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姉妹問答

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 結婚式が終わって、その翌週のことだ。

 正式にホーリーロード公爵令嬢となったハレゼナは、おまえの通う貴族学院に編入した。

 学院はちょっとした騒ぎになった。

「なあ、見たか? あの転入生」
「ものすごい美人だな」
「あんな鮮やかな赤い髪は初めて見たよ」
「まるで、炎があかあかと燃え上がるような――」

 男子ばかりではなく、女子もうわさする。

「お母さまのご再婚で、ホーリーロード公爵のご令嬢となったそうよ」
「じゃあ、あのカヤ様の妹ということになるの?」
「あんな美しい子が?」
「あらあら、まあ――」

 義妹が噂になればなるほど、おまえにも注目が集まってしまう。

 学院でのおまえの評判は「素行優良、成績優秀な模範生徒」ということになっている。陰ではやはり「みにくい」だの「変わり者」だのと言われているのだが、少なくとも表向き、おまえを貶すものはいない。おまえ自身、父に迷惑をかけないよう、あまり目立ったことをしないように気をつけていた。

 だが、美しい義妹の登場によって、おまえは注目を集めることになってしまう。

 いつだって親と子、兄と弟、姉と妹は、比較されてしまうものだ。

 それは人の「業」といってもいい。

 様々な悲劇を生み出すとわかってはいても、比べずにはいられないのだ。

 普通であれば、自分よりはるかに美しい義妹と比較されるなど耐えられないことであるが、おまえはさほど気にしてはいない。あいかわらずおまえの頭にあるのは「精霊士(ネレイヤ)となるためには、どうすれば良いのか」「呪われた国と国交をひらくには、何をすれば良いか」この二つしかない。そのための勉強に余念なく、人の噂など気にしている暇はなかったのだ。

 そんなおまえを見て、生徒はやはりうわさする。

「カヤ様ったら、あいかわらずボーッとされてますのね」
「あんな美人の妹が来ても、我関せずって感じで」
「のんきというか、鈍感というか」

 精霊士(ネレイヤ)の修業に「風の声に耳を傾けながら、じっと瞑想する」というものがあるのだが、休み時間その修業にふけるおまえを見て、そのように言うものもいた。

「ハレゼナ様って、成績もすこぶる優秀でいらっしゃるとか」
「前の学院で、首席を譲ったことはなかったそうよ」
「あらあら。じゃあカヤ様、唯一のとりえのお勉強すら、妹に負けてしまうかもねえ」

 そんな風にうわさをしたものだが――。





 ハレゼナが転入してきて、初めての定期試験が行われた。

 結果はいつも通り、放課後の廊下に貼り出された。

 そして、やはりいつも通り、おまえの名前が一番上にあった。

「あ、あたしが、2位ですって?」

 成績順位表を見上げて、ハレゼナは呆然と立ち尽くした。

 その赤い唇は血色を失い、肩がわなわなと震えている。

「すごいですハレゼナ様! 転入してきていきなり2位だなんて!」

 そう声をかけてきた女子生徒は、ハレゼナににらみつけられて沈黙した。

 ハレゼナの視線が、仇をねらう射手のようにおまえの姿を探す。

 ちょうどおまえは、帰り支度をして教室から出てきたところだった。

 おまえは定期試験の結果になど興味はない。学校の勉強がどれだけできたところであまり意味がないことを知っているからだ。今日もこの後、森に出かけて瞑想する。瞑想に飽きたら本を読んで、それが飽きたらまた瞑想して――そうやって、夕食の時間まですごすのだ。

 そんなおまえを、ハレゼナが追う。

 校門から出ていこうとしたおまえを呼び止めて、こう言った。

「すごいのね、お姉さまは」
「えっ?」

 足を止めて、おまえは振り返る。

「あたし、今まで勉強でも運動でも、誰かに負けたことはなかったのよ。一番から落ちたことなんてなかった。なのに……」

 おまえは控えめに言った。

「あなたがまだこの学院に慣れてないだけよ、ハレゼナ」

 そうかもね、と義妹は答えた。

 だが、真に受けてる様子はない。

 おまえの何かを探ろうとするかのように、じっ、と見つめている。

「ねえ、お姉さま」
「……ええ」
「王国というのは、世界でもっとも〝格差〟に厳しい国。そうよね?」

 おまえは頷いた。

 このホルス王国は、世界でもっとも歴史が長い国と言われている。歴史が長いということは、それだけ社会の階層が凝り固まり、貴族と平民の差が大きく、貴族のあいだでも格差が固定化されるのだ。

「あたしたちのホーリーロード家は、公爵家。全貴族の頂点に立つ存在――だけど、やっぱり格差は存在するわ」
「他の三つの公爵家のことを言っているの?」
「ええそう。公爵家の中にも序列がある。他の三つに比べて新参のあたしたちは、彼らの風下に立たなくてはならない。多少勉強が出来たところで、この差は覆せないわ」
「……」

 義妹が何を言いたいのかわからず、おまえは戸惑う。

 そもそも、おまえは人と議論するのが得意ではない。見識を深め合うような問答をするのは好きだったが、勝ち負けのある議論は苦手だった。こんな風に言ったら傷つけてしまう、という思いが先に立ってしまうのだ。

「だけど、唯一、それらの階級だの格差だのを覆す能力があるの。何かご存じ?」
「……」
「それはね、お姉さま。〝美しさ〟よ」

 炎のような紅い髪を、これ見よがしに払ってみせる。

「女性が持つ美貌、その魅力。その〝美しさ〟だけは、すべてを突き抜けることができる。あらゆる階級、格差をつらぬいて、一目置かせることができるの。だって、美しいんですもの。美しいものには、誰もが目を留めずにはいられない。目を瞠らずにはいられない。そうでしょう? 神に愛されたもっとも美しい者こそが、真の公爵。もっとも美しい娘こそが『真の公爵令嬢』なのよ」

 おまえは、義妹の言葉に一理あることを認めた。

 だが、同時に思う。

 あの黒髪黒瞳の皇帝・冷棘がこの言葉を聞いたら、いったい、なんと答えるのだろう……。

「あたしはなんでも〝一番〟が好きなの。お姉さま」

 落ち着きを取り戻し、ハレゼナは微笑した。

「だから、次の試験は――負けないわ」




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