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夢に咲く花

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「早く手当てをしないといけない。この通りの先、そこの角に小さいが病院があるはずだ。とりあえずそこに行こう」

 そう言うとナキイは自身の服を脱ぎ始めた。
 小さめのサイズが災いして、うまく脱げずにもたついているのを、無理やり取ってしまったのもだから服が裂けてしまった。しかしナキイがそれに構う様子はない。

 服を脱いだ下に肌着を身に着けておらず、露わになった素肌は筋肉が隆起し、かすかに湯気が立つ。両腕のみを覆う深緑の双籠手の、腕の部分は鉄の輪が細かに連なって装飾されており、胸の前で合わさり留めている部分に鮮やかな赤い花の彫刻が揺れる。

 割れた腹筋の上を汗が流れ落ちた。溢れ出すような汗が、双籠手の布地に染み込み暗く染まっている。

 おびただしい程の汗に塗れながらも、ナキイは平然とした表情でルイを見下ろした。

 彼はまず初めに脱いだ服をわきに置くと、脱がしたルイのマントの裏側を下にして広げ、その上にターバンと包帯、ナキイの服を置き、毒が付いていると思われる部分がすべて隠れるようすべて丁寧に包んだ。マントで包んでも大して意味はないだろうと分かっていても、ナキイは気持ち的な部分でそうせざる得なかった。

 ナキイはマントの包みとルイのショルダーバックを孝宏に手渡した。


「これは君が持っていてくれ。俺は彼を背負う。急ごう」


 ナキイはルイの腕を自身の左肩に回し、上手い具合にルイを背中に乗せると、まるでルイを首に巻くかのように、ナキイは軽々と肩に乗せた。

 今も触れられるのを嫌がるものの、ルイの抵抗力が明らかに落ちている。その為だろうが、ナキイの手際は非常に良く手慣れていた。

 やはり彼も兵士なのだろうと、孝宏は一人納得した。
普段から訓練を受けていなければ、こうも素早く行動はできない。だとすればこの場にナキイがいたことは幸運だった。

 これが孝宏だけではどうすることもできず、ただ助けを待つばかりになっていたかもしれない。いや、それ以前にルイともども巨大蜘蛛に殺されていただろう。


「さあ急ごう」


 ナキイがルイを背負って歩き出したのに、孝宏も黙って付いて歩いた。バッグは肩にかけたが、服とマントは結び目をそっと持つ。

 人の気配が消えた通りに巨大蜘蛛の鳴き声が響く。簡単に起き上がれないだろうと思っていても、無防備な背中に寒気が走る。

 何といっても異世界の化け物だ。魔術を使ってくるかもしれないし、関節を奇妙に動かし起き上がるかもしれない。

 あれは道理の解らない化け物だ。

 考え始めればとめどなく湧いてくる想像に、孝宏は恐る恐る後ろを振り向いた。
 巨大蜘蛛は今だひっくり返ったままもがいているが、その時巨大蜘蛛が頭をグルンと捻り、無数の赤い目がこちらを捕らえた様な気がして、孝宏は身を強張らせた。ほんの一瞬こちらを向いただけだが、蜘蛛の赤い目が殺気に満ちているように思えたのだ。

 前を向き直すとすでにナキイの背中が小さく、次第に遠ざかっていく。

 ルイはカウルに比べて華奢だが、背は双子なだけあり同程度であり、周りの者と比べても高い方だ。
 そんなルイを抱きかかえているのに、ナキイは速度は速かった。決して走っていない。歩いているのだが、孝宏との距離が開いていくばかりだ。

 孝宏は足を大きく踏み出した。速度を速めてナキイに追いつこうとした。
 本当なら走ってでも追いついた方が、良いかもしれないとも思った。だが次第に足幅は小さく、速度も落ちていく。息が上がる。


(足がビリビリする。何でだろう、気持ち悪い)


 足で地面を踏みしめる度、痛みが電気のように走った。


――ドクン……ドクン…… ――


 動悸が早くなる。

 巨大蜘蛛の毛が飛び散ったのを確かに見た。周囲の人々は間違いなく毛を浴びただろうし、それは自分も例外ではない。


――ドクン…… ―—


 魔術師たるもの常に冷静であれ。

 魔術を覚えるとなった時、ルイが初めに教えてくれた言葉だ。

 魔術を使う上で一番重要であると言い、ルイ自身それを意識して行動していた。それだというのに、普段の彼からは想像もできないほど乱れもがく様は、見ているだけで恐怖を覚え戦慄した。

 いずれは自分も同じようになるのだろう。考えたくなくとも予感は確証として脳裏に焼き付いてしまった。


「このまま、し……」


 口をついて出そうになったのを、孝宏は慌てて噤んだ。

 口に出してしまえば、それが今すぐにでも迫ってきそうで怖かった。
 震えてカチカチと歯を鳴らす口を両手で抑え、遠ざかる背中をしっかりと見据え足を進めた。











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