85 / 122
第二章~自由の先で始める当て馬生活~
15
しおりを挟む
「……え? 一緒に住んでるの?」
一拍も二拍も遅れて呟いたのは、オレンジ色の髪の少女だった。ショックを隠し切れない様子で、手に持っていた大きな籠を落としかけ、慌てて抱え直す。
これは、早めに追い返した方が良いかもしれない。私の勘が告げる。
オーリーと歳の近いこの少女たちの目的がオーリーであるなら、その方が良いはずだ。
色恋というのは人を素晴らしい気分にもしてくれるけれど、反対に愚かにもすると、私は経験から知っている。
一方的に想っているだけで、相手の都合も迷惑も考えず行動を起こす人はいる。お城にもいた。
お城での色恋は何かとトラブルの元になるので、公には恋愛禁止なのにもかからわず、そういった人たちは堂々とするからなお悪い。
せめて、節度を保ちこそこそしてくれれば、という侍従長の嘆きは、彼女の心労を物語っている。
もし彼女たちがオーリーに付きまとっているなら、オーリーが帰ってきた時に彼が嫌な思いをするかもしれない。
どんな思惑があったとしても、オーリーとその両親は私にとって恩人に間違いない。なら私も誠意をもって彼らの留守を預かるべきだ。
「荷物なら私が預かります。帰ってきたらお渡しするので……えっと、ジェスにお渡しすれば良いですか?それともオーリーに?」
「おばさん……ジェスに渡してもらえますか?ターナーからと」
オレンジ髪の少女が遠慮がちに籠を差し出す。籠は思いの他重たくて、普通に差し出された籠を受け取った時、私はよろめいて足を一歩前に踏み出す。
筋力は確実に落ちている。
確かに魔力で肉体を強化すれば、私は見た目以上の力を手に入れられるけれど、元々の筋力が弱ければ、その最高到達点も下がるわけで、ともすればいつか足元を掬われかねないわけで。
「はい、確かにお預かりします」
トレーニングを再開しようと心に決めつつ、籠をしっかり抱える。
「くれぐれもよろしくお願いします」
青い髪の少女の、明らかに棘のある物言い。私は彼女を怒らせてしまったみたい。
対応、間違えたかも。マンナならもっと上手にやるわよね。もっとちゃんとマンナや侍女たちのしている事見ていれば良かったな。
「…………」「…………」
ほんの数秒、互いに無言で顔を合わせ「では、失礼します」私は目を伏せ、ドアを閉めた。
籠は机の上に置き、掃除をしようと拭き布を握り絞めた時だった。不意にドアの向こうから声がした。
「噂は本当だったのね」
「イブ? もしかして、あの人の事知ってたの?」
先ほどの少女たちの声だ。私には聞こえていないと思っているのか、話の内容は私の事だ。
盗み聞きなんてはしたないとは思いつつ、私は玄関の扉に耳を寄せる。
「オーリーが新しい恋人を家に連れ込んでるって……この前聞いて。あのオーリーに限ってとは思ったんだけど、少なくとも半分は正解だったみたい」
あのオーリーに限って? どういう意味かしら。オーリーって特別女嫌いって感じもしなかったけれど。だって私には普通に接してくれるもの。
「恋人って……サラは?先月までは良く一緒にいたわよね……確かに、恋人ってわけではなかったみたいだけど……」
「あの、色情魔の事だからまた、もう飽きたんでしょう?特定の相手を作ることすら珍しいのに、それも続かない。本当に救いようがない」
色情魔て……そっち?
オーリーってば、女性が苦手で硬派というのではなくて、逆に女性が好きでとっかえひっかえしてるの?
まさか……いえでも。私は小さく呟いた。
普段のオーリーはいかにも好青年といった感じで、親切で悪ぶる様子もない。毎日朝には私と一緒に狩りへ出かけ、町へ獲物を卸しに行っても夕方には家に帰ってくる。
少なくとも私がこの家に来てからはずっと同じサイクルで、どこにも遊んでいる余裕はない。
彼女たちの言うオーリーは本当に、私が知るオーリーなのかと疑いたくなる程だ。
けれど、よくよく思い出してみれば、彼に初めて会った時、彼は私の破廉恥な恰好を見ても、欠片も動揺していなかった。確かにあの時私は、この人は女性にモテるに違いないと思ったはずだ。
あの時は鋼の精神で動揺を上手く隠したと思ったけれど、本当は女性との経験が豊富だから今更動揺もしないと……彼女たちの会話を信じるなら、そういう事になる。
「でも、お家に連れてきたのって初めてのじゃない?今度こそ本気……ってことかな」
「エリン……まだ、決まったわけじゃないから。あいつが帰ってきたら捕まえて聞き出す!」
これ以降の、少女たちの会話は聞こえなくなった。けれど帰ったわけでもなさそうだ……というのも、少女たちは少し離れた所に置いてある岩に腰かけ、まだ話をしているからだ。
声は聞こえないけれど、楽しいのが伝わってくる。
初めからそうしていなかったのは、私に会話を聞かせようとしていたのか。疑心暗鬼を植え付け、恋人同士を破局させるなど、昔から存在している手口だ。
けれど、元々オーリーとは恋人でも何でもないから、関係ないのよね。
勘違いだと訂正しておくべきか迷ったけれど、盗み聞きしていたというのもバツが悪く、私はウンと背伸びをし、掃除を再開させた。
一拍も二拍も遅れて呟いたのは、オレンジ色の髪の少女だった。ショックを隠し切れない様子で、手に持っていた大きな籠を落としかけ、慌てて抱え直す。
これは、早めに追い返した方が良いかもしれない。私の勘が告げる。
オーリーと歳の近いこの少女たちの目的がオーリーであるなら、その方が良いはずだ。
色恋というのは人を素晴らしい気分にもしてくれるけれど、反対に愚かにもすると、私は経験から知っている。
一方的に想っているだけで、相手の都合も迷惑も考えず行動を起こす人はいる。お城にもいた。
お城での色恋は何かとトラブルの元になるので、公には恋愛禁止なのにもかからわず、そういった人たちは堂々とするからなお悪い。
せめて、節度を保ちこそこそしてくれれば、という侍従長の嘆きは、彼女の心労を物語っている。
もし彼女たちがオーリーに付きまとっているなら、オーリーが帰ってきた時に彼が嫌な思いをするかもしれない。
どんな思惑があったとしても、オーリーとその両親は私にとって恩人に間違いない。なら私も誠意をもって彼らの留守を預かるべきだ。
「荷物なら私が預かります。帰ってきたらお渡しするので……えっと、ジェスにお渡しすれば良いですか?それともオーリーに?」
「おばさん……ジェスに渡してもらえますか?ターナーからと」
オレンジ髪の少女が遠慮がちに籠を差し出す。籠は思いの他重たくて、普通に差し出された籠を受け取った時、私はよろめいて足を一歩前に踏み出す。
筋力は確実に落ちている。
確かに魔力で肉体を強化すれば、私は見た目以上の力を手に入れられるけれど、元々の筋力が弱ければ、その最高到達点も下がるわけで、ともすればいつか足元を掬われかねないわけで。
「はい、確かにお預かりします」
トレーニングを再開しようと心に決めつつ、籠をしっかり抱える。
「くれぐれもよろしくお願いします」
青い髪の少女の、明らかに棘のある物言い。私は彼女を怒らせてしまったみたい。
対応、間違えたかも。マンナならもっと上手にやるわよね。もっとちゃんとマンナや侍女たちのしている事見ていれば良かったな。
「…………」「…………」
ほんの数秒、互いに無言で顔を合わせ「では、失礼します」私は目を伏せ、ドアを閉めた。
籠は机の上に置き、掃除をしようと拭き布を握り絞めた時だった。不意にドアの向こうから声がした。
「噂は本当だったのね」
「イブ? もしかして、あの人の事知ってたの?」
先ほどの少女たちの声だ。私には聞こえていないと思っているのか、話の内容は私の事だ。
盗み聞きなんてはしたないとは思いつつ、私は玄関の扉に耳を寄せる。
「オーリーが新しい恋人を家に連れ込んでるって……この前聞いて。あのオーリーに限ってとは思ったんだけど、少なくとも半分は正解だったみたい」
あのオーリーに限って? どういう意味かしら。オーリーって特別女嫌いって感じもしなかったけれど。だって私には普通に接してくれるもの。
「恋人って……サラは?先月までは良く一緒にいたわよね……確かに、恋人ってわけではなかったみたいだけど……」
「あの、色情魔の事だからまた、もう飽きたんでしょう?特定の相手を作ることすら珍しいのに、それも続かない。本当に救いようがない」
色情魔て……そっち?
オーリーってば、女性が苦手で硬派というのではなくて、逆に女性が好きでとっかえひっかえしてるの?
まさか……いえでも。私は小さく呟いた。
普段のオーリーはいかにも好青年といった感じで、親切で悪ぶる様子もない。毎日朝には私と一緒に狩りへ出かけ、町へ獲物を卸しに行っても夕方には家に帰ってくる。
少なくとも私がこの家に来てからはずっと同じサイクルで、どこにも遊んでいる余裕はない。
彼女たちの言うオーリーは本当に、私が知るオーリーなのかと疑いたくなる程だ。
けれど、よくよく思い出してみれば、彼に初めて会った時、彼は私の破廉恥な恰好を見ても、欠片も動揺していなかった。確かにあの時私は、この人は女性にモテるに違いないと思ったはずだ。
あの時は鋼の精神で動揺を上手く隠したと思ったけれど、本当は女性との経験が豊富だから今更動揺もしないと……彼女たちの会話を信じるなら、そういう事になる。
「でも、お家に連れてきたのって初めてのじゃない?今度こそ本気……ってことかな」
「エリン……まだ、決まったわけじゃないから。あいつが帰ってきたら捕まえて聞き出す!」
これ以降の、少女たちの会話は聞こえなくなった。けれど帰ったわけでもなさそうだ……というのも、少女たちは少し離れた所に置いてある岩に腰かけ、まだ話をしているからだ。
声は聞こえないけれど、楽しいのが伝わってくる。
初めからそうしていなかったのは、私に会話を聞かせようとしていたのか。疑心暗鬼を植え付け、恋人同士を破局させるなど、昔から存在している手口だ。
けれど、元々オーリーとは恋人でも何でもないから、関係ないのよね。
勘違いだと訂正しておくべきか迷ったけれど、盗み聞きしていたというのもバツが悪く、私はウンと背伸びをし、掃除を再開させた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる