上 下
1 / 28

高貴に生まれ、みにくく生まれ

しおりを挟む
 おまえは、公爵家の長女として生を受けた。

 名を、カヤ・ホーリーロード。

 公爵令嬢である。

 王国でも最上位の高貴な身分に生まれたのだが、しかし、顔が醜かった。

 みにくかったのだ。





 おまえは、いつもひとりぼっちだ。

 客人が屋敷に来るということになると、おまえは両親から「部屋から出てくるな」ときつく言われた。好奇心旺盛なおまえが「わたしもおきゃくさまに会いたい」と頼んでも、許可されなかった。メイドを見張りにつけてまで、おまえを人前に出そうとはしなかった。

 外出もいけない。

 毎日午後三時になると、母は散歩に出かける。遊びたい盛りのおまえが「いっしょにいきたい!」と言っても、母は決して許さなかった。

 なぜだろう?

 おまえは「自分がいい子じゃないからだ」と考えた。

 何か粗相(そそう)をして、お母さまやお客さまにご迷惑をかけると思われているんだ――そんな風に考えたおまえは、マナーをけんめいに学び、7歳の子供としてはできすぎた作法を身につけた。

「これで、おきゃくさまに会わせてもらえるかしら?」

 おまえが聞くと、メイドは哀しそうに微笑んで答えた。

「ええ。いつか、きっと」





 メイドの言う「いつか」は、冬の寒い日にやってきた。

 冬至のパーティーが公爵邸で行われることになり、いよいよ、父母はおまえを隠しておくことができなくなった。

「なぜ、うちでパーティーなんかを開くことになったんです!」
「季節の祝宴は持ち回りなんだ、しかたがないじゃないか」

 深夜、そんな風に言い争う両親の声を、おまえは部屋のベッドの中で聞いていた。せっかくのパーティーなのにどうしてケンカなさっているんだろう、ああ、楽しみ――そんな風に思いながら。

 おまえは、ずっとひとりだったから。

 たくさんの人に会えるのが楽しみで楽しみで、しかたがなかったのだ。

「そうだわ!」

 おまえはふと思い立ち、ベッドから飛び起きる。

 机の引き出しを開けて、お絵かき用の紙を取り出してカードを作り始めた。

 ――はじめまして!

 ――なかよくしてください!

 そんな言葉を書き連ねて、色とりどりのペンでせいいっぱいの飾りつけをした。

 これを渡す人が、おともだちになってくれますように。

 おまえは、万物に宿るという精霊に、そうお祈りをした。





 パーティーの日。

 見たこともないほど大勢の客人が集う、きらびやかなパーティーにわくわくするおまえにぶつけられたのは、無慈悲な視線だった。

 ある者は、まばたきをした後、気まずそうにおまえの顔から目を逸らした。

 ある者は、じろじろと見つめ続けた。

 あからさまな嘲笑を浮かべる者もいた。

 聞こえよがしに言う者もいた。

「ほほう、あれが公爵閣下の〝箱入り娘〟ですか」
「なるほど、大切に『秘蔵』していた理由がわかりましたぞ」
「いやはや。あの美しい奥方から、このような……」

 隣に立つ母親の顔が、真っ青になっていくのを、おまえは見た。

「だいじょうぶ、お母さま――」

 母はか細い声で答えた。

「近寄らないで。お願いだから」

 その言葉を聞いて、おまえは悟った。

 なぜ、自分が部屋から出してもらえなかったのか。
 なぜ、母の散歩についていくことすら許されなかったのか。

 すべては自分の容姿に原因があることを知ったのだ。

 おまえはそっと母親のそばを離れた。

 目立たないよう壁際に立って、夢にまで見た楽しいパーティーの様子をひとり眺める。

 思い思いに着飾った令嬢たちが目にとまる。

 なかには、おまえと同じくらいの年の子もいた。

 とても愛らしく、表情をくるくる変えて愛嬌を振りまき、それを見つめる大人たちは目尻を下げる。

 みんな、例外なく美しい。

 ああ、貴族令嬢とはこういうものなのだ――そのことにおまえは気づいた。

 そして、思い知った。

 自分がみにくいのだということを。

 決して、きらびやかな彼女たちの輪のなかには入っていけないのだということを。

 おまえの手に握られたままの「おともだちカード」は、誰にも配られることはなかった。

 おまえの手のなかで、こぼれおちた雫に濡れて、にじんでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート過ぎるご令嬢、国外追放される

舘野寧依
恋愛
わたしはルーシエ・ローゼス公爵令嬢。 舞踏会の場で、男爵令嬢を虐めた罪とかで王太子様に婚約破棄、国外追放を命じられました。 国外追放されても別に困りませんし、この方と今後関わらなくてもいいのは嬉しい限りです! 喜んで国外追放されましょう。 ……ですが、わたしの周りの方達はそうは取らなかったようで……。どうか皆様穏便にお願い致します。

パーティ会場で婚約破棄を言い渡されましたが、その内容を聞き間違えたようです

水上
恋愛
私、侯爵令嬢のシェリル・パーセルです。 根暗な私は社交界を避けていたのですが、ある日、姉の代理という形でパーティに参加することになりました。 そこには、私の婚約者であるアイザック・ライデルもいました。 そして、パーティが始まるとアイザックは、壇上に立って何か言い始めました。 しかし、私は料理を食べるのに夢中で、彼の話をあまり聞いていなかったのです。 ……あれ? 気付けば周りの人たちの視線が、いつの間にか私に集まっています。 えっと、彼、何か言っていましたか? なんか……、こんにゃくを廃棄するとか言っていたような……。 捨てるくらいなら、まぁ、私が食べますけれど……。 ※こちらの作品は、旧作を加筆、修正しての再掲載となります。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【魅了の令嬢】婚約者を簒奪された私。父も兄も激怒し徹底抗戦。我が家は連戦連敗。でも大逆転。王太子殿下は土下座いたしました。そして私は……。

川嶋マサヒロ
恋愛
「僕たちの婚約を破棄しよう」 愛しき婚約者は無情にも、予測していた言葉を口にした。 伯爵令嬢のバシュラール・ディアーヌは婚約破棄を宣告されてしまう。 「あの女のせいです」 兄は怒り――。 「それほどの話であったのか……」 ――父は呆れた。 そして始まる貴族同士の駆け引き。 「ディアーヌの執務室だけど、引き払うように通達を出してくれ。彼女も今は、身の置き所がないだろうしね」 「我が家との取引を中止する? いつでも再開できるように、受け入れ体勢は維持するように」 「決闘か……、子供のころ以来だよ。ワクワクするなあ」 令嬢ディアーヌは、残酷な現実を覆せるのか?

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

婚約者と兄、そして親友だと思っていた令嬢に嫌われていたようですが、運命の人に溺愛されて幸せです

珠宮さくら
恋愛
侯爵家の次女として生まれたエリシュカ・ベンディーク。彼女は見目麗しい家族に囲まれて育ったが、その中で彼女らしさを損なうことなく、実に真っ直ぐに育っていた。 だが、それが気に入らない者も中にはいたようだ。一番身近なところに彼女のことを嫌う者がいたことに彼女だけが、長らく気づいていなかった。 嫌うというのには色々と酷すぎる部分が多々あったが、エリシュカはそれでも彼女らしさを損なうことなく、運命の人と出会うことになり、幸せになっていく。 彼だけでなくて、色んな人たちに溺愛されているのだが、その全てに気づくことは彼女には難しそうだ。

冤罪をかけて申し訳ないって……謝罪で済む問題だと思ってます?

水垣するめ
恋愛
それは何の変哲もない日だった。 学園に登校した私は、朝一番、教室で待ち構えていた婚約者であるデイビット・ハミルトン王子に開口一番罵声を浴びせられた。 「シエスタ・フォード! この性悪女め! よくもノコノコと登校してきたな!」 「え……?」 いきなり罵声を浴びせられたシエスタは困惑する。 「な、何をおっしゃっているのですか……? 私が何かしましたか?」  尋常ではない様子のデイビットにシエスタは恐る恐る質問するが、それが逆にデイビットの逆鱗に触れたようで、罵声はより苛烈になった。 「とぼけるなこの犯罪者! お前はイザベルを虐めていただろう!」 デイビットは身に覚えのない冤罪をシエスタへとかける。 「虐め……!? 私はそんなことしていません!」 「ではイザベルを見てもそんなことが言えるか!」 おずおずと前に出てきたイザベルの様子を見て、シエスタはギョッとした。 イザベルには顔に大きなあざがあったからだ。 誰かに殴られたかのような大きな青いあざが目にある。 イザベルはデイビットの側に小走りで駆け寄り、イザベルを指差した。 「この人です! 昨日私を殴ってきたのはこの人です!」 冤罪だった。 しかしシエスタの訴えは聞き届けてもらえない。 シエスタは理解した。 イザベルに冤罪を着せられたのだと……。

妹がいるからお前は用済みだ、と婚約破棄されたので、婚約の見直しをさせていただきます。

あお
恋愛
「やっと来たか、リリア。お前との婚約は破棄する。エリーゼがいれば、お前などいらない」 セシル・ベイリー侯爵令息は、リリアの家に居候しているエリーゼを片手に抱きながらそう告げた。 え? その子、うちの子じゃないけど大丈夫? いや。私が心配する事じゃないけど。 多分、ご愁傷様なことになるけど、頑張ってね。 伯爵令嬢のリリアはそんな風には思わなかったが、オーガス家に利はないとして婚約を破棄する事にした。 リリアに新しい恋は訪れるのか?! ※内容とテイストが違います

処理中です...