上 下
172 / 180
夢に咲く花

98

しおりを挟む
 男と娘は空港内の一室で待っていた。

 厳重な検査を終えた後であるから少々疲れていたが、それでも会える期待感が大きいのか、娘の方は父親よりは背筋をシャンと伸ばして座っていた。

 もうすぐ来るはずだ。自らを囮にしてまで自分たちを守ってくれたあの兵士。
 生きていると聞いた時、娘は心の底から歓び涙した。

 安堵したのもあっただろう。体を張って守ってくれたあの兵士が、毎晩夢の中で必ず冷たく動かなくなる。だがそれもきっと今日で終わる。
 娘は自身の宝物を使い自ら贈り物を綺麗包み飾った。上手にできたと思う。娘は返してもらった贈り物をそっと抱きしめた。


「お待たせしました」


 兵士と一緒に女性が一人やって来た。軍服も鎧も身に着けていない、見覚えもない女性。

 娘は戸惑いながらもあの日の記憶を呼び起こしていた。この人だっただろうか。髪の色は、背の高さは、声は、この人と同じだっただろうか。

 娘の戸惑いは兵士にも女性にも伝わっていた。娘と同じく一瞬ポカンとした父親が頷いた。


「ああ、あの時の……」


 父親の方は女性を覚えていた。


「この人にもね、助けて頂いたんだよ。お礼を言いなさい」


「あり、ありがとうございました」


 娘は状況を飲み込めないまま父親に促され頭を下げたが、娘の表情を見れば本当に礼を言いたかったのは違う相手なのだろうと容易に想像がついた。

 娘に顔をマジマジと見つめられ、女性、マリーは笑みを浮かべた。
 マリーの方も父親には見覚えがあった。応援に駆けつけ、孝宏を見つけたあの家にいた男だ。となると、本来ここにいるべき人物は自分ではない。

 マリーは自分を呼びに来た兵士を軽く睨み付けた。兵士も間違い気に付いている様子だが、今更間違えたとも言い出しにくそうだった。
 マリーは屈み、娘と目線を合わせた。


「こちらこそありがとう。あなたが無事で入れて、私も本当に嬉しい。もう少し待っててくれればあの時のお姉さんに会えると思うけど待てる?」


「はい!大丈夫です!」


 娘は本当に嬉しそうだ。やはり自分じゃなかった。マリーは肩を落とした。
 この娘がお礼を言いたかったのはのは孝宏だ。あの時、死にそうになっていた彼だ。

 マリーは心の奥でチリチリするモノを無視して、孝宏の準備をするために足早に部屋に戻った。

 部屋に戻るとルイは寝ていたが、孝宏とカウルは起きていて、もはや日課となった筋トレをしていた。一日中しているので筋肉痛にでもなりそうなものだが、若さかそれとも意外と運動量が少ないのか、カウルはもちろん孝宏も毎日続けていた。


「あれ?意外と早かったな」


「お礼を言うだけならこんなもんじゃねえの?」


 カウルと孝宏がそれぞれが一瞬動きを止め、マリーを出迎えた。


「それが、私じゃなかったの。タカヒロへのお客様よ」


「俺?」


 スクワットをしていた孝宏が足を曲げた状態で一度動きを止め、ゆっくりと姿勢を崩した。


「そ、子供の……多分、七、八、九……十、十一、十二か……」


「小学生一年生くらいから六年生の子供…………範囲広いな」


 そうは言いつつも、孝宏には心当たりがあった。歳は定かではないが子供なら一人だけ会っている。

 巨大蜘蛛に次々と食いつかれ半ばパニックになりかけていた時、階段の上から息を飲む小さな声が聞こえ、孝宏はとっさに声を張り上げた。巨大蜘蛛の注意を引く為だった。

 実際にはそうでなくとも、その時孝宏が身に着けていたのは兵士の鎧で、彼らから見れば外で命を張る兵士も孝宏も違いはない。
 孝宏もそう思ったからこそ、肺が割けんばかりの苦痛を堪え、引き千切られそうになりながらも、食いついてくる巨大蜘蛛を短剣で刺し殺しては這って外へ向かった。

 ただ孝宏もその時のことをおぼろげにしか覚えていなかった。言われてよくよく思い出してみれば階段の上にいたのは子供だったような。男が必死に戻れと叫んでいたような。そんなあやふやな記憶しか呼び起せない。


「そのあたりの可愛い女の子。心当たりない?多分家の壁が壊れて中に蜘蛛が入り込んだ時だと思うけど」


「ある……多分。良く覚えていないけど、子供は見た気がする」


「なら決まり、準備しよう。今下で待ってるから」


 化粧道具が入ったポーチを見せつけるマリーに孝宏はたじろぎ一歩後ろに下がった。


「そんなもん何に使うんだよ」


「タカヒロこそ何を言ってるの?あの子が待っているのは、あの時の、女の、兵士なの、わかる?」


「わかるけど……」


 理解できたのなら観念せざる得なかった。マリーは孝宏に前と同じ化粧を施した。それだけでも十分らしく見えたのだが、より女性らしく見える様に、渋るルイをマリーが説得し魔術で仕上げをしてもらう。
 マリーは腕を胸の前で組み、鏡に映る孝宏を下から上まで眺めた。


「服は……仕方ないっか」


「十分だろ。むしろここまでしなくても良いと思うけどな」


 胸はなくとも鏡の自分はあの日と同じくとても女性らしい。もうないと思っていたのに、思いのほか早く次の機会が来てしまった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ヒトリぼっちの陰キャなEランク冒険者

コル
ファンタジー
 人間、亜人、獣人、魔物といった様々な種族が生きる大陸『リトーレス』。  中央付近には、この大地を統べる国王デイヴィッド・ルノシラ六世が住む大きくて立派な城がたたずんでいる『ルノシラ王国』があり、王国は城を中心に城下町が広がっている。  その城下町の一角には冒険者ギルドの建物が建っていた。  ある者は名をあげようと、ある者は人助けの為、ある者は宝を求め……様々な想いを胸に冒険者達が日々ギルドを行き交っている。  そんなギルドの建物の一番奥、日が全くあたらず明かりは吊るされた蝋燭の火のみでかなり薄暗く人が寄りつかない席に、笑みを浮かべながらナイフを磨いている1人の女冒険者の姿があった。  彼女の名前はヒトリ、ひとりぼっちで陰キャでEランク冒険者。  ヒトリは目立たず、静かに、ひっそりとした暮らしを望んでいるが、その意思とは裏腹に時折ギルドの受付嬢ツバメが上位ランクの依頼の話を持ってくる。意志の弱いヒトリは毎回押し切られ依頼を承諾する羽目になる……。  ひとりぼっちで陰キャでEランク冒険者の彼女の秘密とは――。       ※この作品は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さん、「ノベルアップ+」さん、「ノベリズム」さん、「ネオページ」さんとのマルチ投稿です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

最強ドラゴンを生贄に召喚された俺。死霊使いで無双する!?

夢・風魔
ファンタジー
生贄となった生物の一部を吸収し、それを能力とする勇者召喚魔法。霊媒体質の御霊霊路(ミタマレイジ)は生贄となった最強のドラゴンの【残り物】を吸収し、鑑定により【死霊使い】となる。 しかし異世界で死霊使いは不吉とされ――厄介者だ――その一言でレイジは追放される。その背後には生贄となったドラゴンが憑りついていた。 ドラゴンを成仏させるべく、途中で出会った女冒険者ソディアと二人旅に出る。 次々と出会う死霊を仲間に加え(させられ)、どんどん増えていくアンデッド軍団。 アンデッド無双。そして規格外の魔力を持ち、魔法禁止令まで発動されるレイジ。 彼らの珍道中はどうなるのやら……。 *小説家になろうでも投稿しております。 *タイトルの「古代竜」というのをわかりやすく「最強ドラゴン」に変更しました。

Another World

Kishiru
ファンタジー
5分以内で完結する短編集です。

ヒビキとクロードの365日

あてきち
ファンタジー
小説『最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?』の主人公『ヒビキ』とその従者『クロード』が地球の365日の記念日についてゆるりと語り合うだけのお話。毎日更新(時間不定)。 本編を知っていることを前提に二人は会話をするので、本編を未読の方はぜひ一度本編へお立ち寄りください。 本編URL(https://www.alphapolis.co.jp/novel/706173588/625075049)

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

処理中です...