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序章~二人の出会いは~

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「きみ……大丈夫?もしかして降りられないの?」

 幹に抱きつく私が、下りられないのだと勘違いした男が、声をかけてきた。

 三人の中では一番年上に見える、黄金色の髪の片方だ。

 一人で登ったのだから、もちろん一人で降りられる。

 でもそうすると間違いなくスカートがめくれてしまうし、助けに来られてもスカートの中が見えそうだ。

 私は困って、首を横に振った。

 こんな醜態は、父様の秘密を探ってやろうと、寝室に忍び込んで以来だ。

 その時も父様にあっさりばれてしまい、とっても恥ずかしい思いをした。


「怖くないよ。下で受け止めてあげるから、思い切って飛んでごらん」


 仕方がないのだが、いよいよ勘違いされてしまった。


 それにしてもまるで、幼い子供に言い聞かせる、大人の言い様ではないか。

 確かに彼は私より年上に見えるが、私もそれほど子供ではない。

 多少気分を害しながらも、一人で降りるのと彼に受け止めてもらうのと、どちらなら無事最低限の体裁を整えたまま降りられるか、私は考えた。

 悩んだ末、本当は癪だったのだけど、男の言う通り飛び降りた。

 スカートが広がらないように、抑えながら飛ぶのは意外と難しかったが、一人で降りても無事に済んだとはとても思えないのだがら、これで良かったはずだ。

 木の下で両腕を広げるその人は、見た目以上に力強く、木の上から飛び降りた私を、しっかりと受け止めた。


「ほら、怖くなかっただろう?」


 私を受け止めた姿勢のまま、つまり男は私を抱きしめたまま言った。

 年頃の男性と接したことはあるが、この距離で、しかも密着するなどあるはずもなく、思いかけず、私の頰は真っ赤に染まり、自分でもわかる程顔が熱くなった。


「あ、いや、ごめん」


 男はようやく気が付き、私を下ろし離した。

 私は降ろされて、さっと数歩後ろに下がる。

 顔の火照りが引かないまま、控えめに笑顔を浮かべた。


「ありがとう。あなた見た目より、ずっと逞しいのね、素敵。私驚いてしまったわ」


 素直に礼を言うと、今度は男の方が頬を染め、はにかんだ。


「そんな風に言われたのは、初めてだよ」


 聞けば男たちはやはり兄弟で、これから山奥の畑に野菜を取りに行く途中らしい。

 何でもあまり日光の当たらない、冷やりとした流水の中でしか育たない、特別な野菜だという。

 きれいな水が豊富にないと育たず、どんな場所でも作れる野菜ではないらしく、それを聞いた私は俄然興味が湧いた。

 きれいな水が豊富に流れる畑など初めて聞いたからだ。

 町にも売っているかもしれない野菜よりも、畑の方に惹かれた。


「ねえ、お願いがあるの。私も連れて行って下さらない?危険でない所まで良いの。こう見えても体力はあるのよ」


 お願いしても良いだろうか。一瞬不安が脳裏を過った。

 彼らといる時に、私の客が来たら、間違いなく彼らを巻き込んでしまうだろう。


 いいえ、あいつらは滅多に来ないのだから、きっと大丈夫ね。それにその時は、私が彼らから離れれば済むもの。


 兄弟たちは互いに顔を見合わせ、明らかに困っていた。

 声を潜めてどうする、などと言っている。


「なあ、女の子が来るような場所じゃないから。大人しく家に帰った方がいいよ」


 私を受け止めた人が言った。まあ、当然の反応だろう。

 男の子は、女の子を連れて歩きたがらないものよ、と昔マンナに教わった。

 彼らは男の子って歳でもないが、マンナ曰く、男はいつまでたっても子供らしいので、きっと彼らもそうなのだ。


「じゃあ勝手に付いて行くから。言ったでしょう?私結構体力あるのよ」


「だから、ダメだって。本当に危険な場所にあるから、君は家に帰りなよ」


「いやよ、声かけたのはそっちじゃない。その野菜の畑がどんなものか気になるの。見てみたいわ。絶対に付いて行く!決めたわ!」


 拒否されたところで、勝手について行けば良いだけなのだから関係ない。私は自信満々で胸を張った。

 男たちはそんな私を見て、大きくため息を吐いた。


「………よし、わかった。アート、お前この子とここにいろ。最初にお前が見つけたんだから、お前が責任持てよな」


 アートと呼ばれたのは、黒髪の人だ。


「えぇ!?俺の分はどうすんだよ。兄さんたちが取ってきてくれるのか?」


「そんなの知らねえよ。見つけたのはお前だろ」


「声を掛けたのは、兄さんじゃないか」


 彼らの態度は当然と言えば当然なのだが、姫である私にそんな態度を取る人など滅多にいないのであからさまに嫌がられると、さすがの私もちょっと落ち込んでしまう。



 見つけたなんて、人を物みたいに言うなんて失礼ね。私そんなに無茶を言ったかしら?



 体力があるっているのは本当だ。一人で外に出ようとするくらいには訓練されているつもりだ。

 大人の男の人にだって付いて行ける自信はある。

 あの木に登れたのだから、気がついても良さそうなものだが、気が付かないのはきっと、彼らの身の回りは大人しい女性ばかりか、それか彼らが鈍いかどちらかだ。



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