4 / 122
序章~二人の出会いは~
3
しおりを挟む「きみ……大丈夫?もしかして降りられないの?」
幹に抱きつく私が、下りられないのだと勘違いした男が、声をかけてきた。
三人の中では一番年上に見える、黄金色の髪の片方だ。
一人で登ったのだから、もちろん一人で降りられる。
でもそうすると間違いなくスカートがめくれてしまうし、助けに来られてもスカートの中が見えそうだ。
私は困って、首を横に振った。
こんな醜態は、父様の秘密を探ってやろうと、寝室に忍び込んで以来だ。
その時も父様にあっさりばれてしまい、とっても恥ずかしい思いをした。
「怖くないよ。下で受け止めてあげるから、思い切って飛んでごらん」
仕方がないのだが、いよいよ勘違いされてしまった。
それにしてもまるで、幼い子供に言い聞かせる、大人の言い様ではないか。
確かに彼は私より年上に見えるが、私もそれほど子供ではない。
多少気分を害しながらも、一人で降りるのと彼に受け止めてもらうのと、どちらなら無事最低限の体裁を整えたまま降りられるか、私は考えた。
悩んだ末、本当は癪だったのだけど、男の言う通り飛び降りた。
スカートが広がらないように、抑えながら飛ぶのは意外と難しかったが、一人で降りても無事に済んだとはとても思えないのだがら、これで良かったはずだ。
木の下で両腕を広げるその人は、見た目以上に力強く、木の上から飛び降りた私を、しっかりと受け止めた。
「ほら、怖くなかっただろう?」
私を受け止めた姿勢のまま、つまり男は私を抱きしめたまま言った。
年頃の男性と接したことはあるが、この距離で、しかも密着するなどあるはずもなく、思いかけず、私の頰は真っ赤に染まり、自分でもわかる程顔が熱くなった。
「あ、いや、ごめん」
男はようやく気が付き、私を下ろし離した。
私は降ろされて、さっと数歩後ろに下がる。
顔の火照りが引かないまま、控えめに笑顔を浮かべた。
「ありがとう。あなた見た目より、ずっと逞しいのね、素敵。私驚いてしまったわ」
素直に礼を言うと、今度は男の方が頬を染め、はにかんだ。
「そんな風に言われたのは、初めてだよ」
聞けば男たちはやはり兄弟で、これから山奥の畑に野菜を取りに行く途中らしい。
何でもあまり日光の当たらない、冷やりとした流水の中でしか育たない、特別な野菜だという。
きれいな水が豊富にないと育たず、どんな場所でも作れる野菜ではないらしく、それを聞いた私は俄然興味が湧いた。
きれいな水が豊富に流れる畑など初めて聞いたからだ。
町にも売っているかもしれない野菜よりも、畑の方に惹かれた。
「ねえ、お願いがあるの。私も連れて行って下さらない?危険でない所まで良いの。こう見えても体力はあるのよ」
お願いしても良いだろうか。一瞬不安が脳裏を過った。
彼らといる時に、私の客が来たら、間違いなく彼らを巻き込んでしまうだろう。
いいえ、あいつらは滅多に来ないのだから、きっと大丈夫ね。それにその時は、私が彼らから離れれば済むもの。
兄弟たちは互いに顔を見合わせ、明らかに困っていた。
声を潜めてどうする、などと言っている。
「なあ、女の子が来るような場所じゃないから。大人しく家に帰った方がいいよ」
私を受け止めた人が言った。まあ、当然の反応だろう。
男の子は、女の子を連れて歩きたがらないものよ、と昔マンナに教わった。
彼らは男の子って歳でもないが、マンナ曰く、男はいつまでたっても子供らしいので、きっと彼らもそうなのだ。
「じゃあ勝手に付いて行くから。言ったでしょう?私結構体力あるのよ」
「だから、ダメだって。本当に危険な場所にあるから、君は家に帰りなよ」
「いやよ、声かけたのはそっちじゃない。その野菜の畑がどんなものか気になるの。見てみたいわ。絶対に付いて行く!決めたわ!」
拒否されたところで、勝手について行けば良いだけなのだから関係ない。私は自信満々で胸を張った。
男たちはそんな私を見て、大きくため息を吐いた。
「………よし、わかった。アート、お前この子とここにいろ。最初にお前が見つけたんだから、お前が責任持てよな」
アートと呼ばれたのは、黒髪の人だ。
「えぇ!?俺の分はどうすんだよ。兄さんたちが取ってきてくれるのか?」
「そんなの知らねえよ。見つけたのはお前だろ」
「声を掛けたのは、兄さんじゃないか」
彼らの態度は当然と言えば当然なのだが、姫である私にそんな態度を取る人など滅多にいないのであからさまに嫌がられると、さすがの私もちょっと落ち込んでしまう。
見つけたなんて、人を物みたいに言うなんて失礼ね。私そんなに無茶を言ったかしら?
体力があるっているのは本当だ。一人で外に出ようとするくらいには訓練されているつもりだ。
大人の男の人にだって付いて行ける自信はある。
あの木に登れたのだから、気がついても良さそうなものだが、気が付かないのはきっと、彼らの身の回りは大人しい女性ばかりか、それか彼らが鈍いかどちらかだ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
貴方の事を愛していました
ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。
家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。
彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。
毎週のお茶会も
誕生日以外のプレゼントも
成人してからのパーティーのエスコートも
私をとても大切にしてくれている。
ーーけれど。
大切だからといって、愛しているとは限らない。
いつからだろう。
彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。
誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。
このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。
ーーけれど、本当にそれでいいの?
だから私は決めたのだ。
「貴方の事を愛してました」
貴方を忘れる事を。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる