61 / 122
第一章~王女の秘密~
48~ジージール 1~
しおりを挟むジージールがアイナに言われ、騒ぎの元を調べに宿の外に出た時、煙はまだ一筋しか上がってなかった。煙が立ち上るその場所を突き止めた時、ジージールはあまりの腹立たしさに舌打ちをした。
もうもうと立ち上る割には、ほとんど臭いも熱もない。
やられた。この場所はジージールにアイナが耳打ちをしてきた場所だ。気を逸らす為にワザとあんな事を言ったに違いない。まんまと彼女の策略に乗ってしまったというわけだ。
久しぶりに兄上なんて呼ばれて嬉しかっただけに、ショックも大きかった。
一発くらいなら許されるだろうか、ジージールは拳を握り、踵を返した。
ジージールが初めてアイナに会ったのは、まだ7歳の頃だった。
四人兄弟の末っ子。兄たちには母との思い出があるのに対し、ジージールは極端に少なかった。乳母として城に務める母と会えるのは年に数回で、それもわずかな時間のみだ。
正直な所、アイナの事を恨んでいた。
姫の遊び相手を引き受けたのも、始めは母と一緒に居たかったからだった。
ジージールがアイナと初めて顔を合わせた時、彼女にいけ好かない子供といった印象を持ったのは、マンナの後ろに隠れ、中々顔を出さないアイナが、マンナは自分のものだと言わんばかりに映ったからだ。
今からでもやらないと言おうか。脳裏をかすめたが、それでも母と一緒に居られるのならと、マンナの後ろから出てくるのを根気強く待った。
やがて、マンナの後ろから顔を出したアイナに、ジージールは少なからず驚いた。彼女は黒髪黒い目を持っていたのだ。
ジージールはカラス羽の者と会うのは初めてだったし、この頃のジージールは諸事情から髪を白くしていたが、本来は黒い髪を持つ。
魔力の高さ故に黒くなるカラス羽ではなく、単純に先祖返りというやつで、ご先祖様に同じような体質の人がいたというだけの話。
魔法どころか、魔力の扱いすら危ういアイナに対し、ジージールは7歳にして片手で数えられる程だが魔法を扱えたし、魔力のコントロールも同年代と比べても上手だった。
それでも自分と同じ黒髪の少女に興味を引かれ、その時、ジージールの中で何かが変わった。
アイナの方も国王と同じく、白い髪を持つジージールに、すぐに興味を示した。
初めの緊張が嘘かのように、アイナがジージールに付いて回る様になると、周囲は何かと可愛らしい兄妹の様だ、と囃し立てた。
見た目は似ていないし、髪の色も違う。一緒なのは目の色だけ。
ジージールはとても兄妹とは思えなかったが、三歳のアイナはそれを素直に受け取り、ジージールを”兄上”と呼んだのだった。
まだ三歳だったアイナには”兄上”の発音が難しかったらしく、なので確にいえば、”あぃぅえ”だ。
あぃぅえ、あぃぅえ、言いながら自分の後を付いてくる幼い女の子は実に愛らしく、まだ少年であったジージールの庇護欲をそそった。
好きにならないはずがなかった。
いつの間にかアイナは、ジージールにとって母を奪った憎い奴から、可愛い妹になっていった。
末っ子だったジージールは母がいない分、家では甘やかされる事も多く、子供の甘やかし方は良く知っていた。
己の経験を駆使し、可愛くて仕方ないと猫かわいがりすれば、甘やかしすぎだとマンナに注意され、魔力制御の訓練が苦手なアイナの為に、自分も魔法の訓練に勤しみ一緒にやろうと誘い、アイナに勉強を教えたくて自身も勉学に励んだ。
その結果、予定よりも早く遊び相手を卒業し、本格的に護衛としての訓練を積む羽目になったのだが、しかしそれは必然だったといえるかもしれない。
そんな経緯があるからだろう。ジージールの心境はとても複雑だった。
ついこの前まで自分の後ろをついて歩き、魔法が使えないと落ち込んでいた妹の、逞しい成長ぶりに感心はするものの、出し抜かれてしまっては苛立ちを覚える。
ジージールは笑うに笑えない失態に、今すぐ頭を抱え小さくなりたい気分だった。アイナの言葉を純粋に喜んでいた分、悔しいやら悲しいやらだ。
夏の避暑地での出来事は、当然ジージールも聞いている。
長年のあれやこれやと仕掛けた努力が報われ、ついに二人が出会い恋に落ちた。
あの二人が本当に恋仲になってくれれば、後はきっと上手く行くはずだった。
アイナも王子が実は避暑地で出会った男の子だと知れば、運命的な出会いだと態度を軟化させるはずで、それで本当に二人が結婚すれば、すべてが丸く収まる。
皆が幸せになれるなんて都合の良い思惑だったが、本当に都合よく考えすぎた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる