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自分の顔をわきまえて

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 その夜。

 おまえは部屋にこもって、鏡を見つめた。

 あらためて、自分の顔を観察してみる。

 鼻がずんぐりとしている。

 目は一重で、ぼんやりとした印象を与える。

 美しさとはほど遠い顔立ちだ。

 髪色だけは、母ゆずりの美しい金髪なのだが――みにくい顔のせいで、髪が悪目立ちしてしまってるようにも感じる。

 自分は、美しくない。

 そのことは、以前からおまえも気づいていた。

 両親はもちろん、屋敷に出入りする使用人やその家族たちと比べても、自分の容姿が整っていないことには気づいていた。

 だが、容姿がこんなにも重要であることには、今日はじめて気がついたのだ。

 それは仕方のないことだった。

 おまえはずっと、自由に出歩くことを許されていなかった。

 たまに町に出かける許しが出た時だって、いつも馬車の中で留守番をしていなくてはならなかったのだ。

 まだ7歳ということもあり、世間知らずになるのも当然のことだった。

 だけど――。

「はずかしいわ、わたし」

 みにくい自分が、両親にとって「恥」であることを自覚したおまえは、今までのことを神様に懺悔したくなった。

 おまえとちがって、母は美しい。

 すきとおった蜂蜜のような金髪が風になびくと、どんな男もため息をつかずにはいられない。王国の貴婦人のなかでも、指折りの美女だった。

 父も、若い頃はすらりとした貴公子として名を馳せていたという。五十を超えた今、その痩せた体は威厳のなさと見られることもあるようだ。しかし、容姿が劣っているわけではない。

 美しい父母からすれば、たったひとりの娘が「みにくい」というのは耐えがたい苦痛に違いない。

 そのことに、おまえは今まで気がつかなかったのだ。

 みにくいくせに、自分が「ふつう」だと思い込んで「ふつう」のことをしようとしていたのである。

 両親が自分に冷たいのは、それが原因だったのではないか。

 身の程知らずな娘だと、嫌っていたのではないか。

「これからは、自分がみにくいということを、ちゃんとわきまえて生きていきましょう」

 そうすれば、きっと、お父さまもお母さまも、今より優しくしてくれるはず。

 おまえは、そう思いたかった。





 おまえが生まれる少し前、大きな戦争があった。

 大河(ベツノカ)の向こうがわにある隣国「呪われた国」が、王国に攻め込んできたのだ。

 激しい戦いのすえ、王国が勝利した。

 おまえの祖父は将軍として一軍を指揮し、その勝利に貢献した。

 だが、深い傷を負い、死期を早めることになった。

 国王は、ベッドに横たわる老将に告げた。

「王国最高の名将、至高の英雄よ。そなたの偉大な功績に報いるため、余にできることはないだろうか?」

 祖父は答えた。

「私は戦場で多くの部下を死なせました。もはや何も望みはしません。そのかわり、もうじき生まれてくる孫のことを、どうか、よろしくお願いいたします」
「聞き届けた」

 国王は涙ながらに頷いた。

「そなたの孫が男児でも女児でも、余の孫の誰かと結婚させることを誓約しよう」
「ありがたき幸せ。これで、心置きなく……」

 数日後、祖父は息を引き取った。

 その後、すぐに、おまえが生まれたのだ。

 おまえの婚約者として定められたのは、王太子ファルスの長男・ニルスだった。

 幼少のころから武芸・勉学において頭角をあらわし、将来は立派な王となるだろうと早くも期待されていた。ファルスが「私の番を飛ばして、ニルスが次の王になっても良いくらいだ」などと、のろけるほどであった。

 そのニルスの妃となる者は、将来、王太子妃の座を約束されているということだ。

 だが、その相手がみにくいおまえということになれば――。

「ああ、どうしたものだろう?」

 おまえの父親は、そう嘆く。

「こんな娘がニルス様の婚約者などと、他の貴族たちが納得するはずがない」
「偉大な父上が遺してくれた縁談が、まさか、我が家にとってこのような災いになるとは」
「ああ、まったく、この縁談さえなければ、カヤを修道女にでもしてしまえば済んだものを」

 いっそ婚約を破棄してはどうかという考えもあったが、国王との約束を破るだけの勇気は、父にはなかった。元来、気弱な人なのだ。

 そんな父にとって、おまえは枷(かせ)だった。

 栄えある公爵家にとって、枷(かせ)だった。

 ただ醜く生まれたというだけで、おまえ自身の責任ではないところで、そんな扱いを受けねばならない。

 だが、おまえは父に対して怒りを覚えたりはしなかった。

 ただ、悲しかった。

 父をこんなに苦しませている、そんな自分が、ただただ悲しかった。

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