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第一章~王女の秘密~

7 ~アートの事情~

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 豪華絢爛な城の一室、宛がわれた部屋で、ネイノーシュがベッドに腰かけ仰向けに倒れた。


「さすがに、家のとは大違いだな。寝心地が全然違う」


「服に皺が寄る。寝るなら着替えた方が良い」


 お茶の用意をしながら、アートが言った。このままでは本当に着替えを出しかねない弟に対し、ネイノーシュはいらないよと答え、起き上がった。

 ならばせめて上着くらいはと、アートはネイノーシュに上着を脱がせると、皺にならない様丁寧にハンガーにかけ、クローゼットに仕舞った。
 それから一息つきたいであろう兄の為、紅茶を入れ、カップをニ客と茶請けのクッキーをサイドテーブルに置いた。


「ありがと」


 いつもながら、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる弟に苦笑しつつ、ネイノーシュは礼を言った。


「どうも」


 アートも笑いながら答える。


「これどうしたんだよ」

「お茶もクッキーも家から持ってきた。まだあるよ」

「クッキーだけか?」

「日持ちしないのは無理だったけど、他にも種類あるから」

「やり、さすがアート」


 ここまではいつもの、よくあるやり取りだった。二人の間には朗らかな空気が漂う。アートが表情を曇らせ、気まずそうに切り出すまでは。


「あ、兄貴さ……」


 アートがそう切り出した辺りから、雰囲気が変わった。アートはそれまでと同じように笑顔だし、答えるネノスの表情にも変化は見られない。けれども


「何だ?」


 答えるネイノーシュの声色は、間違いなく低く、緊張感を孕んでいる。
 いつもなら続きを急かすネイノーシュが《何だ》と言ったっきり黙っている。中々切り出さないアートに対し興味がないのか、それとも待っているのか。

 アートは喉ぼとけを、音を立てて上下させた。


「今日はゴメン、俺、つい姫様のことを……」


「あぁ、あれか。まずくない……とは言えないが、ま、大丈夫だろう」


「でも、明らかに不敬だったし、これでもこの話がダメになったら……」


「その時はその時だ。それに嫌な話だが、最後に物を言うのは金だ。その点において、うちは問題ないだろう。本業は貿易だし。領地もいざとなったら返納すれば良い。今のところ問題なく運営できてるんだ。王家も受け取り拒否しないだろ」


 貴族の地位がなくともやっていける。サラリと言ってのけれるのは、実際に経営に携わっているネイノーシュだからこそだ。どちらかというと領地経営に重きを置いており、本業は次男のセオドアが手伝っている。貴族に執着しない所をみるに、ネイノーシュも貿易業の方に興味があるのかもしれない。

 だが、現状のままでは、本業から遠ざかっていくのは間違いない。


「兄貴はこのままアィ…………姫様と結婚するのか?」


 アートは自分が持つカップに口を付け、紅茶を飲むフリをしているが、姑息な小細工など兄にはバレているのだろうと解っていた。

 もちろん、アートの緊張はネイノーシュに伝わっていた。
 あえて普段通り振舞おうとしているが、目が合わないし、せわしなく動いているのが、返って不自然だ。アイナと言いかけ息を整えたのも、しっかりネイノーシュの耳に届いていた。


「んーそうだな……」


 山から野菜を取り戻ったネイノーシュあに達がを訊ねても、アートは町を案内して別れた、としか言わなかった。様子も普段通りで、寧ろそれが何かあったのだろうと思わせた。

 あの日彼に何があったのか。正確に言うならば、アートの感情面に何が起きてしまったのか。

 はっきりと見て取れたのは、婚約の話が両親から切り出された時だった。

 昔から言い聞かされてきたネイノーシュ自身は、ついにこの時が来たか、としか思わなかったが、アートの動揺は明らかだった。

 その時の様子を思い出し、ネイノーシュは溜息を吐いた。


「する……んだろうな。昔から決まっていた事だ」


「昔?」


「知っていたのは兄弟では俺だけだったからな。アートが知らなくても無理ないよ。でもお前がまだヨチヨチ歩きの時にはもう……全部決まっていたらしい」


「そんな前から………………兄貴はそれで良いのか?」


「そうだな、思うところがないわけではないが、メリットの方が大きいからな。こんな身分でも一応貴族の端くれだ。領地の為にも精々コネを作って役立たせてもらうさ」


「何も兄貴が犠牲になる事ない」


 お前が代わりになりたいのか、言いかけてネイノーシュは口を噤んだ。

 残りの紅茶を一気に煽り、席を立ち背を向ける弟を、ネイノーシュは苛立ちにも似た複雑な気持ちで見つめた。
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