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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 私が一番やりたい事は何か。

 決まっている。

 エリンの恋の応援。これ。


 そして私は今、町へ来ている。

 一人じゃないの。オーリーとエリンとイヴの三人も一緒。

 出場する武闘大会へのエントリーついでに、皆で町で遊ぼう、と三人に声をかけたのだけれど、本当は当て馬作戦のため。


 心に引っかかっていた問題もほぼ解けて、憂いが殆どなくなった今だからこそ、全力で作戦に打ち込めるというもの。


 けれど大きな問題が一つ。


 私は作戦実行に当たり、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返した。

 エリンの人物像を把握しきれていないので、それはそれは何パターンも。

 けれど、そこまでしてようやく気が付いた。

 当て馬が一人で頑張った所でどうしようもなくない?という事実に。


 私がいくら呷った所で、そもそもエリンが奮起するとは限らないし、最悪諦めて誰も幸せにならないパターンだってありうる。

 つまり、エリン自身をサポートする役目が必要なのだ。


 兄上には何らかの形で協力してもらうつもりだけれど、エリンと全く面識がないので、そもそもサポート役は無理。

 何より兄上から当て馬作戦なんて止めておけなんて言われているので積極的に協力してくれるとは思えない。

 マンナにも同じ事を説教された過去があるので、兄上の言い分はも分かる。

 けれど、私は可愛いエリンの恋を応援したいの。

 これは、友人として同然の感情ではないかしら。

 そして、自分の心の声に耳を傾けるのも、また大切ではなくて?


 要はやり過ぎなかったら良いのよ。


 というわけで目下の目標は、イヴを仲間に引き入れる事。


 イヴならエリンを良く知っているし、協力してくれればきっと上手く行くはず。

 イヴもエリンの事を心配して、応援する様な素振りがあったし、たぶん大丈夫だと思うの。


 このお出かけで、イヴと話ができると良いのだけれど。





「ね、オーリー?」


 私は隣を歩くオーリーの裾を、指先で摘まんで引っ張った。

 目線は顔ごとではなく、上目遣いを意識して瞬きをする。
 ちょっとあざといくらいがちょうど良い。

 相手にあからさまに媚を売っている方が、対抗心に火がつきやすいもの。


「ん?どした?」


 オーリーに猟をしている時の緊張感はなく、表情は緩みリラックスしている。


 今日のオーリーはいつもの猟師姿じゃなく、完全にオフなスタイル。

 緩やかにうねる髪を下ろし、彼が好むゆったりとしたカジュアルな服装と、ごつめの耳飾りがいくつか耳に光る。
 耳飾りはすべて魔法具だし、髪だって下ろしただけ。なのに猟師としての彼と、あまりにも雰囲気が違い過ぎて、さすがの私でも少しドキドキしてしまう。

 これが女をたらしこむ時のオーリーなんだわ、きっと。


「どこかで美味しいの食べたくない?」


「美味しいのって……」


 オーリーが言葉を飲み込んだ。音を立てて喉ぼとけが上下する。


 いったい何を想像したのかしら。


 想像しただけでそんな風になる食事なんて、私、興味しかないわ。
 後で聞いてみましょう。


「二人もお昼まだでしょう?」


 ここで話を振りながら、エリンの反応を伺う。


「まぁ……」


 そして、思わず感嘆の声を上げた。


 エリンはいつもの様子で私を見ていた。

 私が振り向いた一瞬だけ、表情を取り繕う刹那、こちらを見るエリンの顔は静かな怒気を孕んでいた。


 まさしく嫉妬する女の顔。


 早速の手応えに込み上げてくる、拳を突き上げたくなる衝動を、私はグッと堪えた。


「もちろん、まだよ」


 エリンではなく、イヴが答える。


 今はまだお昼前、当然食べていないと思ったのよね。その為にこんな時間に待ち合わせしたんだもの。

 私はカバンの中から、ジェスから貰ったチラシを取り出した。


 ドキドキしながら、チラシの角を両手で摘まんで、三人に見せる。


「これは?」


 チラシを見て首を傾げたエリンに対し


「これってつい最近できたばかりの店だよな?」


 しっかりお店の存在を把握しているオーリー。
 イヴは言われてようやく「あぁ」と頷いた。

 エリンかイヴが食いついてくると思ったのだけれど、まさかオーリーが反応するなんて。ちょっと意外。


「ジェスが、オーリーのお母様がくれたの」


 私は行った事がないからジェスの話を聞く限りだけれど、このお店は綺麗な内装に綺麗な食器、お洒落で高級感すら漂うらしい。

 もちろん食事も菓子も美味しくて、貴族の気分を味わえるともっぱらの評判。

 それらが若い人にも手が届く価格で提供されていると、人気のお店らしい。


 とはいえ、貴族の気分は、元王女の私は散々味わっているので新鮮味もなく、その部分に私の興味はない。

 私の好奇心を惹きつけたものはそこじゃないの。

 このお店で提供される食事と菓子なの。


 この店のコンセプトは異国。提供されているのは外国の料理や菓子。


 種類も豊富で、オワリノ国ではあまり食されない外国の物もあるそう。


 しかもよ? この手の店は好きな食事を自由に選んで良いの。


 私は考えただけで、素敵な気分になる。

 お城の食事はすごく美味しいけれど、メニューは決められているから自分では選べない。

 他に私が知っている味といえば、魔物退治の際に堪能する野性味あふれる食事だけ。

 もちろん選べないし、むしろ、あるだけ感謝しなくてはならない。

 お父様とお母様は外国への公務もあるので、異国の味を知っているけれど、殆どの時間を城で過ごす私は、知識としては知っていても、実際に味わう機会は殆どない。

 もしかすると、庶民の方が様々な食事を楽しんでいるかもしれない。


 そして、今の私は一庶民。

 好きな食事を選べる立場にある。

 

「もし、お昼決まってないならって、ジェスから貰ったのだけれど……」


 この店に行ってみない? 全部言えなかった。

 だって、私の提案に三人は無言で視線を交わしたんだもの。


 すぐに気が付いた。これ駄目なパターンだって。


 一瞬、覚えた疎外感と落胆。

 だけれど、次の瞬間には感情が高ぶり、私は歓喜に身を震わした。


 あぁ、この三人、通じ合ってるって感じがすっごく良いわ。


 けれどこの場合は恋愛物語ではなく、どちらかというと青春物語かしら。


 幼馴染の三人は、成長と共に疎遠になっていくのだけれど、町に引っ越してきたばかりの新しい友人をきっかけに、再び交流が始まっていく。

 それぞれが決して短くない、互いに知らない時間を過ごしてきた。

 それだというのに、三人はあっという間に昔のように通じ合うの。

 懐かしさと共に幼い頃の気持ちも蘇り、三人で世界が完成していた頃へと引き戻される。

 けれど昔は三人だけだった世界も、新たな友人の存在により歪み、崩れ、変化していく。

 いつまでも幼い頃のままではいられない。誤解とすれ違いを乗り越え、成長し友情を深め合っていく物語…………


 私、嫌いではないわ。むしろ好きよ。


 更に言えば……いいえ、今は私の好みはどうでも良いの。


 彼らの無言を、どう取るべきかが問題なの。


 もしかしてだけれど、私の提案は三人の趣味とは合わなくて、困らせてしまったのかもしれないわ。


 それならと、私はすぐに思考を切り替えた。


 今日の目的はイヴとお話をして、仲間になってもらう事なのだから。

 別にチラシの店でなくても良いの。


「美味しいものなら、別にここでなくても良いの。三人のおすすめのお店があるなら、ぜひ行ってみたいわ。例えば良く食べている物とか……知りたいわ」 


 そう、例えば、さっきオーリーが喉を鳴らした時に思い浮かべていた食事とか。


 ワクワクしている私を他所に、三人は再び顔を合わせた。


 もしかして、庶民ってお昼ご飯食べないのかしら。

 私が思っているより、食を楽しんだりしないのかしら。


 けれどアートは、魚の形の焼き菓子を美味しそうに食べていたわ。


 あら?

 けれどあれは確か、私が見ていたから買ってくれたのよね。

 なら、やっぱり食事に拘りがないのかしら。


 何かを言いたそうな6つの目を順に見ながら、私はそんな事を考えていた。


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