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夢に咲く花

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 孝宏が何を言ったのか、ルイははっきりと理解できなかったが、孝宏が自分に腹を立ているのは容易に察しがついた。
 孝宏は自分が注目を浴びているのを、気が付いているのかいないのか。ルイからすると笑うなという方が酷な話だ。

 さっきまで世間話をしていた婦人たちは、興奮した様子で二人を横目に盛り上がってるし、事情を知らない通行人は真昼間の往来のど真ん中で、抱き合う二人を何事かと目を丸くしている。

 面白い以上に関係者と思われたくないというのが本音だ。とはいえ、確かに放っておくにはいかない。

 ルイは肩を竦め、孝宏とナキイに近寄った。


「それ、僕の友人なんだ。離してくれないかな?それとももっと、ずっと、手を握っていたいとか?」


 だったら悪かったなと、ルイが思ってもいない謝罪を口にして、ふんっと鼻で笑った。

 言葉は間違いなく男に向けられたものだが、孝宏は自分が小ばかにされた気がした。目が合うと、ルイは目を細め喉の奥でククッと笑う。

 ナキイは顔を真っ赤にして慌てて孝宏を離した。


「申し訳ない。私は決して怪しい者ではなく、ただ主人が失礼をしたお詫びをと思い。ただそれだけなのです」


 顔を赤らめ弁解する男は必死の表情で、孝宏ももちろんそうでしょうともと頷いた。


(むしろそれ以外に何があるんだよ)


 ルイは腕を前で組み、大げさにため息を吐く。目を細めると、相手を威嚇している様にも見えた。


「連絡先なら僕が聞くよ。こいつ、通信機持ってないんだ。それから破けた服、弁償してくれるんだよね?これ結構高いよ」


「え?!」


 ナキイてはなく、孝宏が顔を引きつらせた。
 よく見れば、確かに転んだ拍子に擦れて、服が破れている。

 孝宏が着る服は、体格が似ているカダンから借りた服がほとんどだが、当然そんなに高価な服だとは聞いていない。


(高い服…………急に着てるのが怖くなったんだけど)


 顔を青くする孝宏とは反対に、ナキイの反応はいたって淡白だ。表情も涼し気で余裕がある。


「もちろん出来る限り善処いたします。ちなみに具体的にはどのような服でしょうか」


「これ変態用に加えて魔術防御加工がされてて。そうだ、それから服の持ち主はすごく気に入っていたから、できたら同じような物が欲しいんだけど……それはさすがに無理か。似た感じの奴で良いよ」


 変態用というだけならよくあるし、それだけならそれほど高価でもないが、魔術加工されているとなると話は違ってくる。加工内容によっては値段が倍以上変わる場合だってあるのだ。

 しかし、ナキイが食いついたのは値段そこではなく、服の持ち主の方だった。


「ということはこの服は他の誰かの……もしかして君の?だってこれ男物だろう?」


 先程と口調が完全に違っている。こちらが素なのだろう。

 ルイがまた鼻で笑った。


「僕のじゃないけど、同居人のだよ。どう見ても僕の服じゃぁないだろう。早いところこいつの服もちゃんとしたのを買わないといけないけど……なあ?」


「なぁって言われても、服代ケチっただけだろ。大体、これがそんなに高いって聞いてないんだけど?」 


――kiiiiiii……kikikikiiiiiii……――


「同居人?家族じゃなくて?一体どういう関係なんだ?」


「気になるのやっぱ、そこなんだ?」


 会話に重なって紛れた、聞きなれない生き物の鳴き声。


「は?」「え?」「ん?」


 三人が一斉に空を仰いだ。


 空中に大きな、虫に良く似た生き物の上半身が浮かんでいた。


(なんだあれ)


 地球育ちの孝宏にとって、これはあまりにも非常識すぎた。
 見えている物の理解が及ばず、初めは何の感情もわかない。
 
 だがそれは、何も孝宏に限った事ではなかった。

 生き物それが徐々に下半身を現し、身を捩りボトリと地面に落ちる。

 その時、通りは驚くほど静かで、時が止まったかのようだった。


 巨大な虫の様な物が落ちてくる様が、まるでスローモーションで、時間が嫌にゆっくりに思えた。


 ナキイがとっさにルイと孝宏を、後ろから胴を抱え後方に飛びのいた。

 しかし寸前早く、生き物それが腹に畳んで納まっていた、八本の足をバッと開き、運悪く、内一本がルイの顔と胸を直撃した。

 ルイはナキイの腕の中から投げ出され、身を翻しながら果物屋に突っ込む。

 ナキイはとっさに足を付き、上体を逸らすことで何とか避けたが、その拍子に地面を蹴ってしまい勢いがついた。

 孝宏を腕で庇いながら背中を地面で擦り、通行人を巻き込みようやく止まった。



――kiiiiiiikikikikiiiiiii!――



 生き物それが身を震わせ、空気をつんざく鋭い鳴き声を上げる。

 それと同時に、生き物それの全身を覆う細かな毛が四方に飛び散り、周囲の人々に突き刺さった。





「きゃあああああああああ!」


 一人の女性の叫び声を引き金に、時が正常に動き出した。
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