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夢に咲く花
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輸入物を取り扱う服店を右に曲がり、数十メートル先をさらに左に曲がると、そこは大通りとは一味違った雰囲気を見せる商店街に続いていた。
外壁が薄汚れた、古めかしいレンガ造りの建物が立ち並び、通りの両脇にはいくつもの露店が軒並みをそろえる。
小柄な鼠人の女が売っているのは山吹色の、自身の頭部よりもはるかに大きな丸い野菜で、隣ではよく似た雰囲気の男が掌に乗る程度の、それでもどんぐりや松ぼっくりなどよりは大きな、様々な木の実を揃え、道行く主婦に晩御飯にどうだいなどと声を掛けている。
彼らは隣同士、時折笑顔で言葉を交わし、屋台の裏では一緒の弁当を摘まんでいる。
野菜などの食物を売る露店ばかりではなく、魔法衣ではない普通の服を売る店や、魔法加工請け負いますの看板を出したまま、眠りこける、全身を黒い毛で覆われたもはや何かわからない人など。
大通りが旅人を対象にした店が多かったのに対し、ここは地元住民が普段の買い物をする場所なのだ。
正午を少しばかり過ぎた今の時刻は、人通りもまばらだが、夕方近くになればここも人で賑わう。
孝宏は通りを眺めながら、住んでいた期間も約一か月と短い上に旅に出て十数日だというのにも関わらず、太陽が昇れば通りは同じように物を売る商人たちで賑わい、異国の珍しい品も多く並んでいたあの町が懐かしく思い出された。
自分で思っていたよりもこの世界に馴染んでいたという事だろう。
やがてルイは、石売りの女の前で立ち止まった。
背中の曲がった年配の女は、薄い赤色の髪を三つ編みし、頭の低い位置で団子状に一つにまとめている。
地面に直接広げられた絨毯に直接腰を下ろし、うつらうつらと頭を上下に振る度に、髪を飾る深緑のくすんだいくつかの石が、太陽を反射し、鈍い光を内に湛える。
(でも、これも魔力が光っているだけだったりして)
眠りコケる老婆の前には両手程の椀が七つ並び、それぞれにくすんだ色の石が山盛りに、無造作に積まれている。
通常地球で宝石と呼ばれ、世間の目に晒されるのは原石を磨き上げ、美しい輝きを有したものだ。しかしこれは色こそ緑や赤、青や黄色と黒のマーブルであるのに輝きは鈍く、いわゆる宝石の美しさとはかけ離れている。
ルイが椀の一つに手を伸ばす。
「ちょっと見せてもらうよ」
「あいよ」
寝ているのかと思われた老婆の、低いしわがれた声が短く返事をしたかと思えば、深い皺が刻まれた顔を上げ、鋭い三白眼が薄っすらと開く。
「どれでも一個千だ。まけやしないよ」
妙な迫力がある。値引き交渉をしようものなら、まさに八つ裂きにでもされそうな、そんな雰囲気だ。ルイは幾つかある椀の内、一番の手前側の山から無造作に六個掴み取った。
「どう?何かわからない?魔石の良し悪しとかさ」
この時ようやく孝宏はルイの目的を理解した。
ルイは魔力が見える自分に魔石の選別をさせようと言うのだ。そうして安い石の中から掘り出し物を見つけさせたいのだ。
とは言え孝宏にはどれが良い魔力を有する石なのか、知識がないために判断が付くはずもない。
「こんなん解るわけないだろう。大体どういうのが良い証なんだ?具体的に教えてくれねぇと解んねぇよ」
「ほら、感覚とかで何となくわかんない?ユウシャなんだし!この位チョイっとさ」
「解るわけないだろ。てか、勇者じゃねぇし。仮にそうだとしても関係ないだろう」
何度言ったら彼らは理解してくれるのだろうか。馬鹿なのか。孝宏は心の中でこっそり毒づいた。
もしかするとルイは、勇者を万能の力を持つ神様のような何かと勘違いしているのではないだろうか。そんな万能の存在があるのなら、自分こそがぜひとも会ってみたい。きっと今のややこしい状況も解決してくれるに違いない。
「そういやさ、そもそも魔力ってどんな風に見えてんの?」
どんな風にと言われても、いざ言葉で表現しようとすると難しい。
いくつかの魔石は内に光を湛え、それが強かったり弱かったりする。そんな魔石の中には、一定でなく夜空の星のごとく瞬く物もあるのだから、良し悪しの判断など付くはずもない。
どんなに丁寧に話した所で実際に見えているのと、まったく見えていないのとでは印象は変わるもので、見たままを伝えるのは思ったより難しいのだ。
ルイはフン、と唸った。
「星のように瞬くね……中々良い表現だと思うけど?イメージは湧きやすい。夜空の星が魔力だと言われても、確かに良し悪しは難しいかぁ」
「あんた六眼持ってんのかい?」
当てが外れたな、孝宏がそう言おうとした時だった。二人の会話に、老婆が興味を持って割って入ってきた。口の両端を持ち上げ、皺が一層深くなるのが何とも不気味だ。
「持ってんのかい?」
二人ともが答えずにいると、老婆は凄みを増してもう一度訪ねてきた。
どう答えれば良いのか解らず、迷った孝宏はルイを見た。孝宏の視線に気づくと、ルイは小さくため息を吐き、首を傾げ老婆に軽口を叩くように言った。
「だったらどうだっていうのさ。僕たちに選別のノウハウはないんだから、役には立たないよ。残念ながらね」
「ふん、そんなの聞いてりゃ解るよ」
だったら聞くなよと、孝宏は思わず口から付いて出て来そうになった。ルイも何かを言いかけて止める。ただ眉間の皺が深くした。
老婆の俯き気味の顔の、小さめの瞳だけがギョロリと二人を見上げ、薄く開いた口元が意地悪く引きつる。
「魔力が瞬いているのは、おそらく内に秘められた力が強すぎて安定していないのだろうさ」
さすがは石売りと言ったところか。老婆は選別の基準を知っているようだった。しかもそれを教えてくれるというのだから、ありがたいが同時に怪しくもある。脳裏に表通りで見たあの服屋がよぎる。旅人が多い町には、詐欺まがいの商売も多い。
「魔力ってのはそもそも……」
「ちょちょちょっと待ってよ。何でそんなこと教えてくれるのさ?僕らお金は持ってないよ!あったらこんな所で買ってないから!それにきっと何の役にも立たないから!」
ルイが慌てて老婆の言葉を遮った。孝宏も無言だが何度も首を縦に振る。ルイの言う通り、旅をしている今情報と交換に金銭を要求されても払える金などない。
慌てて全力で否定する二人に、老婆は言葉を詰まらせ目を丸く見開いた。二、三言いかけた言葉を飲み込むと、大きく口を開き、実に楽しそうに笑い出した。
先ほどまでの意地悪く恐ろし気な印象が一変し、ぽかんと老婆を眺める孝宏とルイに加え、老婆の隣で帽子を売っていた魔人の男までもが、昼食のサンドイッチを食べようと口を開いたまま、声を上げて笑う老婆にくぎ付けになっている。
外壁が薄汚れた、古めかしいレンガ造りの建物が立ち並び、通りの両脇にはいくつもの露店が軒並みをそろえる。
小柄な鼠人の女が売っているのは山吹色の、自身の頭部よりもはるかに大きな丸い野菜で、隣ではよく似た雰囲気の男が掌に乗る程度の、それでもどんぐりや松ぼっくりなどよりは大きな、様々な木の実を揃え、道行く主婦に晩御飯にどうだいなどと声を掛けている。
彼らは隣同士、時折笑顔で言葉を交わし、屋台の裏では一緒の弁当を摘まんでいる。
野菜などの食物を売る露店ばかりではなく、魔法衣ではない普通の服を売る店や、魔法加工請け負いますの看板を出したまま、眠りこける、全身を黒い毛で覆われたもはや何かわからない人など。
大通りが旅人を対象にした店が多かったのに対し、ここは地元住民が普段の買い物をする場所なのだ。
正午を少しばかり過ぎた今の時刻は、人通りもまばらだが、夕方近くになればここも人で賑わう。
孝宏は通りを眺めながら、住んでいた期間も約一か月と短い上に旅に出て十数日だというのにも関わらず、太陽が昇れば通りは同じように物を売る商人たちで賑わい、異国の珍しい品も多く並んでいたあの町が懐かしく思い出された。
自分で思っていたよりもこの世界に馴染んでいたという事だろう。
やがてルイは、石売りの女の前で立ち止まった。
背中の曲がった年配の女は、薄い赤色の髪を三つ編みし、頭の低い位置で団子状に一つにまとめている。
地面に直接広げられた絨毯に直接腰を下ろし、うつらうつらと頭を上下に振る度に、髪を飾る深緑のくすんだいくつかの石が、太陽を反射し、鈍い光を内に湛える。
(でも、これも魔力が光っているだけだったりして)
眠りコケる老婆の前には両手程の椀が七つ並び、それぞれにくすんだ色の石が山盛りに、無造作に積まれている。
通常地球で宝石と呼ばれ、世間の目に晒されるのは原石を磨き上げ、美しい輝きを有したものだ。しかしこれは色こそ緑や赤、青や黄色と黒のマーブルであるのに輝きは鈍く、いわゆる宝石の美しさとはかけ離れている。
ルイが椀の一つに手を伸ばす。
「ちょっと見せてもらうよ」
「あいよ」
寝ているのかと思われた老婆の、低いしわがれた声が短く返事をしたかと思えば、深い皺が刻まれた顔を上げ、鋭い三白眼が薄っすらと開く。
「どれでも一個千だ。まけやしないよ」
妙な迫力がある。値引き交渉をしようものなら、まさに八つ裂きにでもされそうな、そんな雰囲気だ。ルイは幾つかある椀の内、一番の手前側の山から無造作に六個掴み取った。
「どう?何かわからない?魔石の良し悪しとかさ」
この時ようやく孝宏はルイの目的を理解した。
ルイは魔力が見える自分に魔石の選別をさせようと言うのだ。そうして安い石の中から掘り出し物を見つけさせたいのだ。
とは言え孝宏にはどれが良い魔力を有する石なのか、知識がないために判断が付くはずもない。
「こんなん解るわけないだろう。大体どういうのが良い証なんだ?具体的に教えてくれねぇと解んねぇよ」
「ほら、感覚とかで何となくわかんない?ユウシャなんだし!この位チョイっとさ」
「解るわけないだろ。てか、勇者じゃねぇし。仮にそうだとしても関係ないだろう」
何度言ったら彼らは理解してくれるのだろうか。馬鹿なのか。孝宏は心の中でこっそり毒づいた。
もしかするとルイは、勇者を万能の力を持つ神様のような何かと勘違いしているのではないだろうか。そんな万能の存在があるのなら、自分こそがぜひとも会ってみたい。きっと今のややこしい状況も解決してくれるに違いない。
「そういやさ、そもそも魔力ってどんな風に見えてんの?」
どんな風にと言われても、いざ言葉で表現しようとすると難しい。
いくつかの魔石は内に光を湛え、それが強かったり弱かったりする。そんな魔石の中には、一定でなく夜空の星のごとく瞬く物もあるのだから、良し悪しの判断など付くはずもない。
どんなに丁寧に話した所で実際に見えているのと、まったく見えていないのとでは印象は変わるもので、見たままを伝えるのは思ったより難しいのだ。
ルイはフン、と唸った。
「星のように瞬くね……中々良い表現だと思うけど?イメージは湧きやすい。夜空の星が魔力だと言われても、確かに良し悪しは難しいかぁ」
「あんた六眼持ってんのかい?」
当てが外れたな、孝宏がそう言おうとした時だった。二人の会話に、老婆が興味を持って割って入ってきた。口の両端を持ち上げ、皺が一層深くなるのが何とも不気味だ。
「持ってんのかい?」
二人ともが答えずにいると、老婆は凄みを増してもう一度訪ねてきた。
どう答えれば良いのか解らず、迷った孝宏はルイを見た。孝宏の視線に気づくと、ルイは小さくため息を吐き、首を傾げ老婆に軽口を叩くように言った。
「だったらどうだっていうのさ。僕たちに選別のノウハウはないんだから、役には立たないよ。残念ながらね」
「ふん、そんなの聞いてりゃ解るよ」
だったら聞くなよと、孝宏は思わず口から付いて出て来そうになった。ルイも何かを言いかけて止める。ただ眉間の皺が深くした。
老婆の俯き気味の顔の、小さめの瞳だけがギョロリと二人を見上げ、薄く開いた口元が意地悪く引きつる。
「魔力が瞬いているのは、おそらく内に秘められた力が強すぎて安定していないのだろうさ」
さすがは石売りと言ったところか。老婆は選別の基準を知っているようだった。しかもそれを教えてくれるというのだから、ありがたいが同時に怪しくもある。脳裏に表通りで見たあの服屋がよぎる。旅人が多い町には、詐欺まがいの商売も多い。
「魔力ってのはそもそも……」
「ちょちょちょっと待ってよ。何でそんなこと教えてくれるのさ?僕らお金は持ってないよ!あったらこんな所で買ってないから!それにきっと何の役にも立たないから!」
ルイが慌てて老婆の言葉を遮った。孝宏も無言だが何度も首を縦に振る。ルイの言う通り、旅をしている今情報と交換に金銭を要求されても払える金などない。
慌てて全力で否定する二人に、老婆は言葉を詰まらせ目を丸く見開いた。二、三言いかけた言葉を飲み込むと、大きく口を開き、実に楽しそうに笑い出した。
先ほどまでの意地悪く恐ろし気な印象が一変し、ぽかんと老婆を眺める孝宏とルイに加え、老婆の隣で帽子を売っていた魔人の男までもが、昼食のサンドイッチを食べようと口を開いたまま、声を上げて笑う老婆にくぎ付けになっている。
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