上 下
81 / 180
夢に咲く花

しおりを挟む
 ナルミーがカダンを訪ねてきたのは、軍部に入ってきた情報を持ってきたからで、それはカウルとルイにとって一筋の光を見るものだった。


 あの日、化け物から逃げ出した村人が、数人だが見つかったらしいのだ。

 しかも彼が言うには、その中に白毛の狼人がいるらしく、しかも、記憶をなくており現在身元を確認しようがないとのこと。

 カウルとルイの父親は、白毛の純潔の狼人だ。

 問題はそれが《カノ国》であるという点だ。国境を越えなければならない。


「どうする?」


 カダンがカウルとルイを交互に見た。もちろん二人はすぐさま行くと答えた。

 次にカダンは孝宏とマリーに視線を送った。

 カダンと目が合いマリーは頷いた。


「う…んん……」


 孝宏は低く唸っただけで、腕を組み背中を丸めた。

 それを了承と取ったカダンは、先ほど見ていた地図を広げ、カウルとルイを加えてどのルートで行くが見当し始めた。

 地理に詳しくない地球人二人は、成り行きを見守るしかできず、暇を持て余したマリーは、ルイの荷物の中から本を取り出した。

 その本は小難しい文字の並ぶ魔術書で、多くの魔術式と解説が載っている。
 孝宏が中を見ても、おそらく理解どころか、文字を読むことすらできないだろう。

 ルイの魔術で読み書きやその他あらゆる情報を、脳に直接叩き込まれたマリーや鈴木と違い、初めから言葉を喋った孝宏には、そのような魔術は使われなかった。

 文字は困らない程度に読めるだけで、魔術の専門用語はまったくわからない。

 ただ、それを抜きにしてもマリーの呑みこみ速さはルイが舌を巻くほどで、三人の中で最も魔術の才能があり得意なのはマリーだろう。


「俺さ、あの時村の中で妙な家を見つけたんだ」


 おもむろに孝宏がそう切り出した時、四人は孝宏を一瞥しただけで、適当に相槌を打って済ませた。

 今は父親が生きているかもしれないと、三人とも浮き足立っている。

 彼らの反応も致し方ないといえたが、この場を逃しては、まだずるずると先延ばしになりそうで、孝宏は嫌だった。

 興味がないのは明らかだったが、孝宏がその家で見つけた物を車の中央に広げて見せると、彼らの態度が一変した。

 特にカウルとルイ。この二人は競い合って、それに手を伸ばした。


「どうしてこれを?…………どうして……」
 

 孝宏が広げて見せた物の一つ、手書きのノートを持つ、ルイの手が震えている。

 横から覗き込むカウルは息の飲んだ。


「これ、母さんの字だ」


 ルイがノートを広げページをめくる度、カウルの瞳もそれを追って左右に動く。

 ノートの文字一つ一つに母親を見つけたのだろう。二人の褐色の瞳が濡れる。


 孝宏はその家を見つけた時の状況を、なるだけ詳しく説明した。

 他の部屋とあまりにも違い過ぎていた。それは幻と錯覚するほど奇妙であったと話す。


「多分母さんが結界を張っていたんだと思うけど……」


 その理由は息子たちでも知らない。

 彼らが家を出た頃、つまり五年前には結界ははなく、母親がその様な話をしているのも聞いたことがなかった。


「すごい偶然……こんなことってあるのね」


 マリーが呟いたように、偶然かそれとも運命だったのか、オウカの部屋を孝宏が見つけた。

 どちらにせよその事実は今、彼らを大きく揺さぶっている。

 孝宏は背中を丸めて、車の木枠にもたれ掛った。

 彼らの目に浮かぶ感情が喜びか、それとも母を偲んでかは解らない。

 しかし少なくともこれらを持ってきた意味はあったのだと、孝宏は胸を撫で下ろした。
 

「これは?魔法具?」


 マリーがいくつかあった魔法具の一つを手に取った。

 それは灰色の布きれで、ハンカチにもならない程小さい。


「そうだ。祖父さんの作った魔法具。そんなものまで……これも……これも。棚には母さんが作った物もあっただろうに、全部爺さんのだ。タカヒロは良い物を選んできたな」


 カウルは一つ一つ手に取ってじっくりと眺めた。

 
 この界隈では名の知れた職人だった祖父の作品は、作られて何十年と経っているはずなのに、道具としての輝きを失っていない。


「これってどうやって使うの?」


 マリーは手に持っている布を、ヒラヒラと振った。

 孝宏の腕輪のように、身に着けておくだけにしては、形状がふさわしくない。


「それは一度魔力を込めるんだ。全てを解放する。解けて戻れ」


 カウルが箸サイズの棒切れを手に取り言った。

 するとただの棒切れは、グングン伸び始め、しなり、弧を描き、優に一メートルを超す大きさになった。棒の先と先を一本の弦が繋いでいる。


 これは魔法具の仕様ではなく、ただ単に運びやすくするために魔術で小さくしているだけのこと。


 カウルは弓を自分の後ろに立てかけようとしたが、バランスが取れず、仕方なく床に横に寝かせて置く。


「それにも同じように魔力を込めて見ろよ。元の大きさに戻ると思う。」


 マリーは布を掌に広げて乗せ、もう片方の掌を重ねて置いた。

 カウルと同じように呟くと、ほどなくして大きく膨らんだ布は、大きな一着のベストだった。

 黒地に白と朱色の糸で、花を模した刺繍が施された、マリーと比べると、かなり大きめのベスト。

 魔法具に必ずあるはずの術式は、刺繍の下に隠されており見えない。

 手入れは大変だがその分防御力は高く、魔術が打ち破られる心配も少ない。
 単純な魔術や普通の刃程度では傷付けることすらできない代物だ。

 カウルが言うには、昔兵士をしていた父の為に、祖父が作った物らしい。


「俺たちは知らないけど、あの頃のまだ戦争の影響が残っていて、国境近くではちょっとした小競り合いもあったって」


 なるほど、マリーは頷いた。
 所々擦れていたり、シミがあるのは、以前彼らの父親が実際に着ていたからだろう。


 それまで熱心にノートを呼んでいたルイが、ようやく顔を上げた。


「このノートの中身は、母さんの作った新しい魔法だった。完成しているのもあるし、未完成のやつも、僕でも何とかなるかもしれない」


 ルイは閉じたノートの表紙を、優しい手つきで撫でた。

 頬を伝う涙はないが、瞳一杯に浮かべた涙を零すまいと懸命にこらえる彼らを、孝宏はとても見ていられなかった。


(マリーは強いな。とても俺には無理だ)
 

 目を逸らそうとせず、彼らに合わせて見せるマリーの笑みには慈愛すら感じられた。


 その横でカダンが何をするでもなく、地図に片膝を乗せ不自然にじっとしている。

 孝宏と目が合うとあからさまに目を反らし、地図の上に乗せていた足と手をどかした。膝を抱え、背中を丸める。

 孝宏もあぐらをかいた、股の間に視線を落とした。
 膝の上に両肘を置き、頬杖を付く。


(どうしよう……気まずいな)
 

「何だろう?紙が挟まっている。手書きの……メモ?」


 オウカのノートに挟まっていた紙を、ルイが見つけた。声に出して読み上げる。


「どう考えても……話が…………おかしい。物語………………まったくずれている。このままではいけない…………を止めなくては……?でも……私たちの……があるとしか思えない…………?くそっ。所々、字が滲んでいて読めない」


 ルイはメモを読み上げながら、首を捻った。

 わざわざノートではなく、別の紙に書いた理由も解らない。慌てて書いたのか字体は崩れ、それがオウカの文字かどうかも怪しい。

 ルイから紙を受け取り、カウルも同じように首を捻った。


「えっと続きは………………子供の……で……変わって……?………とは別……世界を……にして…………。ダメだ。全然読めない。何だろう、これ」


 奇妙な文章だと、孝宏は思った。

 話がおかしくて物語りがずれているとは、何かを物語の通りに進めていたのだろうか。

 率直な感想としては、芝居でもしていたのだろうか、というところだ。


「あれ?ちょっと待って。物語だって?確かあれも……物語だった」


 孝宏は壁に隠されていた手作りの絵本を思い出した。

 あの後、自分の荷物と一緒にしまってそのままになっている。

 あの部屋の中で最も奇妙だったのは、間違いなくあの絵本だろう。


「そうだ。俺、あの部屋で奇妙な絵本を見つけたんだ。どうして忘れてたんだろう」


 この時、皆の意識は孝宏に向いており、その孝宏も意識的に《彼女》を見ないようにしていた。



 だから誰も気が付けなかったのだ。

 彼女が表情をなくし、青ざめていたことに。

 彼女が呟いた言葉を聞き逃してしまったことを。

 孝宏が絵本と言った瞬間、彼女が体を震わせたのを、誰もが見逃していた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

世界で一番美少女な許嫁が勇者に寝取られた新米剣士の受難な日々

綾瀬 猫
ファンタジー
 田舎の小さな村に住む15歳の青年アルトと、少女セリナは幼馴染。  端から見ても美男子のアルトと美少女のセリナは、お似合いの二人だった。ただの幼馴染から恋人へ、そして許嫁へとなった二人は、一生に一度の『成人の義』で、それぞれの称号を手にする。  アルトは”剣士”の称号を、そしてセリナはーーーーー  望まぬ称号を授かり、勇者一行に加入する事になった美少女セリナ。そんな勇者はセリナを一目見て気に入り、身体の契りを結ぼうとするが、セリナには想い人であるアルトの存在が…………。  ※いわゆるNTRです。そしてR18ですので、18歳未満の方はご遠慮下さいませ。  官能は初めてなので拙い性描写になると思います。そして不定期更新になるかもしれませんが、宜しくお願い致します。  タイトルにある寝取られは36話からです。でも出来れば最初から読んで主人公とヒロインにある程度感情移入して貰った方が、より作品を楽しめるのではないかと思います。  レズ要素は賢者の章の”湯浴み”からです。『聖女の章』の”甘美な時を貴女と”ではより濃厚なレズシーンがあります。    いつも読者様から温かい感想を頂いております。この場をお借りしてお礼申し上げます。皆様ありがとう! ※9月より、『ノクターン ノベルズ』様にて再投稿を開始しております。誤字脱字を修正しつつ、書ききれなった話なども折り込みたいと思っておりますので、そちらも是非ご覧くださいませ。  では、時には興奮、時には悲しみと怒りが込み上げて来る若い男女の寝取られ話をご覧下さいませ。  

魔銃士(ガンナー)とフェンリル ~最強殺し屋が異世界転移して冒険者ライフを満喫します~

三田村優希(または南雲天音)
ファンタジー
依頼完遂率100%の牧野颯太は凄腕の暗殺者。世界を股にかけて依頼をこなしていたがある日、暗殺しようとした瞬間に落雷に見舞われた。意識を手放す颯太。しかし次に目覚めたとき、彼は異様な光景を目にする。 眼前には巨大な狼と蛇が戦っており、子狼が悲痛な遠吠えをあげている。 暗殺者だが犬好きな颯太は、コルト・ガバメントを引き抜き蛇の眉間に向けて撃つ。しかし蛇は弾丸などかすり傷にもならない。 吹き飛ばされた颯太が宝箱を目にし、武器はないかと開ける。そこには大ぶりな回転式拳銃(リボルバー)があるが弾がない。 「氷魔法を撃って! 水色に合わせて、早く!」 巨大な狼の思念が頭に流れ、颯太は色づけされたチャンバーを合わせ撃つ。蛇を一撃で倒したが巨大な狼はそのまま絶命し、子狼となりゆきで主従契約してしまった。 異世界転移した暗殺者は魔銃士(ガンナー)として冒険者ギルドに登録し、相棒の子フェンリルと共に様々なダンジョン踏破を目指す。 【他サイト掲載】カクヨム・エブリスタ

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

処理中です...