彼女は神聖タルタルソーニア帝国の宗主国である大タルソーニア皇国の軍人であり、本来タルタルソーニア第十三王女マドゥーラの親衛隊長という重要な職務をこなしていた。
 王女マドゥーラは“ざまぁ予言”という未来を予知出来るざまぁ使いであった。
 彼女のざまぁ予言によると、この世界を揺るがす不審な動きが活発になるとの事。
 その真相を探るため予言が見せたここクルミゴ国のフォンデュフェ地区まで来たのだ。

 だが王女の命令とはいえ予言の真相を確かめるためだけに軍は簡単には動かせない。
 ちょうどのタイミングでリュドミア・ゴスロリスキーが行方不明になり、自分が捜索に名乗り出たのだ。
 それに自分が参加すれば、軍の飛行船の使用の許可も降りやすい。
 ゴスロリスキー……彼女、一族は国の重要人物なのだそうだ。

「姫様のざまぁ予言とこの失踪事件は、なにか関係あるのだろうか?」

 軍服の二十一歳の女性は考え込みながら、飛行船の艦橋の戸棚に閉まってあったウオッカを取り出してコップに注いだ。

「ムッ!」

 封を開けてしばらく経ったウオッカなのだろう、本来の風味がなくなっていた。

「こんなのは飲めん!」
 
 そう言って床にある汚れや水拭きの時に外へ捨てる排水口を開けて船外にコップの中身を捨てた。



   ***


 オオサンショウウオに罪はありません。
 ただ容姿がグロテスクなだけです。

 皆んなは私の姿に困惑していた。
 オオサンショウウオを両腕で大事に抱えているのに泣いているのだから。
 オオサンショウウオも私に気を許して、べったりくっついて甘えている。
 私だけが恐怖で固まっている。

「あっ!」

 そんな時、村娘のひとりが空を指差した。
 皆んなが指差す方へ顔を向けた。

「ぎょえっぴ!」

 空飛ぶ円盤です。
 それは黄色く、曲がったウィンナーソーセージを真っ直ぐ伸ばしたデザインの葉巻き型の母艦、UFOだ。

「泡わわわ……」

 いけない、パニクっている場合ではない!
 領主の妹として、村娘たちを安全な場所まで避難させなくてはいけない!
 可愛い女の子たちがアブダクション[UFO拉致]される……もしくはキャトルミューティレーション[UFO解剖]されるかもしれない。
 そんな事は絶対あってはならない。
 
「泡わ、わーわわ!(皆んな逃げてー!)」

 緊張と恐怖と、いつもの人見知りで言葉にならない。

「ユリお姉様、落ち着いてください!
 アレは飛行船です!」

 エルサが心配そうにパニクってる私を抑えて、落ち着かせるように目を見て教えてくれた。

「非行……先公?」

 飛行船? 私の知ってる飛行船は白くて、たくさんの繋ぎ目のようなラインが入っていて、ちっちゃなプロペラと人が乗るゴンドラが下に付いているはず。
 でもこの飛行船はプロペラもなくゴンドラもない。

 飛行船はどんどん近付いて来る。
 大きい、長さは二百メートルくらいあるでしょうか。
 しかもかなりの低飛行で飛んでいる。
 でも、よく見るとたくさんのつなぎ目があり、何ヵ所か窓がある。
 出入り口らしき扉もいくつか見えるが、やはりプロペラや羽根などは見えない。
 まさか風まかせの移動? 気球を大きくしただけ?
 とにかくこの異世界には似つかわしくもないデザインであることは間違いない。

 今、私の真上を通過した。

 “びちゃぁ!”

「ぎょえっぴ! ずぅどぉるぴぃ‼︎」

 空から液体が私の顔に落ちて来た。
 
 “くんがくんが!”

「くっさ~」

 これはお酒! 未成年の私の顔にアルコールをぶっかけるなんて!
 飛行船め! この異世界の人間レベルの低さも大概だわ。
 お仕置きが必要ね。
 
 私は遠ざかって行く飛行船に向かって“ざまぁ”を繰り出した。

「ざまぁ!」

 エルサとテルザ、そして村娘全員が私の行動に驚いている。

「ユリお姉様、機械に“ざまぁ”を当ててもなんにもなりませんよ!」

 えっ、そうなの?
 やってみただけですよぉ、エルサ。

「ユリお姉ちゃんがおかしくなったー!」

 テルザ、なんて事言うの!

「そ、そんなの、わ、分かってますよぉ、み、皆さん」

 やっぱりそうだよね、あははは!
 私は頭をかいて言い訳を考えていた。

 “ガガガ、パシュー!”

「えっ?」
 
 飛行船は黒煙を上げながら傾き始めた。


   ***


 “ガタガタガタ!”

「どうしたことだ⁉︎」

 船長がいち早く伝声管を通じて機関室に聞いた。

「……わ、分かりません! エーテル機関がうんともすんとも動きません!」

「なんだと!」

 機関長に聞いたが、まったく分からない様子だ。
 ただ飛行船を動かすエーテ機関が止まった事だけは分かった。
 この飛行船を動かす大事なエンジンだ。

「艦長、どうしたのだ⁉︎」

 飛行船が大きく揺れて動揺している軍服のDカップの女性は、たまらず艦長に聞いた。

「分かりません!」

 操縦していた艦長も操舵が動かず、あたふたしている。

「か、艦長!」

「なんだ⁉︎」

 もうひとつの羅針盤、ざまぁ羅針盤を見ていた軍人が艦長を呼んだ。

「ざまぁ羅針盤に反応があります! ま、真下の湖からです! か、かなり強力なざまぁの力です!」

「強力なざまぁ……?」

「その強力なざまぁの発動と同時にこの揺れが起こったようです!」

「バカな、ありえん……」

 そう、ざまぁが機械に影響を与える事などありえない。

「強力なざまぁなら、エーテルに影響を与えるかもしれません。
 エーテルは天界を構成している物質といわれておりますので、なんらかの影響を与えたかもしれません」

 背の低い補佐役が口を挟んだ。

「バカな」

 艦長は首を振って否定した。
 補佐役は艦長を無視して軍服の髪が長い女性に提案した。

「なにかゴスロリスキー侯爵に関係があるかもしれませぬ、確認するのがよろしいかと」

「……うむ」

 もしそれがすべての原因であれば……軍服姿が可愛い女性はそのざまぁを使った人物にも興味をそそられた。

「ギャンブレー、降下準備をしろ!」

「はっ!」
 
 背の低い補佐役の男ギャンブレーはさっそく準備に取り掛かった。

 
   ***


「泡わわわ!」

 私が弁償しないと駄目? 自己破産しちゃう!
 でも向こうが私の顔にお酒をぶっかけたのが悪いんだから、チャラでいいよね。

「ユリお姉様、大丈夫です! 向こうには分かりません!」

「ユリお姉ちゃんは破壊神だね!」

 私があたふたしているとエルサとテルザが抱き寄って慰めてくれた。
 そうです! 相手には分かるはずがない。
 それはそれ! テルザ、こんなかわいい私が破壊神ですか?

「それに、ざまぁで機械が壊れるなんて聞いた事がありません」

 そ、そうだよねエルサ。

 安心しているのも束の間、飛行船はどんどん降下して来る。
 墜落しちゃうのぉ! とんずらぁ!

「アッ! ユリお嬢様、飛行船の下が!」

 逃げ出す準備の私に村娘が呼び止めた。
 私はオオサンショウウオを抱きしめながら、飛行船の中央部下のハッチが開きロープが何本か垂れて来たのを目撃した。
 そこから気球に使うタイプのゴンドラがロープを使ってゆっくり降りて来た。

「ど、ど、どうすれば良いんでしょう?」

 飛行船から脱出しているのか、それとも攻撃した私を捕まえに来たのか分からない。

「彼らは神聖タルタルソーニア帝国の宗主国、大タルソーニア皇国の軍人です。
 あまり関わらない方が得策かと思います」

「飛行船は大タルソーニア皇国しか持ってないから。
 それに皇国の人間は傲慢なんだ」

 ヤッセーノ姉妹は神聖タルタルソーニア帝国の軍人が嫌いのようだ。

「ユリお嬢様はお隠れになってください」
「ワタシ達がユリお嬢様をお守りいたします」
「ここは男子禁制な場所、だとえタルタルソーニアの軍人でも男なら容赦しないわ」

 皆んなぁ! 村娘の皆さんも私を守ってくれる……
 見えます! 私には皆さんの愛が見えます。

 でも大丈夫、私には無双のざまぁがありますから。
 逆に皆さんをお守りしましょう。
 その暁には私の事を女神……いえ、そこまでは求めません、せめてマアガレットより上の存在として崇めてもらえれば……
 まずは皆さん、私の後ろに下がってください。

「み、み、み、皆さしゃぁぁぁん……」
「ユリお嬢様、湖の中へ隠れて!」

 “どぼーん‼︎”

「ギャッギャ! ウブウブ……」

 私とオオサンショウウオは村娘に湖に突き落とされてしまった。

「動くな!」

 そこに軍服を着て軍帽を被った長い赤髪で黒い瞳のDカップの、軍服姿が可愛い女性が現れた。
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