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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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「何で、それを私に言うの?それを聞いたのはイヴだし、私に言うのは筋違いだと思うんだけど」


 人の心って本当にデリケートね。

 私は自分の事などすっかり棚に上げて、そう思った。自分だって触れられたくない気持ちことの一つや二つ、三つや四つあるというのに、全く自分勝手な事だ。


 今この場で、オーリーを好きなのはイヴではなくてあなたでしょうと、そう言うだけなら簡単だ。

 けれども、これ以上エリンの不興を買って、火に油を注ぐなんて事態にならないか、不安にかられている。

 いつも誰かが助けてくれた。この前はジージールが助けてくれた。
 今は誰も助けてくれないのだから、自分で何とかしないと。


 私が緊張して表情を強張らせたのが、エリンには睨み付けている様に見えたみたい。
 私に睨まれ、、エリンがどう思ったのかはわからないけれど、エリンはハッと息を短く吐き負けじと私を睨み返した。


「私、別にオーリーを、す、好きとかじゃないし」


 ちょっと早口で、エリンの頬がサッと赤らむ。私はポカンと彼女を見返した。

 こうなっては睨みも意味を為さない、というか全く違ってくる。
 そんな顔で、そんな事を言われても説得力は皆無だ。


 可愛い……私はつい口に出していた。
 茶化すつもりはない……ないけれど、やっぱり、恋する女の子は可愛くて、私の気分も高揚する。


 エリンのは、いわゆるツンデレよね。物語以外で見たのは初めてよ。

 だって、高等テクニックだもの。


 男も女も、優良物件は取るか取られるかのお城の中で、ツンデレは相手に誤解を与え恋敵に付け入る隙を与える口実になってしまう諸刃の剣。

 ツンデレを発動するタイミングを見極めるのも困難で、誰もこんな余裕のある作戦をとる人はなかった。争いに巻き込まれたくない人は、疑わしい態度を取らなかったから、なおさら目にする機会はなかった。



 それにしても、なんて素敵なシチュエーションなのかしら。



 軽薄な振舞いをする幼馴染に、密かに恋心を寄せる女の子。振られて一緒にいられなくなるより、今のままが良いと思っていたのに、現れた新たなライバルはこれまでとは違っていて――!?


 今適当にまとめたのだけど、完璧じゃない?完全に物語の始まりじゃない?


 今後の展開としては、ライバルに当てられて主人公も徐々に幼馴染にアプローチをするようになって。
 それで、幼馴染もいつもと違う主人公に戸惑いつつも、いつしか主人公を恋愛対象としてみるようになる。だけれど、主人公の方は片思いが長すぎたからか、自分が好かれているかもなんて思いもしないの。
 二人の気持ちがすれ違う、胸キュン必須な切ない展開が待っているのよ。


 そんな物語を進める力を持つのは、主人公でも相手役の幼馴染でもなく、だ。

 当て馬がいるからこそ、主人公は幼馴染に積極的にアプローチしようと思うし、幼馴染も当て馬と主人公を比べる事により、自分の気持ちに気が付く事ができるの。


 なんて都合が良いのかしら。

 目の前で物語が始まろうとしているのに、肝心な当て馬がいないのでは話にならないじゃない。


 オーリーが彼女に気がないのなら、私が何をしたってどうにもならないし、エリンに気があるのなら、素直になったエリンに答えるでしょうし。


 私を止める人は誰もいないのだし、好きにしても良いかもしれない。




「では、私の勘違いだったのね。ごめんなさい。余計な事を言ったわ」 


 ほら、もう、ワクワクしている。エリン、ごめんなさい。


「わ、わかってくれれば…………」


「では、遠慮する必要はなかった……という事ね。安心したわ」


 私は立ち上がり微笑んだ。

 口元を手で隠しつつも完全には隠さない。相手に見せつけ印象付けるためだ。


 私は先々月見に行ったばかりの舞台を、記憶中から引き出してくる。

 登場人物を次々と虜にしていく男の話。劇自体はコメディーだったのだけれど、主人公の男は艶やかで本当に美しかった。

 顔の造形がじゃない。その仕草が、表情が、言葉が、客席から見ている私を虜にした。今でも彼の演技が、記憶に鮮明に残っている。


「彼に特定の相手がいるのなら、諦めようかと思っていたけれど、違うのなら安心したわ。オーリーにアプローチできる」


「…………え?」


 エリンが奥歯をグッと噛みしめたのが分かった。僅かだけれど目が見開き、平気なフリをしていたエリンの仮面が剥がれ落ちる。

 やったわ。

 ショックを受けているエリンには悪いけれど、私はちょっとした達成感を覚えていた。


 心の中でぐっと拳を握る。

 やっぱり、素直に好きと思えるのなら、それほど素晴らしいものはないと思うから。


「やっぱり、オーリーの好きなんでしょ?」


 私は、先程のは発言を取り消すつもりで、エリンに問いかけた。

 けれど、不運にも、あの恐ろし気な咆哮がほぼ同時に響き渡り、私の台詞をかき消した。

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