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夢に咲く花

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「傷むか?」


 取り留めもなく考えていた孝宏に、ナキイが尋ねてきた。心配されているだけとはいえ、孝宏は思考を中断され、内心苛立ちを覚えつつも大丈夫だと答える。


「そうか……」


 ナキイは孝宏の腕を念入りに撫でると、最後に頭をよく見る。これだけ暗いと、顔が近づいてもそもそも見えないので、恥ずかしさも半減する。


「終わったよ。完治するにはもう少し時間がかかると思うが、少なくとも動けるようにはなってるはずだ」


「え?もうですか?」


 孝宏はカダンの時と比べて、あまりにも短いので驚いた。


「…………もっと時間かかるとばかり…… ヒタルさん、ありがとうございます」


 孝宏が礼を述べると、ナキイは申し訳なさそうに頭を垂れた。


「もっと優しく出来たら良かったんだが、痛かっただろう?」


 またそれか。孝宏は思わずため息を吐く。ナキイの気遣いは嬉しいが、何度も言われると逆に気が滅入るというものだ。


「いいえ、全く痛くなかったです。本当ですよ」


 孝宏が今度こそ信じてもらおうと念を押す。ナキイが首を傾げる。


(今度こそ信じてくれたかな……言い方が妙だったか?)


「そうかい?ずっと顔をしかめていたから、俺はてっきり痛みを我慢してるのだとばかり」


「あ、それは……考え事をしてて、それでつい……」


「いや、痛くなかったなら良いんだ。それより何を考えていたのか聞いて良いか?」


 ナキイが不機嫌そうに目を細めた。もちろん孝宏には見えていない。


「あの蜘蛛の事です。どこから来たのかなぁとか、目的は何かなぁっとか……」


 ナキイの動作が一瞬止まった。
 孝宏の物言いがあまりにも呑気で、今死にかけたばかりの人間には似つかわしくない気がしたからだ。孝宏の表情をもっと良く読み取ろうと、身を乗り出して顔を近づけた。

 
「目的か、何者かは解らないが、人為的に工作されているのは間違いないだろうな。恐ろしいか?」

 
「そりゃ、怖いですよ」


 孝宏が答える。
 ナキイは口元だけで笑った。可笑しくて笑ったのでも、呆れたのでもなく、目の前の少年に既視感を覚え恐怖を抱いたのだ。
 誰かに似てる気がする。そう思ったが、ナキイはそれが誰か、どうしても思い出せなかった。ナキイはため息を吐くと、本題を切り出した。


「また力を貸して欲しいと言ったら……協力してくれるか?」


 その為に怪我を治した。孝宏はそう言われた気がした。


(親切には裏があるってことか……ま、当たり前か)


 孝宏が少しだけ寂しさを覚えたのは、むしろおこがましいといえるだろう。
 ナキイと出会って二日しか経っていない。世間一般的に、名前しか知らないような人物に仲間意識を持つの方が難しいのだ。


 孝宏は異世界に来てからというもの、己が他人に懐きやすくなった気がしていた。
 疑心暗鬼とまではいかないが、日本ではそれなりに気を付けて生活していたつもりだ。それが本来なら逆だろうに、異世界に来てから警戒する気が薄れている。

 しかしそんな事は、今はそれはさほど重要ではない。孝宏が判断すべきは協力するか、しないかだ。

 得体の知れない物に体を食われる感覚など知りたくはなかった。死を身近に感じるのはもう嫌だと、孝宏は思った。
 ただ、巨大蜘蛛に食われると知っていても尚、逃げずに穴の前に立ちはだかったのは、誰かを守りたいと心の底から決意したからだ。

 宿った小さな火は、まだ胸の奥で力強く燃えている。だからこそ告白するならば今しかないと、孝宏は下唇を噛んだ。


「ごめんなさい。俺、蜘蛛の巣が見えてないんです。俺の六眼は不安定でよく見えなくなるんです」


 孝宏は影が動いている方へ向かい跪き、両手を付いて頭を下げた。他に誠意を示す方法を知らなかったからだ。心臓がバクバク煩い。
 ナキイが孝宏の土下座を見て言葉を失った。


「初めに襲われる直前まではちゃんと見えていたんです。でも今は殆ど見えてなくて。さっきも多分、魔力の強い場所とかが少しだけ見えてただけ……と思うんです。だからお役にたてない……と……」


 振るえる孝宏の声にナキイがハッと我に返る。
 

「あぁ、いや、君の六眼が不安定なのは知らされていたから、我々も承知の上だ。その為に君の隊は他よりも人が多いのだから。それに僅かにでも見えているんだろ?」


 ナキイが言わんとしているところは、何となくだが孝宏にも察しがついた。しかしだからといって簡単に頷くわけにもいかなかった。
 何しろナキイが魔術を使っている間、僅かにでも魔力は見えず、もしかすると怪我をした時に完全に見えなくなったのかもしれない。


「蜘蛛の巣が見えた時にだけ教えてくれれば良いんだ。少しでも有利に運ぶよう、転送陣を壊したい。頼む!協力してくれ」


 すべてでなくても良い、たった一個だけでも。
 無尽蔵に湧いてくる巨大蜘蛛に対して、これ以外の策はないようにも思える。孝宏が必死に訴えるナキイの力になりたいと思うのは至極当然の事だった。

 見えないかもしれないが、見えるかもしれない。見えるようになるかもしれない。その可能性に賭けると言うのであれば協力したい。



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