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Countdown.4

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拝啓

 冷棘さま。

 7月に入り王国南部では蒸し暑い日々が続いています。漢皇国では「ツユ」があけた頃でしょうか。ますますご壮健でいらっしゃることと存じます。

 連日、こちらでは地震が続いております。

 先月までは2、3日に一度でしたが、今月に入ってからは毎日のように起きています。揺れもだんだん大きくなっているように思います。

 無闇に怖れる者、たいしたことはないだろうと気楽に考える者、王国でも様々ですが、原因はいまだわかっていません。

 わたしは、デモルート山がこの地震のもとではないかと考えております。

 祖父の蔵書や王立図書館にある書物、数々の過去の記録から考えると、これほどの規模の地震が頻発するのは火山噴火の前触れではないのか、と考えるようになったのです。

 確証はありません。

 あくまでわたしの「仮説」にすぎないのですから、調査が必要です。

 調査には人手もお金もかかります。

 ニルス殿下に調査を進言したのですが、聞き入れてはいただけませんでした。

 殿下はわたしの婚約者ですが――最近は、義妹のハレゼナのほうを見ておられるようです。義妹のことは優しくも熱いまなざしでご覧になるのに、わたしを見る目つきは、虫けらを見るかのようです。

 ……いえ、それ以下かもしれません。

 虫けらは、自分が好きな女性と結ばれるのを邪魔したりはしませんものね。

 理屈ばかりいう、顔も可愛くないわたしは、殿下のお気には召さないでしょう。

 わたしが仮に男性であってもそう思いますもの。

 男性が100人いれば100人がハレゼナのほうに惹かれるでしょう。

 みにくいわたしの言うことなど、誰が好き好んで聞こうとするでしょうか?

 ……ああ。

 冷棘さま。

 あなたにいただいた「ほんとうに大切なものは、目には見えない」というお言葉を、今までわたしは、支えにして参りました。

 母の死という絶望をも、乗り越えることができました。

 だけど、わたしは最近思うのです。

 わたしが大切だと思っているものは、他人からすれば、取るに足らないものではないのかと。世界からみれば、まったく必要のない、逆に害悪となるものではないのかと。

 弱いわたしは、そんな風に思ってしまうのです。

 冷棘さま。

 わたしは怖いのです。

 自分が怖いのです。

 自分が自分でなくなるような、そんな恐ろしい感覚に襲われることがあるのです。

 先週も、学院でそのような感覚に陥りました。教室で義妹と議論になり、感情的になってしまい、我を忘れて――気がつけば、同級生たちがわたしを恐ろしいものを見るような目つきで見つめていたのです。

 わたしが何をしたのか、誰も教えてくれません。

 ただ、ばけものをみるような目つきで見るばかりです。

 わたしは、もしかしたら、

 もしかしたら、人間じゃな

-----------------


 そこまで手紙を書いたところで、おまえは手を止めた。

「……はぁ」

 ひとりきりの部屋に落ちるため息。

 今夜何度目だろうか、

 届かない手紙。木箱に入れて、大河(ベツノカ)の支流に流すだけの自己満足。読まれることのない手紙。

 それを、今夜もおまえは書き連ねている。
 
 だが、今回の内容は常軌を逸している自覚があった。

「こんな愚痴めいたことを、書いてしまうつもりはなかったのに……」

 冷棘皇帝にそんなことを聞かせるつもりで、これを書いているのではない――そもそも読まれることのない手紙に変な話ではあるが、おまえにはおまえなりの矜持があった。たとえ空想のなかであっても、彼にくだらない愚痴など聞かせまいとしてきたのだ。これまでは。

 だが、最近は折れそうになっている。

 弱音を吐きたくなっている。

 原因はやはり、先週の教室での一件だ。ハレゼナとの議論において、おまえは我を忘れてしまった。何事にも控えめなおまえが、あんな風に衆目の前で感情をむき出しにするなど初めてのことだ。

 そこでおまえは――今まで知らなかった自分の一面、秘められた烈(はげ)しい感情を知ったのだ。

 本人でさえ驚いているのだから、周りからすれば驚異、恐怖以外の何者でもない。

 先週以来、学院でおまえへのいじめはぴたりと止んでしまった。誰もおまえに触れようとしない。かかわろうとしない。それはある意味、いじめよりも辛いことだった。今までは「人間扱いしないという遊戯」を楽しんでいた同級生たちは、おまえが「本当のばけもの」ではないかと、そう疑うようになっていたのだ。

 義妹ハレゼナは、沈黙している。

 もともと家で話すことはあまりなかったが、先週以来、完全に会話も接触もなくなった。食事も別々の部屋で食べるようになり、廊下ですれ違っても目も合わせない。もちろん、学院でも同じである。

 敗北を認めて引き下がった、というわけではないだろう。

 ハレゼナはそういう少女ではないと、おまえは理解している。

 何か逆襲を企ててるのかもしれないが――おまえはもう、義妹と言い争いなどしたくなかった。彼女がニルス殿下と愛し合っているのなら、本当に婚約を譲っても良いとすら思う。父は渋るかもしれないが、あるいは、それが公爵家のためにもなるのではないか。

 ただ、王太子との婚約は、亡き母の悲願であることを考えると――。

「あぁ……わたしは、どうしたら……」

 思考が堂々めぐりを始めたとき、階下で物音がした。

 家令の出迎える声で、父がひさしぶりに帰宅したのだとわかる。春の終わり頃から仕事でずっと王都にいたから、本当にひさしぶりのことだ。

 ――それとなく、お父さまのお考えをうかがってみましょう。

 おまえは書きかけ手紙を机の引き出しにしまって、夜着の上にカーディガンを羽織って部屋を出た。鍵はかけなかった。いつもはかけるのだが、この時はたまたま、父との会話に思考が傾いていて、つい忘れてしまったのだ。


 おまえがこれから辿る凄惨な運命に、自身の過失があるとすれば、唯一、この点だろう。


 おまえは鍵をかけるべきだった。


 部屋のドアにも。


 机の引き出しにも――。

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