117 / 180
夢に咲く花
44
しおりを挟む
「早く手当てをしないといけない。この通りの先、そこの角に小さいが病院があるはずだ。とりあえずそこに行こう」
そう言うとナキイは自身の服を脱ぎ始めた。
小さめのサイズが災いして、うまく脱げずにもたついているのを、無理やり取ってしまったのもだから服が裂けてしまった。しかしナキイがそれに構う様子はない。
服を脱いだ下に肌着を身に着けておらず、露わになった素肌は筋肉が隆起し、かすかに湯気が立つ。両腕のみを覆う深緑の双籠手の、腕の部分は鉄の輪が細かに連なって装飾されており、胸の前で合わさり留めている部分に鮮やかな赤い花の彫刻が揺れる。
割れた腹筋の上を汗が流れ落ちた。溢れ出すような汗が、双籠手の布地に染み込み暗く染まっている。
おびただしい程の汗に塗れながらも、ナキイは平然とした表情でルイを見下ろした。
彼はまず初めに脱いだ服をわきに置くと、脱がしたルイのマントの裏側を下にして広げ、その上にターバンと包帯、ナキイの服を置き、毒が付いていると思われる部分がすべて隠れるようすべて丁寧に包んだ。マントで包んでも大して意味はないだろうと分かっていても、ナキイは気持ち的な部分でそうせざる得なかった。
ナキイはマントの包みとルイのショルダーバックを孝宏に手渡した。
「これは君が持っていてくれ。俺は彼を背負う。急ごう」
ナキイはルイの腕を自身の左肩に回し、上手い具合にルイを背中に乗せると、まるでルイを首に巻くかのように、ナキイは軽々と肩に乗せた。
今も触れられるのを嫌がるものの、ルイの抵抗力が明らかに落ちている。その為だろうが、ナキイの手際は非常に良く手慣れていた。
やはり彼も兵士なのだろうと、孝宏は一人納得した。
普段から訓練を受けていなければ、こうも素早く行動はできない。だとすればこの場にナキイがいたことは幸運だった。
これが孝宏だけではどうすることもできず、ただ助けを待つばかりになっていたかもしれない。いや、それ以前にルイともども巨大蜘蛛に殺されていただろう。
「さあ急ごう」
ナキイがルイを背負って歩き出したのに、孝宏も黙って付いて歩いた。バッグは肩にかけたが、服とマントは結び目をそっと持つ。
人の気配が消えた通りに巨大蜘蛛の鳴き声が響く。簡単に起き上がれないだろうと思っていても、無防備な背中に寒気が走る。
何といっても異世界の化け物だ。魔術を使ってくるかもしれないし、関節を奇妙に動かし起き上がるかもしれない。
あれは道理の解らない化け物だ。
考え始めればとめどなく湧いてくる想像に、孝宏は恐る恐る後ろを振り向いた。
巨大蜘蛛は今だひっくり返ったままもがいているが、その時巨大蜘蛛が頭をグルンと捻り、無数の赤い目がこちらを捕らえた様な気がして、孝宏は身を強張らせた。ほんの一瞬こちらを向いただけだが、蜘蛛の赤い目が殺気に満ちているように思えたのだ。
前を向き直すとすでにナキイの背中が小さく、次第に遠ざかっていく。
ルイはカウルに比べて華奢だが、背は双子なだけあり同程度であり、周りの者と比べても高い方だ。
そんなルイを抱きかかえているのに、ナキイは速度は速かった。決して走っていない。歩いているのだが、孝宏との距離が開いていくばかりだ。
孝宏は足を大きく踏み出した。速度を速めてナキイに追いつこうとした。
本当なら走ってでも追いついた方が、良いかもしれないとも思った。だが次第に足幅は小さく、速度も落ちていく。息が上がる。
(足がビリビリする。何でだろう、気持ち悪い)
足で地面を踏みしめる度、痛みが電気のように走った。
――ドクン……ドクン…… ――
動悸が早くなる。
巨大蜘蛛の毛が飛び散ったのを確かに見た。周囲の人々は間違いなく毛を浴びただろうし、それは自分も例外ではない。
――ドクン…… ―—
魔術師たるもの常に冷静であれ。
魔術を覚えるとなった時、ルイが初めに教えてくれた言葉だ。
魔術を使う上で一番重要であると言い、ルイ自身それを意識して行動していた。それだというのに、普段の彼からは想像もできないほど乱れもがく様は、見ているだけで恐怖を覚え戦慄した。
いずれは自分も同じようになるのだろう。考えたくなくとも予感は確証として脳裏に焼き付いてしまった。
「このまま、し……」
口をついて出そうになったのを、孝宏は慌てて噤んだ。
口に出してしまえば、それが今すぐにでも迫ってきそうで怖かった。
震えてカチカチと歯を鳴らす口を両手で抑え、遠ざかる背中をしっかりと見据え足を進めた。
そう言うとナキイは自身の服を脱ぎ始めた。
小さめのサイズが災いして、うまく脱げずにもたついているのを、無理やり取ってしまったのもだから服が裂けてしまった。しかしナキイがそれに構う様子はない。
服を脱いだ下に肌着を身に着けておらず、露わになった素肌は筋肉が隆起し、かすかに湯気が立つ。両腕のみを覆う深緑の双籠手の、腕の部分は鉄の輪が細かに連なって装飾されており、胸の前で合わさり留めている部分に鮮やかな赤い花の彫刻が揺れる。
割れた腹筋の上を汗が流れ落ちた。溢れ出すような汗が、双籠手の布地に染み込み暗く染まっている。
おびただしい程の汗に塗れながらも、ナキイは平然とした表情でルイを見下ろした。
彼はまず初めに脱いだ服をわきに置くと、脱がしたルイのマントの裏側を下にして広げ、その上にターバンと包帯、ナキイの服を置き、毒が付いていると思われる部分がすべて隠れるようすべて丁寧に包んだ。マントで包んでも大して意味はないだろうと分かっていても、ナキイは気持ち的な部分でそうせざる得なかった。
ナキイはマントの包みとルイのショルダーバックを孝宏に手渡した。
「これは君が持っていてくれ。俺は彼を背負う。急ごう」
ナキイはルイの腕を自身の左肩に回し、上手い具合にルイを背中に乗せると、まるでルイを首に巻くかのように、ナキイは軽々と肩に乗せた。
今も触れられるのを嫌がるものの、ルイの抵抗力が明らかに落ちている。その為だろうが、ナキイの手際は非常に良く手慣れていた。
やはり彼も兵士なのだろうと、孝宏は一人納得した。
普段から訓練を受けていなければ、こうも素早く行動はできない。だとすればこの場にナキイがいたことは幸運だった。
これが孝宏だけではどうすることもできず、ただ助けを待つばかりになっていたかもしれない。いや、それ以前にルイともども巨大蜘蛛に殺されていただろう。
「さあ急ごう」
ナキイがルイを背負って歩き出したのに、孝宏も黙って付いて歩いた。バッグは肩にかけたが、服とマントは結び目をそっと持つ。
人の気配が消えた通りに巨大蜘蛛の鳴き声が響く。簡単に起き上がれないだろうと思っていても、無防備な背中に寒気が走る。
何といっても異世界の化け物だ。魔術を使ってくるかもしれないし、関節を奇妙に動かし起き上がるかもしれない。
あれは道理の解らない化け物だ。
考え始めればとめどなく湧いてくる想像に、孝宏は恐る恐る後ろを振り向いた。
巨大蜘蛛は今だひっくり返ったままもがいているが、その時巨大蜘蛛が頭をグルンと捻り、無数の赤い目がこちらを捕らえた様な気がして、孝宏は身を強張らせた。ほんの一瞬こちらを向いただけだが、蜘蛛の赤い目が殺気に満ちているように思えたのだ。
前を向き直すとすでにナキイの背中が小さく、次第に遠ざかっていく。
ルイはカウルに比べて華奢だが、背は双子なだけあり同程度であり、周りの者と比べても高い方だ。
そんなルイを抱きかかえているのに、ナキイは速度は速かった。決して走っていない。歩いているのだが、孝宏との距離が開いていくばかりだ。
孝宏は足を大きく踏み出した。速度を速めてナキイに追いつこうとした。
本当なら走ってでも追いついた方が、良いかもしれないとも思った。だが次第に足幅は小さく、速度も落ちていく。息が上がる。
(足がビリビリする。何でだろう、気持ち悪い)
足で地面を踏みしめる度、痛みが電気のように走った。
――ドクン……ドクン…… ――
動悸が早くなる。
巨大蜘蛛の毛が飛び散ったのを確かに見た。周囲の人々は間違いなく毛を浴びただろうし、それは自分も例外ではない。
――ドクン…… ―—
魔術師たるもの常に冷静であれ。
魔術を覚えるとなった時、ルイが初めに教えてくれた言葉だ。
魔術を使う上で一番重要であると言い、ルイ自身それを意識して行動していた。それだというのに、普段の彼からは想像もできないほど乱れもがく様は、見ているだけで恐怖を覚え戦慄した。
いずれは自分も同じようになるのだろう。考えたくなくとも予感は確証として脳裏に焼き付いてしまった。
「このまま、し……」
口をついて出そうになったのを、孝宏は慌てて噤んだ。
口に出してしまえば、それが今すぐにでも迫ってきそうで怖かった。
震えてカチカチと歯を鳴らす口を両手で抑え、遠ざかる背中をしっかりと見据え足を進めた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜
はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。
目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。
家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。
この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。
「人違いじゃないかー!」
……奏の叫びももう神には届かない。
家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。
戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。
植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。
5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる