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ふたつ
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「オヨ?」
「なあ、おふくろ……いつまでこんなこと続けるつもりなんだ……」
「ヨヨ……」
なんということでしょう。
この二人は親子だったのです。
男は息子で女性は母親ということですね、はい。
「オレ……もう、こんな事したくないんだ! こんな所で金なんか借りやがって……オレ、情けねぇよ」
「オヨヨヨ~」
「昔が懐かしいよな……もっと一緒に居たかったなぁ……」
息子は外に置いてある洗濯機を眺めながら子供の頃を思い出していた。
「おやじも……妹もそう思ってるぜ」
「……」
その洗濯機はかなりボロく長く使いこなされているのが分かる代物で、母親の今の暮らしぶりが分かる白物の家電であった。
息子はこの情景を妄想しながら話を続けた。
「妹なんか、おふくろの事ほとんど覚えていねぇけどな……ふっ」
この昭和中頃に建てられたアパートは多くの住民が利用し、今までの様々な人々の喜怒哀楽の人生を見送ったことであろう。
一階の真ん中の部屋で親子がドアを挟んで対峙している情景も、いずれこのアパートの歴史に刻まれることとなろう。
「普段は口に出さないが……きっと寂しいって妹も思ってるぜ」
息子はドアの傷を目で追いながら語った。
白っぽい塗装がセピア色に色褪せたドアには、黒く線になった傷や凹んだ窪み、付いたまま落としていない泥が、古いものから新しいものまで刻まれていた。
そのほとんどがこの二人のこの様な交渉のやりとりで付いたものであったが、息子は自分が付けたとはゆめゆめ思っていない。
しかも彼が担当になってから、二人は一度も顔を見合わせてはいなかった。
ずっとドア越しの対話だけであった。
対話といっても一方通行であったが……
「なぁ……お、おふくろ……」
息子は一拍おいて、しみじみと語り始めた。
「なぁ……お、おふくろ……あの頃も貧しかったけど、家族四人でにぎやかだったよな。
ああ、一緒に暮らした頃を思い出すなぁ……」
息子は哀愁を漂わせながら空を見上げた。
寂しそうな声で語っていたが、寂しいフリをしている様にも感じられた。
「覚えてるか? 幼稚園の帰りはいつも遠くの公園に連れて行ってくれたよなぁ。
知らねぇガキばっかりで最初はイヤだったけど、すぐにダチになったなぁ。
おふくろが、みんなと仲良く遊びなさいって言ってくれたからだぜ。
どうしてそんな遠くまで行ったのか、知らねぇけどな」
息子は思い出の長話を続けた。
「でも、そのおかげだよな……オレが人見知りしなくなったのは。
幼稚園に入ったばかりの頃は、みんなの輪の中に入れなかったからな。
オレってばもう女々しくて女々しくて、しょうがねぇヤツだなぁ、モゥ~。
ははははぁ……感謝してるんだぜ! お、ふ、く、ろ」
なかなかの饒舌であった。
言葉がスラスラ出てきて爽快な気分になった。
それと同時にどこかドラマチックな言い回しがセリフの様でイヤらしく感じた。
「ふっ」
息子はニヤケ顔であった。
確かにセリフであった……が前々から考えていた事を語ったのであって、ウソというワケではなかった。
少しオーバー表現をしただけだった。
そしてついに考え抜いた仕上げのセリフに差し掛かった。
俗に言う泣き落としというヤツだ。
「オレは中学生だったから別れた事情は分かってたが……い、妹は……まだ幼かったんだ! 妹はなにも分からず、ずっとおふくろの帰りを待っていたんだぞ!
いつも、いつもひとりで……玄関の前でさ……」
息子はトドメに取っておいた泣かせの言葉をついに使い始めた。
前々から言おう言おうと思っていたセリフなのでスラスラと口から出た。
息子は自分の考えたセリフに酔ってしまったのだろう。
演劇の主人公の様にスポットライトの中、拍手喝采を浴びている自分の姿がハッキリ見えた。
自分の世界に入り込み過ぎて、つい目に熱いものが走ってしまった息子は、涙を抑えるため目頭を押さえて流れるのを耐えた。
しかし息子はドライアイなので涙もなにも出なかった。
「妹は、お母さん、お母さん! って……
……?」
セリフが急に止まった。
息子は首を傾げながら腕を組んだ。
あろうことか感情が昂り過ぎてセリフが飛んでしまったのだ。
息子は焦った。
次の言葉が見つからない……でも喋り続けなくてはいけない……いや、喋り続けたかった。
この会話を続けないと、また返金を……いや、親子の絆を取り戻すチャンスを逃してしまう、そんな気がした。
ど、どうしよう……妹……そう妹だ。
妹が母に対して語った言葉をそのまま伝えればいいのではないか。
息子は母親が居なくなった当時の妹の言動を思い出そうとした。
家でテレビを観ながらなにか言ってたよな……確か……
『ババァ! 逃げてやんの! キャハハハ!』
……言えない……
妹が腹を抱えて笑っていたなんて、言えるはずがない。
しかも足をバタバタさせてソファーから転げ落ちる勢いで大爆笑してたなんて。
このままでは話が続かない、なんとか繋がなくてはいけない。
「はははは……い、妹は泣いてたよな、はは」
ウソではない、確かに涙を流すくらい笑ってた。
結局、他愛のない内容になってしまった。
でも話を続けたおかげで最後の決めのセリフを思い出した。
「また……昔みたいに……一緒に暮らしたいなぁ……」
息子はぼそっと嘆いた。
決まった!
だが羞恥心が芽生えたのか、すぐに打ち消す言葉を吐いた。
「いや、独り言だ……き、気にするな!」
自分で自分にフォローしたのだ。
息子は頬に手を当てた……顔が火照り、熱くなってしまってる。
そのまま視線を下に落とした……いろいろ思い出したせいか、子供の頃の気持ちが甦って来た。
一緒に買い物に行った……ただそれだけで楽しかった……自分と妹と、そして母親との思い出……いつの間にか息子はあの頃の自分にトランスしていたのだ。
「……おふくろ……」
節目がちになり足下をジッと見続けていた息子は、いきなりニヤけた。
あの頃のベッタリ甘えん坊の母親大好きっ子な自分に戻っている事に、嬉し恥ずかしの笑みが出たのだ。
「おふくろぉ」
息子は子供の様な甘えた声になっていた。
母親という存在が愛おしく、そして有難いものへと昇華して行った。
(母の愛よ、もう一度)
だが息子は、それとは違う思いが沸々と湧き上がっていた。
実は、思い出語りをしてる最中から薄々感じてはいた。
それは自分にとって、どうしても確かめなくてはならない大事な事だった。
その思いがトランス状態からの生還をうながした。
息子は恐る恐る聞いてみた。
「おふくろ……聞いてんのか?」
……部屋は無音状態だ。
ピクリともしない。
「さっきからオレばっかり喋って、返事はどうした? オレの一人相撲ってか!」
“ドンドン!”
「ハッ、オヨ?」
「やっぱり聞いてなかったのかよぉぉ‼︎ くそぉ‼︎」
“ドンドン!”
「オヨヨヨ!」
“ガッガッ!”
自分のいい話にまったくの無反応だったのが余程イヤだったのだろう、知らず知らずの内にドアを蹴り上げ八つ当たりしまくった。
“ガッガッ!”
それ程いい話でもないのだが……
「大体なぁ、おめぇが浮気なんかするのがワリィんじゃねぇのかよ!」
「オヨ!」
「オレ、知ってんだぞ!
遠くの公園に連れて行ったのは、男に会う為だったんだろ!
近所じゃバレるもんな、男と逢引きなんて……
よくもまぁ~幼い妹がいるのに、そんな事が出来るよなぁ!」
母親の秘密がたった今、公衆の面前に暴かれてしまった。
「オヨヨヨ~」
「なあ、おふくろ……いつまでこんなこと続けるつもりなんだ……」
「ヨヨ……」
なんということでしょう。
この二人は親子だったのです。
男は息子で女性は母親ということですね、はい。
「オレ……もう、こんな事したくないんだ! こんな所で金なんか借りやがって……オレ、情けねぇよ」
「オヨヨヨ~」
「昔が懐かしいよな……もっと一緒に居たかったなぁ……」
息子は外に置いてある洗濯機を眺めながら子供の頃を思い出していた。
「おやじも……妹もそう思ってるぜ」
「……」
その洗濯機はかなりボロく長く使いこなされているのが分かる代物で、母親の今の暮らしぶりが分かる白物の家電であった。
息子はこの情景を妄想しながら話を続けた。
「妹なんか、おふくろの事ほとんど覚えていねぇけどな……ふっ」
この昭和中頃に建てられたアパートは多くの住民が利用し、今までの様々な人々の喜怒哀楽の人生を見送ったことであろう。
一階の真ん中の部屋で親子がドアを挟んで対峙している情景も、いずれこのアパートの歴史に刻まれることとなろう。
「普段は口に出さないが……きっと寂しいって妹も思ってるぜ」
息子はドアの傷を目で追いながら語った。
白っぽい塗装がセピア色に色褪せたドアには、黒く線になった傷や凹んだ窪み、付いたまま落としていない泥が、古いものから新しいものまで刻まれていた。
そのほとんどがこの二人のこの様な交渉のやりとりで付いたものであったが、息子は自分が付けたとはゆめゆめ思っていない。
しかも彼が担当になってから、二人は一度も顔を見合わせてはいなかった。
ずっとドア越しの対話だけであった。
対話といっても一方通行であったが……
「なぁ……お、おふくろ……」
息子は一拍おいて、しみじみと語り始めた。
「なぁ……お、おふくろ……あの頃も貧しかったけど、家族四人でにぎやかだったよな。
ああ、一緒に暮らした頃を思い出すなぁ……」
息子は哀愁を漂わせながら空を見上げた。
寂しそうな声で語っていたが、寂しいフリをしている様にも感じられた。
「覚えてるか? 幼稚園の帰りはいつも遠くの公園に連れて行ってくれたよなぁ。
知らねぇガキばっかりで最初はイヤだったけど、すぐにダチになったなぁ。
おふくろが、みんなと仲良く遊びなさいって言ってくれたからだぜ。
どうしてそんな遠くまで行ったのか、知らねぇけどな」
息子は思い出の長話を続けた。
「でも、そのおかげだよな……オレが人見知りしなくなったのは。
幼稚園に入ったばかりの頃は、みんなの輪の中に入れなかったからな。
オレってばもう女々しくて女々しくて、しょうがねぇヤツだなぁ、モゥ~。
ははははぁ……感謝してるんだぜ! お、ふ、く、ろ」
なかなかの饒舌であった。
言葉がスラスラ出てきて爽快な気分になった。
それと同時にどこかドラマチックな言い回しがセリフの様でイヤらしく感じた。
「ふっ」
息子はニヤケ顔であった。
確かにセリフであった……が前々から考えていた事を語ったのであって、ウソというワケではなかった。
少しオーバー表現をしただけだった。
そしてついに考え抜いた仕上げのセリフに差し掛かった。
俗に言う泣き落としというヤツだ。
「オレは中学生だったから別れた事情は分かってたが……い、妹は……まだ幼かったんだ! 妹はなにも分からず、ずっとおふくろの帰りを待っていたんだぞ!
いつも、いつもひとりで……玄関の前でさ……」
息子はトドメに取っておいた泣かせの言葉をついに使い始めた。
前々から言おう言おうと思っていたセリフなのでスラスラと口から出た。
息子は自分の考えたセリフに酔ってしまったのだろう。
演劇の主人公の様にスポットライトの中、拍手喝采を浴びている自分の姿がハッキリ見えた。
自分の世界に入り込み過ぎて、つい目に熱いものが走ってしまった息子は、涙を抑えるため目頭を押さえて流れるのを耐えた。
しかし息子はドライアイなので涙もなにも出なかった。
「妹は、お母さん、お母さん! って……
……?」
セリフが急に止まった。
息子は首を傾げながら腕を組んだ。
あろうことか感情が昂り過ぎてセリフが飛んでしまったのだ。
息子は焦った。
次の言葉が見つからない……でも喋り続けなくてはいけない……いや、喋り続けたかった。
この会話を続けないと、また返金を……いや、親子の絆を取り戻すチャンスを逃してしまう、そんな気がした。
ど、どうしよう……妹……そう妹だ。
妹が母に対して語った言葉をそのまま伝えればいいのではないか。
息子は母親が居なくなった当時の妹の言動を思い出そうとした。
家でテレビを観ながらなにか言ってたよな……確か……
『ババァ! 逃げてやんの! キャハハハ!』
……言えない……
妹が腹を抱えて笑っていたなんて、言えるはずがない。
しかも足をバタバタさせてソファーから転げ落ちる勢いで大爆笑してたなんて。
このままでは話が続かない、なんとか繋がなくてはいけない。
「はははは……い、妹は泣いてたよな、はは」
ウソではない、確かに涙を流すくらい笑ってた。
結局、他愛のない内容になってしまった。
でも話を続けたおかげで最後の決めのセリフを思い出した。
「また……昔みたいに……一緒に暮らしたいなぁ……」
息子はぼそっと嘆いた。
決まった!
だが羞恥心が芽生えたのか、すぐに打ち消す言葉を吐いた。
「いや、独り言だ……き、気にするな!」
自分で自分にフォローしたのだ。
息子は頬に手を当てた……顔が火照り、熱くなってしまってる。
そのまま視線を下に落とした……いろいろ思い出したせいか、子供の頃の気持ちが甦って来た。
一緒に買い物に行った……ただそれだけで楽しかった……自分と妹と、そして母親との思い出……いつの間にか息子はあの頃の自分にトランスしていたのだ。
「……おふくろ……」
節目がちになり足下をジッと見続けていた息子は、いきなりニヤけた。
あの頃のベッタリ甘えん坊の母親大好きっ子な自分に戻っている事に、嬉し恥ずかしの笑みが出たのだ。
「おふくろぉ」
息子は子供の様な甘えた声になっていた。
母親という存在が愛おしく、そして有難いものへと昇華して行った。
(母の愛よ、もう一度)
だが息子は、それとは違う思いが沸々と湧き上がっていた。
実は、思い出語りをしてる最中から薄々感じてはいた。
それは自分にとって、どうしても確かめなくてはならない大事な事だった。
その思いがトランス状態からの生還をうながした。
息子は恐る恐る聞いてみた。
「おふくろ……聞いてんのか?」
……部屋は無音状態だ。
ピクリともしない。
「さっきからオレばっかり喋って、返事はどうした? オレの一人相撲ってか!」
“ドンドン!”
「ハッ、オヨ?」
「やっぱり聞いてなかったのかよぉぉ‼︎ くそぉ‼︎」
“ドンドン!”
「オヨヨヨ!」
“ガッガッ!”
自分のいい話にまったくの無反応だったのが余程イヤだったのだろう、知らず知らずの内にドアを蹴り上げ八つ当たりしまくった。
“ガッガッ!”
それ程いい話でもないのだが……
「大体なぁ、おめぇが浮気なんかするのがワリィんじゃねぇのかよ!」
「オヨ!」
「オレ、知ってんだぞ!
遠くの公園に連れて行ったのは、男に会う為だったんだろ!
近所じゃバレるもんな、男と逢引きなんて……
よくもまぁ~幼い妹がいるのに、そんな事が出来るよなぁ!」
母親の秘密がたった今、公衆の面前に暴かれてしまった。
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