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冬に咲く花

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 孝宏は壁に沿って視線を這わせた。

 するとここから50メートル程先の壁に、ぼんやりと光るものがある。あれがそうかもしれない。

 息を大きく吸い込み、十分に胸が苦しくなった所で、ゆっくりと吐き出した。


 これまで凶鳥の兆しの炎を使う時そのほとんどが夢中で、明確に何かを覚えているわけではないが、ただ一つ解ることは、こうしたいと強く思っていたということ。

 昨夜アベルは精霊のようなものだと言っていた。であれば、力を使うのは自身ではなくその精霊であって、それならそれなりのやり方がある。

 至極簡単で、難しいことは何一つない。


(厄介だけど、ちゃんとできれば……あれ?)


「さっきそこにいる魔法使いに、俺の炎は魔法を打ち消すとか言われたんだけど、それってさ魔法陣にぶつけたとたん、魔法陣が消えたりしないか?」


「え?」


 答えに詰まったカダンが出した答えは、取りあえずやってみると言うものだった。


 魔法陣はいくつもあるのだから、一つくらい試しに使っても差し支えないだろうと、遠巻きに見ていた魔術師たちの助言があったからだが、消えてしまった時の為に、一人がアベルを呼びに向かった。


(お願ですから、あの魔法陣まで火を届けてください!)


 胸の前で両手を合わせ、これまでにないくらい丁寧に願った。

 冷静になった所でこの位しか思いつかなったが、どうやら正解だったようだ。

 体の熱がすべて両手に集まって、合わせた掌がジンワリと暖かくなっていく。

 両手を開き火を開放すると、一直線に孝宏が確認した光へ飛んでいき光を飲み込んだ。

 孝宏の懸念は杞憂だったようだ。光は炎の中でチラつき、完全に消えていなかった。


 火が壁の内側を横に走って、数分も経たない内にグルリと一周すると、壁に群がる化け物達を壁際から追いやった。


「わ!」


 壁の上から、火がめぐる様子を眺めていた魔術師の一人が大きく叫んだ。

 魔術師の足元に明らかに人の、しかし巨大な手が、壁を掴み這い上がろうとしている。

 片手だったのがもう両手に増え、頭が見えてきた頃には、すっかり一般的な大きさにまで縮んでいた。


「誰か…手を貸してくれ…」


 弱々しい声が助けを求める。

 驚きのあまり傍観していた人々は、手が小さくなっていく様子を呆然と見ていたが、助けを求める声に我に返り、慌てて声の主を引き上げた。

 声の主は孝宏を助けたあの男あった。しかも裸だ。

 誰もが死んだと思っていた。生きている彼を見ても、皆信じられぬと言った様子で、男を囲い見下ろしている。


「やっぱり坊主はすごい。人を焼かない火を操れるんだな。知らなくて、死を覚悟してたんだが、思いかけず生き残ってしまった」


 両手を前に差し出したまま呆けている孝宏と目が合うと、男は疲れ切った笑顔を向けた。

 けれども状況に付いて行けていない孝宏は、口を開いただけで上手く喋れなかった。



「さすが勇者様だな」


「だから勇者じゃねぇって」


 何故かカダンが嬉しそうに脇腹を小突くので、孝宏は苦々しく唇をへの字に曲げた。






 それから一晩、夜が明けるまで、孝宏は塀の上にいた。

 壁内の火を絶やさない為と、何より火を通して壁内を見渡せる彼は、化け物の行動も把握できたからだ。


 火をまとったまま、仲間の屍を踏み台に壁を乗り越え、あるいは初めから壁の外側に、あぶれていた化け物は少なくない。

 教会の結界を燃やした時同様、火を通じてすべてを見渡せた孝宏が、どこから化け物が逃げたのか、逐一報告したお蔭で、被害は当初の見込みよりずっと少なく済んだ。



 心配されていた凶鳥の兆しの火の、魔法陣に対する影響も、自動復元魔法が組み込まれて為に、朝、火がすべて消えるまで、壁と壁に刻まれた魔法陣は、火に焼かれなから、常に復元し続ていたという。

 火の特性を見抜いていたアベルが、あらかじめ仕込んでいたらしい。

 火が壁の中に満遍なく広がるまで四時間、すべてを奪い去り、生き物の気配が消えるまでさらに一時間、合計五時間もの間、孝宏は壁の上から火を操り続けた。


 その頃にはすっかり日は暮れ、地上の火が星の光を奪い、のっぺりとした濃紺の空に、極細の糸のごとき月が高く上がった。


 ゴウゴウと唸り燃え盛る火を眺めながら、孝宏は足元に設けられた魔法陣の真ん中に座り込んだ。


 途中駆けつけたアベルが足元に追加してくれた、この魔法陣のお蔭で、魔力が空になるのは防げたが、精神的にも肉体的にも疲労は限界を迎えていた。


 カダンたちは一度、兵士に救護用のテントに連れていかれたが、気が付けば戻ってきており、魔法陣の外で一緒に立っていた。


 ルイの姿がないのは、彼がそれほど重症であるからだ。目覚めるのはもうしばらくかかるだろう。







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